記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「アーチストと数字に詳しい人が組んでもバチは当たらない」。マネーの虎の収録で、そう言い切った志願者がいました。「パンパンサラダパン」の名フレーズで記憶される、内村浩一さんの登場回です。TVチャンピオン準優勝級のパン職人が単独では7,000万円を集められず、TV出演から20年以上たった今も、京都で予約制のパン教室「パンの耳」を続けています。
ノーマネーという判定は、その人の技術が否定されたことを意味しません。この記事では、あの伝説の放送回で堀之内社長が最後まで首を縦に振らなかった応酬をそのまま追いかけます。そのうえで、内村さん自身の言葉「アーチストと数字」を手がかりに、技術に自信のある人が独立でつまずかないための補完型パートナーシップの発想を整理していきます。

大人気投資番組「マネーの虎」と内村浩一さんの登場

マネーの虎は、2001年から2004年にかけて日本テレビ系列で放送された伝説の投資番組です。「虎」と呼ばれる5人の強面社長が、志願者と呼ばれる起業資金を求める人のプレゼンを聞き、投資するか否かを判断する形式で、虎に叱責される志願者を見る真剣勝負が話題を呼びました。
今回取り上げる内村浩一さんは、この番組に志願者として登場した1人です。「パンパンサラダパン」という記憶に残るフレーズを残し、その独特の風貌とプレゼンの熱量で、多くのマネ虎ファンの印象に強く残っています。

内村さんは当時29歳。「外国帰りのベーカリーコンサルタント」と紹介され、虎たちに挑みました。要求金額は、パンしか出さないレストランカフェバーの開店資金として7,000万円という大型出資。ベーカリーコンサルタント1年目の若手が持ち込むには、桁違いのスケールでした。
内村さんが番組に挑んだときの経歴は、次のとおりです。
内村さんは、個人経営のパン屋から中小の手作りパン屋に移り、店長を任された経歴の持ち主でした。そこで人間関係につまずいてノイローゼ気味になり、自転車でヨーロッパを周遊し、料理修行を経てベーカリーコンサルタントに転じています。
番組出演時点では、あるレコード会社からベーカリーカフェのコンサルを請け負う立場でした。パン職人としての実力については、本人がこう語っています。
- 堀之内九一郎(54歳当時)年商50億
(株)生活倉庫 代表取締役 全国規模のリサイクルショップチェーン - 貞廣一鑑(39歳当時)
(株)ラヴ 代表取締役 人気ダイニングバーを全国で展開 - 加藤和也(31歳当時)
(株)ひばりプロダクション社長 美空ひばりの長男 音楽プロデューサー - 川原ひろし(38歳当時)
なんでんかんでん・フーズ(株)社長 行列のできる有名とんこつラーメン店 - 文野直樹(42歳当時)年商70億
(株)大阪王将 代表取締役社長 躍進する大阪発の大手外食チェーン
この放送回では出演されていませんが、南原会長とのツーショットが残っています。

「パンパンサラダパン」放送回で何が起きたか

内村さんが持ち込んだ企画は、レストランでもあり、カフェでもあり、バーでもある「パンしか出さない業態」でした。パンの食べ頃について、本人はこう説明します。
堀之内社長は最初からイライラを隠しませんでした。質問はストレートに畳みかけていきます。
堀之内社長「本当にパンしか出さないの? 」
畳みかける質問に対して、内村さんは持論を返します。
内村さん「最後はゼリーでしめてもいいけれど、お客様が帰宅した後『今日はパンメニューを楽しんだ』と思ってもらう、それがこの店のコンセプトです」
この場面で「パンパンサラダパン」というフレーズが誕生します。内村さんは肉まんやハンバーガーを引き合いに、パンを中心に据える発想をさらに畳みかけます。

