記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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2001年から約3年間、日本テレビで放送されていた「マネーの虎」。強面の成功社長5人が志願者のプレゼンを審査し、気に入れば出資するという番組です。私も当時、毎回見ていました。
その中でも特に印象深く記憶している回があります。愛媛から上京してきた家具職人・菊野慶吾さんの回です。番組開始早々、虎たちが「自分が出す」「いや自分が」と奪い合うように出資を申し出る。こんな展開は、番組を通じても極めてまれでした。
起業支援の現場で26年、延べ6万人の会社員と向き合ってきた私がこのエピソードを読み解くと、「投資される人」に共通する資質が見えてきます。特別な才能でも華麗なプレゼン術でもなく、もっとシンプルなものでした。
マネーの虎に現れた「田舎の不器用な青年」

菊野さんが目指したのは、「自分の作った一生使えるハンドメイド家具を、低価格でお客様に届けたい」という思いを形にした〝カフェスタイルの家具店〟でした。家族で営んでいた小さな家具店を畳んで、この新しいビジネスに全力を注ぎたいと番組に出願します。
プレゼン開始直後、菊野さんは緊張でカミカミ、額には汗がにじんでいました。洗練されたプレゼンとはほど遠い。それでも、虎の視線がみるみる変わっていきます。
菊野さんが実物の椅子をスタジオに持ち込んだとき、最初に動いたのはリサイクルショップチェーン「生活倉庫」を経営する堀之内九一郎社長でした。木材原価が10%以下と分かるや否や、番組冒頭にもかかわらず「私がお金全部出す」と宣言したのです。
- 堀之内九一郎社長:リサイクルショップチェーン「生活倉庫」経営者として番組に出演
- 貞廣一鑑社長:飲食店経営者として番組に出演
- 岩井良明社長:予備校経営者として番組に出演
- 吉川幸枝社長:よし川グループの経営者として番組に出演
- 加藤和也社長:ひばりプロダクションの経営者として番組に出演
貞廣社長、岩井社長が「もう少し話を聞かせてほしい」と割り込みます。こうして番組では異例の「虎が志願者を取り合う展開」が始まったのです。
一億円の借金告白と、それでも動かなかった虎

出資の話が盛り上がったまさにその最中に、菊野さんはこう告白します。
菊野さん「実は、借金があるのです」
堀之内社長「いくらあるの?」
菊野さん「一億あります」
場が凍り付きます。叔父の会社が倒産し、父親が保証人をしていた借金で、法律上の返済義務は自分にはない。それでも人に迷惑をかけたくないから返したい。そう話した菊野さんに、堀之内社長はこう言いました。
堀之内社長「儲けて返せばいいじゃないですか。一緒に商売やってくれるなら500万でも1000万でも出す」
岩井社長は「君には君の生き方があるんじゃないか。500万円なら口は出さず貸す」と言い、貞廣社長は自分も友人の借金を背負わされた経験があるとして、「一人娘が菊野さんの椅子に座っている姿が目に浮かぶ」と情緒的な言葉を添えました。
最終的に菊野さんは貞廣一鑑社長を選びます。決め手は「商品に対しての愛情」でした。
想定外の展開。プレゼンの内容と借金の実態

ドラマはここでは終わりません。プレゼン中に「返済義務はない」と発言していた菊野さんでしたが、後から調べると義務があることが判明。菊野さんは自ら貞廣社長を訪ね、投資の辞退を申し入れます。
そのとき貞廣社長は言いました。
貞廣社長「もう無理だと思ってんの? 銀行じゃないんだから。あなたが成功してくれることが僕の成功であるし…やろうよ」
開店準備は難航しました。番組では、開店1週間前の段階で家具がほとんど揃っていない様子も放映されています。それでも、貞廣社長のアドバイスを受けた菊野さんは、一度関係がギクシャクしていた職人仲間に頭を下げ、チーム一丸となって100点以上の家具を仕上げました。オープン初日には、目標の50万円の売り上げを達成。貞廣社長も大満足の結果でした。
菊野慶吾さんの現在(2026年)

番組から20年以上が経過した現在も、公開情報で確認できる範囲では、菊野さんに連なるカントリーウッドガーデン系の活動は、ミニチュア家具・ドールハウス向け木製品の販売へ広がっています。現行のオンラインショップでは、Kkカンパニーとしてハンドメイド品を扱う案内が確認できます。
特筆すべきは、ミニチュア家具という分野への本格展開です。近年はミニチュア家具・ドールハウス向けの木製品も中心的に発信・販売しています。番組当時、息子さんが使っていた子ども用の椅子を見せた場面があったことを思うと、ものへの愛情は当時から菊野さんの仕事の軸にありました。オンラインショップも展開し、コレクター向け市場での認知を広げています。
家族で営んでいた家具店から始まり、テレビ出演、開店成功、そしてミニチュア家具という新分野へ。菊野さんの20年以上のキャリアは、「自分の作るものへの愛情を絶やさない」というシンプルな軸で一貫しています。
なぜ菊野さんだけが虎に奪い合われたのか

