記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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自分のサービスにいくらの値段をつければいいのか。起業準備でこの問いの前に立つと、多くの人の手が止まります。高くして誰も来なかったら怖い。だから、つい一番安い金額を書いてしまう。けれど安く出した分だけ件数で補おうとして、気づけば働いても働いても楽にならない。
そんな悪循環に入る前に、最初の一回の値段をどう決めればいいのかを、順番に整理していきます。
なぜ「とりあえず安く」してしまうのか

値段を決められないとき、たいていの人は「自分のスキルにそんな金額をもらう価値があるのか」と考えています。けれど、よく話を聞いてみると、止まっている原因は自信のあるなしではありません。値段を決める基準を一つも持っていないから、いちばん安全に見える「安い金額」に逃げてしまうのです。
高い値段は、来なかったときの怖さがそのまま跳ね返ってきます。安い値段なら、少なくとも「高すぎて笑われる」ことはない。そう感じて最低額を書く気持ちは、よくわかります。私はこれまで起業準備のお手伝いをしてきて、最初の値付けで同じところに立ち止まる人を、数えきれないほど見てきました。
安さは「選ばれる理由」になりにくい
ところが、安くすれば選ばれるかというと、そうとも限りません。受け取る側からすると、相場よりずっと安い金額は「何か足りないのではないか」という不安に変わることがあります。安さは入口にはなっても、信頼にはなりにくいのです。
安売りが続くと、なぜ疲れていくのか

安い値段で受けると、一件あたりの利益が小さくなります。生活に必要な金額を稼ぐには、件数を増やすしかありません。けれど件数が増えれば、その分だけ時間も体力も削られます。単価が低いほど数で補う必要が生まれ、数が増えるほど一件にかけられる手間が減っていく。この縮こまりが、安売りの疲れの正体です。
しかも一度つけた安い値段は、後から上げにくいという問題もあります。「前は5,000円だったのに」と思われそうで、値上げを切り出せない。最初の一回の値段が、その後ずっと自分を縛ることになります。
開業した人がその後どうなっているかを見ると、ここに大事な示唆があります。日本政策金融公庫総合研究所の「2025年度新規開業実態調査」では、現在の採算が黒字基調と答えた開業者は67.0%、売上が増加傾向にある人は60.1%でした。裏を返せば、3割前後は赤字基調から抜け出せていません。その差を分けるものの一つが、最初に値段の基準を持てたかどうかなのです。
- 件数依存:
単価が低く、数をこなさないと生活費に届かない状態 - 値上げ封じ:
最初の安い金額が基準になり、後から上げづらくなる状態 - 消耗の固定化:
忙しさのわりに手元に残らず、続ける気力が削られる状態
ここで大事なのは、値段を上げる勇気を出すことではありません。上げるか下げるかの前に、判断するための「物差し」を持つことです。
値段は固定ではない。動く理由を知っておく

値段を一つに固定しようとするから、決められなくなります。実際には、同じ商品やサービスでも、状況しだいで適正な値段は動きます。拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、価格が変動する要因として、タイミング・季節・場所・目的・非日常・信用の6つを紹介しています。
たとえば同じ一杯の飲み物でも、コンビニと、見晴らしのいいホテルのラウンジでは値段が違います。場所が違うからです。繁忙期と閑散期でも、特別な日のための用途かどうかでも、人が払ってもいいと感じる金額は変わります。値段は商品そのものだけで決まるのではなく、誰が・いつ・どんな目的で受け取るかによって動くのです。
「信用」が乗ると、同じ仕事でも値段は変えられる
6つのなかでも、起業したての人がいちばん意識したいのが「信用」です。最初は実績がないので、信用という上乗せがありません。だからこそ安くしたくなります。けれど、一件ずつ丁寧に仕上げて「この人に頼みたい」と言われる関係を積み上げていけば、同じ作業内容でも受け取れる金額は変わっていきます。最初の値段は出発点にすぎず、信用が育つほど上げていける、と捉え直してみてください。
値下げ依頼を断った日に、流れが変わった人の話

