記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「国家資格を持っているのだから、独立しようと思えばできるはず」。そう考えて調べ始め、認証工場という壁の前で手が止まった整備士さんは少なくありません。整備士資格は技能の証明であって、開業の免許ではないからです。
一方で、「認証がなければ何も始められない」というのも、同じくらい根深い誤解です。認証が要る領域と要らない領域を仕分けてみると、いま持っている腕と工具のままで受けられる仕事の輪郭が見えてきます。
整備士資格は開業免許ではないという現実

整備士の方の独立相談で、私が最初に整理をお願いするのは資格と認証の違いです。エンジンやブレーキまわりを取り外して行う分解整備を事業として請けるには、事業場ごとに地方運輸局長の認証が必要です。根拠は道路運送車両法第78条で、資格の有無とは別の制度になります。
制度の枠組みは2020年4月に「分解整備」から「特定整備」へ広がりました。衝突被害軽減ブレーキのカメラやセンサーを調整するエーミングのような電子制御装置の整備も、いまは認証の対象に含まれています。
では認証さえ取れば安泰かというと、そうでもありません。日本自動車整備振興会連合会の統計によると、認証事業場は令和8年3月末時点で全国に92,261か所あります。認証を受けた工場は、決して珍しい存在ではないのです。看板を構えること自体は、まだ選ばれる理由になりません。
認証がなくても始められる整備の領域

認証が必要なのは、分解整備と電子制御装置整備です。裏を返せば、そこに踏み込まない仕事は認証がなくても請けられます。代表的なのは次の4つです。
- 油脂・消耗品の交換:
オイルやバッテリー、ワイパーなど分解整備に当たらない範囲の交換作業 - 用品の取付:
ドライブレコーダーやカーナビなど持ち込みパーツの取付 - 買う前の相談:
旧車や輸入車の購入前チェック、査定への同行、選び方の助言 - 教える仕事:
日常点検やDIYメンテナンスの講習、オーナー向け勉強会
ただし境界線には慎重さが要ります。ブレーキや足まわりの分解に踏み込む作業や、センサー付きバンパーとガラスまわりの脱着は、認証が要る整備に当たるおそれがあります。判断に迷う作業は管轄の運輸支局に確認し、自分では請けないと決めた領域は認証工場へ橋渡しする役に回るのが安全です。
ここに挙げた領域は、工具と経験があれば今週末からでも試せる仕事です。依頼の宛名が「どこかの工場」ではなく自分の名前になる経験が、独立準備の入口になります。
最初の一歩は、認証の要らない領域で、自分あての依頼を1件受けるところに置いてください。そこで見えた客層の反応が、のちに認証を取るかどうかの判断材料になります。
認証を取って構える独立とその基準

車検整備や重整備まで自分の看板で請けたいなら、認証を取って構える道になります。求められる基準は大きく3つです。
- 人員:
分解整備に従事する工員が2人以上で、うち1人は1級か2級整備士の整備主任者 - 作業場:
対象とする車種の整備と点検に足りる面積や天井の高さ、平滑な床面 - 設備・工具:
点検と整備に必要な機械や工具、点検用の計器類一式
このほか従業員に占める整備士の割合など細かな要件もあり、詳細は管轄の運輸支局が案内しています。車検ラインまで備える指定工場(いわゆる民間車検場)は同じ時点で全国に29,788か所あり、こちらはさらに基準が上がります。
構える独立で重いのは、基準そのものより資金です。日本政策金融公庫の2025年度新規開業実態調査では、開業費用の中央値は600万円、250万円未満で開業した人は20.1%でした。作業場と設備が前提の整備業は、この中央値より多めに見ておくのが現実的でしょう。
まとまった額に怯む必要はありません。先に認証の要らない領域で客層を作り、数字で見通しが立ってから構えるという順序を選べるからです。
どの客のどの困りごとに腕を使うかで単価が決まる