そして再び決めのひとこと。遮ったのも、やはり堀之内社長でした。
堀之内社長「全然意味がわからない! 」
試食絶賛から一転、堀之内社長の一言で暗転

試食に持ち込んだのは、フランスパンにごま油とねぎを合わせた、輪の形をした風変わりなパンでした。ビールと一緒に出されたモチモチのパンに、加藤社長と堀之内社長の反応は真っ二つに分かれます。
堀之内社長「美味しくないと思う」
堀之内社長だけが冷や水を浴びせる形になりましたが、続く「ピリッと辛いフランスパン」の試食では文野社長・川原社長までもが絶賛に転じます。
技術面での評価は、実際には決して低くなかったわけです。フォンデュの温め方について、内村さんは職人としてのこだわりも披露しました。
パン屋ならではの知識と技も、虎たちの目に届いていました。それでも結果は「ノーマネー」。資金調達の必要性を訴える内村さんに、堀之内社長は冷ややかな一言を返します。
堀之内社長「ようするに何をやっているのかわからない」
収入源についても、内村さんの答えは堀之内社長を納得させませんでした。
堀之内社長「そんなものは商社じゃない」
そのうえで、堀之内社長はこう言い切ります。
ここにノーマネー判定の核心が現れています。技術力への評価と、事業計画としての評価は、投資家のなかで別の物差しになっているのです。試食の反応が良くても、7,000万円の資金を回収する経営設計が語れなければ、出資判断は成り立ちません。
堀之内社長が「夢」と評したのは、内村さんの情熱ではなく、返済シミュレーションの欠落だったと考えるのが素直な読み方です。日本政策金融公庫の新規開業実態調査(2024年度)でも、開業時の資金調達平均は1,027万円で、そのうち自己資金比率が高いほど廃業率が下がる傾向が示されています。
後日談「成功しなかった時の言い訳が見えた」の真意

マネーの虎出演後、内村さんはテレビ東京の「TVチャンピオン」の「パン屋さん選手権」に出演し、準優勝という結果を残しています。パン職人としての実力は、公の場で改めて証明されました。放送回のノーマネー判定について、堀之内社長は後日、当時の心中を短く明かしています。
この言葉が示していたのは、技術ではなく「事業として自走できるかの見立て」です。7千万円という桁の出資を求めるプレゼンで、内村さんが番組内で残した一言も、投資家の耳にどう届いたか振り返る価値があります。
職人本人の道理としては筋の通った発言でした。ただ、その場で聞いた堀之内社長には「うまくいかなかった時の逃げ道を織り込んでいる」と映った。経営責任の腹決めが伝わってこなかったと読み替えると、あの日の一連のやり取りは腑に落ちてきます。
閉店後の20年、京都で続く「パンの耳」への軌跡
放送後に京都で開いたパン屋さんは、数年で閉じることになりました。閉店の理由は本人以外には分かりませんが、30歳でベーカリー「パンの耳」を京都・千本丸太町で開業し、2年後の32歳でパン教室業へ業態を切り替えたという経緯は、パン教室「パンの耳」の公式プロフィールから確認できます。
この2年間で何が起きたのかは想像の域を出ないものの、堀之内社長が指摘した「保証は何にもない」の言葉と、内村さん本人の「アーチストと数字」の言葉が、同じ問題の裏表であることは見えてきます。職人としての技術と、店舗経営としての数字管理は、別々の筋肉です。
パン販売から教室業へ。京都で20年続けた業態転換

閉店から数年、内村さんは「パン販売」から「パン教室」へと事業モデルを組み替えました。2025年時点で、京都のパン教室「パンの耳」はじゃらんの体験プログラムにも掲載され、営業を継続していることが確認できます。マンツーマン形式でオリジナルの製法を教える予約制の教室で、一般の生徒だけでなくパン屋やカフェの開業を考える人にも指導している旨が本人サイトで示されています。
Instagramやアメブロで日々の教室風景を発信されている様子は、Instagram「京都 パンの耳 内村浩一」/アメブロ「京都 パン教室 パンの耳のブログ」で確認できます。
「パンの耳」の場所は以下の通り。
パン販売と教室業では、収益の作り方がまるで違います。両者の構造を並べてみます。
- パン販売(Before):
毎日焼き上げ、当日中に売り切ることが前提。売れ残りは廃棄で、原材料費と人件費が固定でかさむ - パン教室(After):
予約制で「教える回数」がそのまま売上。少人数でも成立し、在庫リスクは食材費に限定される - 顧客との関係(Before):
一回の販売で完結。次回来店の見通しは天候・立地に左右される - 顧客との関係(After):
継続的なレッスンとオンライン発信で関係が積み上がる。「この人から習いたい」がリピートを生む
同じ「パン」という素材を扱っていても、収益源が「モノを売る」から「教える機会を売る」へ切り替わると、必要な資金・在庫・立地条件のすべてが変わります。技術に自信のある方は、まずこの「売り方の型」を1枚の紙に並べてみると、自分に合った収益構造が見えやすくなります。
内村さん本人の言葉「アーチストと数字」補完型パートナーシップ

