記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「会社を作ろうと思っている。一緒に来てくれないか」。信頼してきた上司にそう誘われたら、うれしさと不安が同時に押し寄せてくるはずです。断れば関係が気まずくなりそうで、乗れば生活そのものが変わってしまいます。
判断の軸は、相手への信頼の深さではなく、出資比率・役割・撤退条件の3つです。そして、乗るか断るかの二択で悩む必要もありません。会社を辞めずに小さく関わる第3の形があります。私が間近で見た倒産の実例とあわせて、返事の前に確かめることを順番に整理します。
上司の誘いに、その場で返事をしてはいけない理由

誘われた瞬間の高揚感は、本物です。数いる部下の中から自分を選んでくれたという喜びと、新しい挑戦への期待が重なるからです。ただ、その高揚感と事業の条件は、まったく別のものとして扱う必要があります。
日本政策金融公庫の「2024年度新規開業実態調査」(2024年11月公表)によると、開業者の97.9%に勤務経験があり、83.1%は開業した事業に関連する仕事の経験を持っていました。職場経験を土台にする起業は、決して珍しい形ではありません。だからこそ、誘われ起業には繰り返されてきた失敗の型もあります。
一方で、同じ日本政策金融公庫の調査では、開業時の従業者数は1人が42.0%と最も多く、平均でも2.9人です。数人で会社を構えて出発する誘われ起業は、初日から平均より大きな器を背負う、実は少数派の始め方だと分かります。
つまり、考える時間を取るのは失礼ではなく、開業の実態に合った標準的な手順です。誘いへの返事は、相手への感謝と事業の条件を切り分けてからで遅くありません。切り分けの材料として、まず私が間近で見た失敗の記録からお読みください。
2016年に見た実例:分裂から生まれたB社が3年で倒産するまで

この記事はもともと2016年12月に、ある倒産の顛末を記録するために書きました。コンサルタントとして私が間近で見ていた、神戸の輸出専門商社B社の話です。古い実例ですが、誘われ起業の構造的な危うさは、ここにほぼ全部詰まっています。
B社は、業界の雄と呼ばれたA社の内部対立から生まれました。上層部と揉めた幹部が一部の社員を連れて退職し、ほぼ同じ事業内容の会社を立ち上げたのです。顧客が会社ではなく担当者につく業界だったため、滑り出しは順調でした。
創業から2年でB社はA社に並ぶ規模へ成長し、東京に支店も構えました。しかし、A社との価格競争が消耗戦になった頃、しわ寄せを受けたメーカーが相次いでB社への商品供給を止めます。長年の取引と厚い財務を持つA社のほうを、メーカーが選んだ結果でした。
B社は代替品の海外調達に踏み切りましたが、ここが転落の分岐点になりました。勤め人同士が貯金を持ち寄って作った会社には、消耗戦と仕入れ先の切り替えを支えきる資本がなかったのです。為替の変動と値下げ交渉に翻弄され、創業3年目、不良品の大量発生をきっかけに営業を続けられなくなりました。
「もうだめです。これまでありがとうございました」。そう告げたB社社長の落胆した表情を、私は今でも覚えています。
中小企業庁の「中小企業白書」(2017年版)によると、日本で起業した企業の生存率は1年後で95.3%、5年後でも81.7%あります。多くが生き残る国で、B社は3年で退場する側に入りました。市場に潰されたというより、出資・役割・撤退の設計を持たないまま勢いで走り出した内側の問題が大きかった、というのが私の見立てです。
もう一つの教訓は、前にいた会社と同じ仕事で独立する怖さです。経理や物流など裏方が支えていた部分を自前で補う重さには、飛び出した後で気づきます。気づいた頃には、同じサービスの劣化版・縮小版になってしまっているのです。
返事の前に確かめる3つの条件:出資比率・役割・撤退条件