認証の要不要を仕分けたら、次は腕の使い道です。独立の成否を分けるのは認証の有無より先に、誰のどの困りごとに腕を使うかという絞り込みです。ディーラーの現場は来た車をすべて直す仕事ですが、個人の看板は「この件ならこの人」と思い出されて初めて成立します。
ディーラーや工場で積んだ点検の勘所、車種ごとの持病の知識は、社内では当たり前でも、外に出れば探しても見つからない技能です。その希少さは数字にも表れています。
厚生労働省の職業情報提供サイトjob tagでは、自動車整備士の有効求人倍率は5.45倍とされています(令和6年度)。就業者数は376,070人(令和2年国勢調査)、平均年収は503.8万円(令和7年賃金構造基本統計調査)という水準です。
求人倍率の高さは、工場どうしで人材を奪い合っている状況を示す数字です。工場でさえ人手を確保できないのですから、車のオーナーが個人で頼れる相談先は、なおさら見つけにくくなっています。平均年収の水準を独立で超えたいなら、作業時間の切り売りではなく、単価の設計から考える必要があります。
拙著『1億円稼いでいる人は何をしているのか?』では、単価を上げる方向として、流通経路を変える、居場所を変える、カテゴリを変えるという3つを紹介しています。
整備士に置き換えると、こうなります。下請けの応援をやめて車のオーナーから直接受けるのが流通経路の変更です。工場のピットではなく相手の駐車場や購入の現場へ出向くのが居場所の変更で、「何でも直す人」から「旧車に強い人」へ看板を掛け替えるのがカテゴリの変更に当たります。
私は相談の場で「第一人者と呼ばれるまで、効率化は考えなくていい」とよく話します。目の前の1人のオーナーに向き合い、名前で頼まれる件数を積むことが先だからです。
下請けの車検応援から指名整備へ転じた三沢さんの14ヶ月

起業18フォーラムの三沢さん(仮名・40代後半)は、ディーラーで18年働いてきた整備士さんで、腕を会社の外でも試したいと考えていました。最初に選んだのは、知人の整備工場から回ってくる車検の応援を休日に請ける仕事でした。1台いくらの請負で、繁忙期は仕事が途切れない一方、単価は自分では決められません。1年近く続けて残ったのは、疲れと「自分でなくてもいい仕事」の山でした。
風向きが変わったのは、フォーラムの勉強会で他の会員さんの発表を聞いたときでした。内装リペア職人のその方は、下請けの工場で仕事を待つのをやめ、中古車販売店の店頭に出向いて直す形へ切り替えた経緯を、前後の受注額を並べて話しました。「同じ内装リペアでも、腕を使う場所を変えれば単価が変わる」。三沢さんは、工場のピットの外で腕を使う発想を自分が一度も持ってこなかったことに気づいたと言います。
続く会員さんどうしの個別相談で、三沢さんは過去に請けた仕事を種類別に並べ直しました。浮かび上がったのは、旧車のオーナーから相談されたときだけ、御礼の言葉も次の依頼につながる率も明らかに違うという傾向です。
そこで認証の要らない範囲に絞り、旧車や輸入車のオーナー向けに、購入前の同行チェックと持ち込みパーツの取付を自分の名前で受け始めました。分解整備が必要になった車は、応援先の認証工場へつなぐ役も引き受けました。
車検の応援は1台数千円の請負でした。それが、指名で受ける購入前チェックは1件で1万円を超えるようになりました。14ヶ月目には月の依頼の半分以上が指名になり、現在はディーラーの仕事を続けたまま、認証を取るかどうかを数字を見ながら検討しています。
よくある質問

Q.2級整備士の資格があれば、自分の工場を開けますか?
資格だけでは開けません。分解整備を事業として行うには、人員や設備の基準を満たして事業場ごとに認証を受ける必要があります。認証のないまま分解整備を事業として請ければ、法律違反になります。認証の要らない領域から客層を作る道と比べて検討してください。
Q.出張整備だけで生計を立てられますか?
単価と件数の設計次第です。オイル交換のような低単価の作業だけでは件数に追われます。購入前チェックや旧車対応のような相談型の仕事を組み合わせ、勤めの収入がある段階で単価の手応えを確かめるのが現実的です。
Q.認証を取る費用はどのくらいかかりますか?
金額は物件次第で大きく変わります。申請手数料そのものより、基準を満たす作業場と設備をそろえる費用が中心になるためです。居抜きの整備工場を借りられるかどうかで桁が変わるので、候補地域の物件相場と合わせて管轄の運輸支局や整備振興会に確認してください。
Q.勤め先に知られずに準備を進められますか?
先に就業規則で社外の仕事の扱いを確認してください。認められている場合でも、勤め先と顧客が重なる仕事は避けるのが無難です。住民税を自分で納める普通徴収の選択など、税の実務も開業届や確定申告の前に調べておくと安心です。
最初の一歩は過去1年分の仕事の単価計算

最初の行動に、設備も資金も要りません。過去1年に手がけた仕事を車検、点検、用品取付、旧車対応と種類別に並べて、1台あたりの単価を計算してみてください。ざっくりで構いません。数字が並ぶと、どの領域なら指名で頼まれて単価が上がりそうか、自分の傾向が見えてきます。
その単価表は、認証を取って構えるかどうかを決めるときの判断材料にもなります。値付けそのものの考え方は、こちらの記事で掘り下げています。

認証を取って構えるか、認証の要らない領域で先に名前を売るか。どちらを選んでも間違いではありません。単価と客層を自分で決めたという感覚が、整備士としての次の10年を支えてくれます。
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