あの日の収録で、内村さんはこう自問しました。
当時の場では、堀之内社長にはこの発言が「うまくいかなかった時の言い訳」に響いたわけです。ただ、この考え方そのものは、現場に立つ職人の道理としては筋が通っています。
拙著『起業神100則』で、起業家に共通する武器として「集中力・言語化力・伝える力」の3つを紹介しています。内村さんは「集中力」と「言語化力」は十分に持っていた一方で、「伝える力」(ここで言う事業計画として伝える力)が、投資家の物差しに届いていませんでした。
技術がある人がこの弱点を独学で埋めるには、想像以上に長い時間が必要です。ここで意味を持つのが、内村さん本人が口にした「アーチストと数字に詳しい人が組む」という発想です。起業18フォーラムの勉強会でも、腕はあるのに独立の一歩が出ない技術職の方は少なくありません。共通するのは、営業・数字・契約書という「事業を回す言葉」を苦手意識で遠ざけている点です。
- 技術の相棒:
自分の腕を客観的に評価してくれる、業界内の先輩や同業者 - 数字の相棒:
売上・原価・税金の話ができる、税理士・会計士・元経理職の知人 - 伝える力の相棒:
自分の言葉を「顧客が受け取れる形」に翻訳してくれる、営業経験者・ライター経験者 - 紹介の相棒:
最初の顧客を1人だけ連れてきてくれる、業界周辺の顔広い人
4人揃える必要はありません。最初はこの4役のうち、自分がもっとも遠い1役だけを外から借りることを考えます。相棒とは共同経営者に限らず、月に1度の壁打ち相手や、初回だけ相談に乗ってくれる知人でも構いません。
内村さんが最終的に選んだ「パン教室」という業態は、じつはこの補完問題を軽くする選択でもあります。教える相手は自分から言葉を返してくれる生徒なので、大規模なプロモーションや営業チームは要りません。技術という強みが、そのまま「集客の看板」に変換される仕組みです。TVチャンピオン準優勝という肩書きが、教室業ではそのまま「なぜあなたから習うのか」の答えになりました。

よくある質問

Q.内村浩一さんは現在もパン教室を続けていますか?
はい。京都のパン教室「パンの耳」は2025年時点でじゃらんの体験プログラム掲載が確認でき、マンツーマン形式の予約制レッスンを継続しています。TVチャンピオン準優勝の実績を掲げた教室として、関西エリアで長く支持されています。
Q.職人が独立するとき、営業や数字に強い相棒はどう探せばよいでしょうか?
いきなり共同経営者を探す必要はありません。月に1度の壁打ち相手として、勤めていた業界の先輩、税理士、営業経験のある知人のうち、自分がいちばん遠い1役の人にだけ声をかけるところから始めます。相棒探しは仕事を頼むのではなく、考えを一緒にまとめてもらう入口から始めるほうが長続きします。
Q.TVチャンピオンのような実績がない場合、教室業を始めるのは難しいですか?
難しさはあります。生徒が「この人から習いたい」と思う理由は、実績や肩書きに支えられていることが多いためです。まずは1年、SNSでレシピや過程を公開して足跡を積み上げるか、業界内のコンテストで1件でも受賞歴を取ってから教室に切り替えるほうが集客のスタートが軽くなります。
Q.マネーの虎で「ノーマネー」を受けた志願者が、その後に事業を立て直した例はありますか?
正確な統計は公表されていませんが、公開されているアーカイブや本人インタビューをたどると、業態を変えて再起した志願者は複数確認できます。内村さんもその1人で、当初の「パンを出すレストラン」構想を捨てて「教える業態」に切り替えたことで、20年以上続く事業を築いています。ノーマネーは事業計画への評価であって、その人の可能性への評価ではないと言えます。
職人が独立するときの、次の一歩

ここまで読んで「自分も内村さん寄りの人間だ」と感じた方がいるかもしれません。技術には自信がある。でも、営業や数字は苦手。そういう自覚がある方ほど、いきなり店を構える計画に走らず、まずは自分の技術を「教える形」で1度だけ試してみることをおすすめします。
今日できるのは、無料の体験会を1度だけ開いてみると決めることです。会場は自宅のリビングでも、地元のレンタルスペースでも構いません。知人3人が集まればスタートできます。「教える言葉」で自分の技術を渡してみると、パン販売のときには見えなかった手応えが返ってきます。そこで初めて、補完型パートナーの必要な役どころも見えてきます。
内村さんが京都で20年以上続けているのは、天才的な発想があったからではなく、「販売」から「教える」へ、自分の技術の伝え方を組み替えたからです。堀之内社長とは分かり合えなかったかもしれませんが、大好きなパンを仕事にし続けている人生に、私は強く共感します。
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