では、何を確かめてから返事をすればいいのでしょうか。確認すべき条件は、突き詰めると3つに絞られます。どれも、聞きにくいからこそ先に聞く価値のある項目です。
出資比率:意見が割れた日に、誰の判断で進むかを決める数字
出資比率はお金の話に見えて、実際には意見が対立したときの議決権や意思決定への影響力にも関わる数字です。誘われる側が中途半端に出資すると、責任は重いのに決定権は乏しい、いちばん苦しい位置に立つことがあります。比率と議決権の扱いは、最初に聞いて構いません。
あわせて、役員に就くかどうかも分けて考えます。登記簿に名前が載る取締役は、肩書きではなく法律上の責任を負う立場です。借入の場面で保証の話が出ることもあり得ます。誘いの言葉の温かさとは別に、引き受ける責任の重さを確かめてください。
役割と報酬:「何をして、いくら受け取るか」を紙に残す
「営業は任せた」「待遇は悪いようにしない」という口約束は、創業後の忙しさの中で必ず形を変えます。担当範囲、報酬の額、見直しの時期。この3点をメール1本でも文字にしておくだけで、後の揉めごとの大半は防げます。
撤退条件:抜け方を決めてからしか、入ってはいけない
いちばん聞きにくく、いちばん大事なのが撤退条件です。何ヶ月赤字が続いたら計画を見直すのか、辞めるときに出資金や株はどう扱うのか。入り口の段階で「うまくいかなかったときの抜け方」を一緒に決めてくれる相手かどうかを、判断材料にしてください。
- 出資比率:
誰がどれだけ出し、意見が割れたら誰の判断で進むのか - 役割と報酬:
担当範囲と報酬額と見直し時期を書面かメールに残せるか - 撤退条件:
赤字が続いたときの見直し基準と、抜けるときの株の扱い
3つとも答えが返ってこない、あるいは「細かいことは後でいい」と流される。それ自体が、組む相手を見極める大事な判断材料になります。
断る・乗るの二択にしない:辞めずに業務委託で関わる道

条件を確かめた結果、出資や役員就任は荷が重い。それでも、誘ってくれた相手と何かをやってみたい。そんなときは、断るか乗るかの二択を一度手放してみてください。
拙著『起業神100則』の第5章では、「パートナーシップの形は、一つじゃありません。共同経営、業務委託、家族の協力、相談相手としての友人。あなたに合う形を、無理せず選んでください」という考え方を紹介しています。組み方は、出資して役員に並ぶことだけではないのです。
起業18フォーラムの会員さんに、矢島さん(仮名・40代)という方がいます。産業機械メーカーの営業職だった矢島さんは、退職した元部長から「販売代理の会社を作る。240万円出資して取締役で来てほしい」と誘われました。
恩のある相手です。矢島さんは一度その気になり、退職を切り出す日まで頭の中で決めていました。起業18フォーラムの個別相談で「出資はいくらで、役割は何と決めたのですか」と問い返され、即答できなかった夜が境目になりました。
矢島さんが元部長に持ち帰った答えは、「出資と役員就任は見送らせてください。そのかわり、販路開拓を業務委託で請け負わせてほしい」という逆提案でした。気まずくなる覚悟で出した提案は、むしろ話を具体的にしました。委託の範囲と報酬を決める過程で、お互いの期待のズレが先に見えたからです。
1年半後、その会社は主力商材の転換を迫られました。共同経営なら経営方針の対立になっていたはずの場面が、業務委託だったため契約内容の見直しという実務の相談で済みました。関係は切れていません。今では元部長のほうが、矢島さんが温めている事業の構想に最初の見込み客を紹介してくれる存在になっています。
誘いを受けた側にできるのは、イエスかノーかの返答だけではありません。関わり方の形を設計し直して返すことも、立派な返事の一つです。
よくある質問

Q.断ったら、上司との関係が気まずくなりませんか?
断る対象を「あなた」ではなく「条件」にすると、関係は壊れにくくなります。誘ってもらえたことへの感謝を先に伝えたうえで、「出資は難しいですが、この部分なら手伝えます」と代案を添えて返す形です。事業の中身を否定しない断り方なら、その後も関係が続く例のほうが多いと感じています。
Q.出資を求められています。いくらまでなら出していいですか?
金額の正解より先に、線引きの原則を決めてください。戻ってこなくても生活設計が壊れない余剰資金の範囲内、というのが大前提です。住宅や教育のお金、当面の生活費に手を付けてまで出す話なら、金額の多少にかかわらず見送りをおすすめします。
Q.誘いに乗ると決めたら、会社はいつ辞めればいいですか?
役割と報酬と撤退条件が書面になり、最初の売上の見通しが立ってからでも遅くありません。退職日を先に決めてしまうと、条件の交渉力が一気に弱くなります。立ち上げ期は外部として手伝い、事業が形になってから籍を移す順番も選べます。
今日は返事をせず、質問を3つ返すことから

誘いの返事に、期限を切られる筋合いはありません。今日のところは返事を保留し、次に会うときに「出資の比率」「自分の役割」「うまくいかなかったときの抜け方」の3つを質問として返してみてください。その質問への向き合い方そのものが、いちばん確かな判断材料になります。
3つに誠実な答えが返ってきたなら、その誘いは検討に値します。熱意だけが返ってきたなら、B社の歩んだ道を思い出してください。仲間と組む形の考え方をもう少し広く知りたい方は、友人や仲間との起業を扱ったこちらの記事も参考になります。

私はこれまで、誘われて始まった起業の成功と失敗の両方を間近で見てきました。両者を分けていたのは、返事の早さでも相手との関係の深さでもなく、条件を言葉にしてから組んだかどうかです。あなたの返事は、質問から始めて大丈夫です。
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