起業18フォーラム会員の宝来さん(仮名・40代)は、会社の仕事のかたわら、画像加工の請け負いから準備を始めました。最初は「とにかく受注がほしい」と、一件3,000円という相場よりかなり低い金額で出していました。
数は来ました。けれど、安いぶん「ついでにこれも」という追加の頼まれごとが増え、気づけば一件に何時間もかけていました。手戻りが出ても、価格と作業範囲を決めていなかったので、断る理由を持てません。働いた時間のわりに手元に残らず、続ける気力がすり減っていったそうです。
転機は、ある常連からの値下げ依頼でした。「もう少し安くならないか」と言われたとき、宝来さんは初めて「これ以上は割れません」と断りました。勉強会で価格が動く要因を学び、自分の作業にかかる時間と必要な収入から、割らない最低ラインを先に決めていたからです。断ったことで一件は失いましたが、残ったお客様はその金額で頼み続けてくれました。
その後、宝来さんは少しずつ単価を見直し、かつて3,000円で受けていた内容を、同じ手間のまま1万円で受けられるようになりました。件数は減ったのに、収入も気持ちの余裕も増えたそうです。「安く出していた頃の自分は、値段じゃなくて基準を持っていなかった」と振り返っていました。
- 割らない最低ライン:
作業時間と必要な収入から逆算した、これ以下では受けない金額 - 作業範囲の明示:
どこまでが料金内で、どこからが追加かを最初に決めておくこと - 信用での上乗せ:
実績と関係が育つほど、同じ内容でも金額を見直していく姿勢
宝来さんの変化は、特別な才能で起きたものではありません。値段を決める前に、判断するための基準を一つ持っただけです。
最初の値段を決める順番

では、最初の一回の値段をどう決めればいいのか。順番にすると、迷いはかなり小さくなります。
まず、自分と同じような商品・サービスを出している人の値段を調べます。一番安い人だけでなく、選ばれている人や、少し高めの人まで幅を見てください。相場は一本の線ではなく、安いゾーンから高いゾーンまでの幅で見えてきます。その幅のどこに自分を置くかを考えるだけで、根拠のない最低額に逃げずに済みます。
次に、自分の側の事情から「割らない最低ライン」を出します。一件にかかる時間と、起業準備に必要な収入。この2つから、これ以下では受けないという金額を一つだけ決めておきます。中小企業庁の2024年版「中小企業白書」は、原材料費や人件費の上昇を販売価格へ反映できた企業ほど収益が改善したと報告しています。相場だけでなく自分のコストを起点に値段を組み立てることが、利益を残す近道なのです。
最低ラインさえ決まっていれば、最初の表示価格が多少高くても低くても、後から調整できます。大事なのは完璧な値段を一発で当てることではなく、これ以下には下げないという線を自分の中に持つことです。
よくある質問

Q.実績がないうちは、やっぱり安くするしかないのでしょうか?
- 安さではなく「丁寧さ」で最初の信用をつくる発想
- 無料に近い割引より、範囲を絞って相場内で受ける選択
実績がないうちは安くしたくなりますが、極端に安いと「何か足りないのでは」と受け取られることもあります。値段を下げる代わりに、引き受ける範囲を絞って一件を丁寧に仕上げるほうが、次につながる信用が残ります。
Q.相場より高い値段をつけて、誰も来なかったらどうしよう?
- 表示価格は後から調整できる前提で置く考え方
- 下げてよいのは最低ラインまで、と決めておく備え
最初の表示価格は、一度決めたら変えられないものではありません。反応を見て調整できます。ただし、下げるのは事前に決めた最低ラインまでにとどめてください。そこを割ると、安売りの疲れに戻ってしまいます。
Q.値上げを切り出すのが怖いのですが、どう考えればいいですか?
- 信用が育てば同じ仕事でも金額が変わるという捉え方
- 新規のお客様から新しい価格を適用していく進め方
既存のお客様への値上げは確かに切り出しにくいものです。まずは新しく受けるお客様から見直した価格を適用していくと、抵抗なく進められます。信用が乗れば、同じ内容でも受け取れる金額は変わっていきます。
Q.会社の仕事をしながらでも、値段の検証はできますか?
- 収入が途絶えない状態だからこそ強気の値段を試せる利点
- 知り合い一人に有料で受けて反応を確かめる小さな検証
むしろ本業の収入があるうちのほうが、強気の値段を試しやすい立場です。生活がかかっていない分、低く出しすぎる必要がありません。まずは知り合い一人に、決めた値段で一件だけ受けてみると、その金額で成立するかどうかが見えてきます。
値段が決められないのは、自分の仕事に値打ちがないからではありません。判断する基準をまだ手にしていないだけです。慎重に悩んでいるのは、それだけ自分の仕事と相手に誠実でいたい証拠でもあります。

今日できることは、同じ商品やサービスの相場を3つ調べて、自分が値引きしない最低ラインを1つ決めておくこと。その一本の線が引けたら、最初の値付けはもう怖いものではなくなります。
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