マネーの虎で、複数の虎が争うように出資を申し出たケースは極めてまれです。私が支援現場で見てきた範囲でも、「投資される人」には共通するパターンがあります。菊野さんのエピソードには、そのパターンが揃っていました。
理由1:言葉ではなくモノで語った
菊野さんは、わざわざ車に載せて椅子をスタジオに持ち込みました。植物性ニスを自らぺろりと舐めて見せた。息子さんが実際に使っている子ども用の椅子も並べた。
百の説明より一つの実物です。会社員がいずれ起業を考えているなら、まず「相手に渡せるもの・見せられるもの」を作ることから始めてください。試作品でも、お客様の声をまとめた紙一枚でも構いません。
理由2:弱みを隠さなかった
出資の話が盛り上がっている最中に、1億円の借金を自分から明かす。普通なら言い出しにくい場面です。しかし、菊野さんはこの情報を「言わなければバレないかもしれない」と隠すより、「言っておかなければ失礼」と感じて話しました。
この誠実さが、かえって虎たちの信頼を深めました。長期のパートナーシップを考えるとき、情報を都合よく隠す相手よりも、不都合な事実でも率直に話せる相手のほうが信用できる。起業後の取引でも、この原則は変わりません。
理由3:「好き」が外に出ていた
堀之内社長は、菊野さんが実物の家具を持ち込んで最初の説明をした段階で「もう見てわかりました」と言いました。スペックや数字を聞いてからではなく、菊野さんが家具に向き合う様子そのものを見て判断したのです。
私のこれまでの支援経験でいえば、うまく話せなくても、自分のやっていることへの愛情が態度に出ている人は、周囲を動かすことが多い。菊野さんはその典型でした。
起業18フォーラム会員さんの話

菊野さんのエピソードを思うとき、フォーラムの会員さんの話を思い出します。
Nさん(当時38歳・製造業の営業職)は、木製雑貨の制作を週末の趣味としていました。「いつかこれで仕事ができれば」という気持ちはあったものの、お客様を相手にした経験もなく、「趣味レベルの自分が起業なんて」と二の足を踏んでいた方です。
起業18フォーラムの勉強会に参加したNさんは、あるとき他の会員さんから「作ったものを見せてほしい」と言われ、スマホの写真を見せました。すると「これは売れる。頼めますか」という話になり、Nさんは初めて有料での制作を依頼されます。
ここで菊野さんと同じことが起きました。Nさんは「自分はまだ就業規則で兼業禁止か確認できていないし、納期を守れる自信もない」と正直に伝えたのです。依頼した側は「正直に言ってくれる人だから信用できる」と感じ、条件を調整した上で取引がスタートしました。
起業18フォーラムの勉強会での出会いをきっかけに、Nさんは最初の1件を受注。その後、口コミで依頼が広がり、2年後に開業届を提出しました。「うまく話せなくても、正直でいれば大丈夫」という感覚を、菊野さんのエピソードと重ねて話してくれました。
ハンドメイド・ものづくりで起業を考えているなら

菊野さんが起業した2000年代初頭と、今では環境がかなり変わっています。
当時、ハンドメイド家具の販路を作るには実店舗か展示会しか選択肢がほぼありませんでした。現在は、minne・Creema・BASEなどのハンドメイド販売プラットフォームが整備され、InstagramやSNSで商品への共感を先に積み上げてから販売につなぐ流れも一般的になっています。
拙著『会社で働きながら6カ月で起業する』にも書いたのですが、起業判定の3つのチェックがあります。「①一人で始められるか」「②一人で続けられるか」「③大きなお金がかからないか」。この3点を満たすなら、まず動いてみることをすすめています。ハンドメイド・木工・家具制作の分野は、この3条件を満たしやすい。在庫を大量に抱えなくてもオーダーメイドで受注できるなら、初期コストを大幅に抑えられます。
菊野さんが見せたのは「技術がある人が、正直に、自分の好きなものへの愛情を見せた姿」でした。それだけで虎が動きました。今の時代なら、SNSがその「見せる場」になります。まずは1点、誰かに見せてみることが始まりです。
よくある質問

Q.マネーの虎の家具職人・菊野慶吾さんは現在どうしていますか?
公開情報で確認できる範囲では、現行のオンラインショップでKkカンパニーとしてミニチュア家具・ドールハウス向けの木製品を販売しています。過去のカントリーウッドガーデンの活動から、小さなスケールの木工製品にも領域を広げていると見てよいでしょう。
Q.菊野さんは結局、誰から出資を受けたのですか?
堀之内社長・貞廣社長・岩井社長の3人が出資を申し出た中で、菊野さんは貞廣一鑑社長を選びました。決め手は「商品に対しての愛情」でした。堀之内社長が商売の効率を重視したのに対し、菊野さんのものづくりの方向性と合致していると感じたのが理由とされています。
Q.一億円の借金はどうなりましたか?
叔父の会社倒産による借金で、プレゼン中は返済義務がないと発言していましたが、後から調べると義務があることが判明。菊野さんは自ら貞廣社長に話し、投資の辞退を申し出ました。それでも番組上は、貞廣社長が「あなたが成功することが私の成功」と語り、支援継続の流れになっています。
Q.この回から起業家が学べることは何ですか?
大きく3点あります。①実物を見せること(説明より証拠)、②弱みを自分から話すこと(誠実さが信頼の土台)、③自分の好きへの熱量を隠さないこと。プレゼンの巧拙より、この3点が虎を動かしました。
まとめ:誠実さは今も最強の武器

菊野さんは番組でカミカミで、汗だくで、借金まで抱えていました。それでも複数の虎が「自分が出す」と名乗り出た。
26年の起業支援の現場で私が繰り返し見てきたことと、この場面は重なります。うまく話せなくても、自分のやっていることへの誠実さと愛情が伝わる人には、人もお金も集まってくる。その誠実さは、「作れるもの」「見せられるもの」があってこそ相手に届きます。
今すぐ起業できる状態でなくても、まずは「誰かに見せられる1点」を作ることから始めてください。
もしその1点をどう仕上げるか、どう見せるかで迷っているなら、起業18フォーラムの無料相談を1枠だけ予約してみてください。話すうちに、自分が本当に始めるべきことが見えてきます。

菊野さんは技術者であり続けながら、20年以上、自分の仕事を守り続けました。起業は始めた後も、誠実に仕事と向き合う人に向いています。
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