個人事業主として法人と取引を始めるには|前職の人脈から広げる

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

あなたが会社で当たり前のように続けてきた取引先とのやり取りは、独立したあと、いくらの仕事につながると思いますか。会社を出て個人で動き始めるとき、多くの人はまったく逆の心配をします。『個人事業主なんて、法人からまともに相手にされないのではないか』という不安です。

延べ6万人を超える会社員と向き合ってきた26年で、私が何度も見てきたのは、その心配とは反対の場面でした。独立してすぐの人にとって、いちばん確かな仕事の入口は、前職で付き合ってきた取引先や元同僚の中にあります。人脈をゼロからつくり直す必要はありません。

ポイント 「個人事業主は法人に相手にされない」という思い込みの正体

個人が法人に相手にされないという不安の正体

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この不安には、当たっている部分と、そうでない部分があります。まったく面識のない法人に飛び込みで営業をかけて、個人事業主が一から信用を得るのは、たしかに簡単ではありません。相手にとっては、実績も人柄も分からない相手だからです。

ただ、法人が個人に仕事を出すこと自体は、いま珍しくありません。中小企業庁がまとめた2025年版中小企業白書では、中小企業の人手不足が深刻さを増していることが示されました。中小企業基盤整備機構の景況調査でも、2024年10-12月期・2025年1-3月期とも全産業の従業員数過不足DIは−22ポイント前後と、バブル期に次ぐ水準の不足超過が続き、とくに建設業では▲42ポイント超と突出した不足感が示されています。社内の人手だけでは業務が回りにくい会社が多く、外部の個人に仕事を任せることは、特別なことではなくなりました。

だからこそ、見られているのは肩書きではありません。相手が気にしているのは、あなたの名刺の肩書きではなく、この人になら安心して任せられるかどうかという一点です。そして前職の取引先は、その答えをもう知っています。

ポイント 前職の人脈が最初の取引先になる

前職の取引関係が最初の営業資産になる理由

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拙著『会社で働きながら6カ月で起業する』では、起業に必要な力を「知・人・金」の3つに分けて取り上げています。このうち「人のチカラ」、つまり強い人脈が、独立して最初に効いてきます。

強い人脈とは、名刺交換の数ではありません。『失業したときに、電話一本で仕事を紹介してもらえる関係』のことです。前職の取引先の担当者や、可愛がってくれた元上司、一緒に案件を回した元同僚は、まさにこの関係にあたります。前職で築いた取引の関係は、個人になったあなたが最初に頼れる営業の資産です。

理由ははっきりしています。彼らはすでに、あなたの仕事ぶりも、連絡の返しの速さも、無理を聞いてくれた場面も知っています。新規の飛び込みなら半年かけて積み上げる信用を、前職の関係なら最初から前借りできます。ゼロから人脈をつくり直そうとする前に、まず名刺入れと過去の取引先を見返してほしいのです。

ポイント 個人が法人と取引を進める段取り

個人が法人と契約や請求を進めるときの段取り

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相手が乗り気でも、進め方が分からず止まってしまう人がいます。ここは制度が味方をしてくれます。2024年11月1日に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス新法)では、取引条件を書面または電磁的方法(メール・SNSのメッセージ等)で明示することが発注する側の義務になりました。個人だからと足元を見られにくい仕組みが、法律として整ったわけです。

取引の入口はどこから作るか

いきなり「仕事をください」と切り出す必要はありません。まずは前職でお世話になった担当者に、独立した近況を伝える連絡から始めます。相手が困っていることを聞き、自分の経験で手伝える部分があれば、そこが最初の取引の入口になります。

契約と請求をどう固めるか

受ける仕事が決まったら、発注書か業務委託契約書で、業務の範囲・納期・金額・支払日をそろえて確認します。取引の条件は、金額も納期も、口頭ではなく必ず書面かメールの文面で残してください。請求書については、相手が仕入税額控除で困らないよう、インボイス(適格請求書)の登録番号が要るかどうかも、早めにすり合わせておくと安心です。

個人でも信用をどう示すか

法人が個人に発注するとき、最後に確かめたいのは「本当に任せて大丈夫か」です。ここで効くのが、前職での具体的な実績です。どの規模の案件を、どんな役割で、どう進めたのか。数字と役割で語れると、相手の担当者も社内で話を通しやすくなります。

資金の不安も、以前より軽くなりました。一定の発注事業者には、給付(成果物または役務)を受領した日から原則60日以内のできる限り短い期間内に報酬支払期日を定め、期日内に支払うことが義務づけられています。個人でも、入金の見通しを立てながら仕事を受けられます。

ポイント 法人取引でつまずきやすい3つの場面

法人取引で個人がつまずきやすい失敗と回避

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前職の関係という強みを持ちながら、入り方を間違えて空回りする人もいます。よくあるのは、次の3つの場面です。

  • 相手の規模に気後れしての、言い値での安請け合い
  • 肩書きを失った不安からの、実力以上の背伸び
  • 強みの人脈を使わない、個人向けと同じ売り込み

とくに多いのが一つ目です。相手が大きな会社だと気後れして、条件を確かめないまま言い値で引き受けてしまう場面は、よく起こります。前職の関係があるからこそ、条件はきちんと言葉にして構いません。

ここで、前職の人脈から法人取引を積み上げた一人を紹介します。香月さん(仮名・40代のなかば)は、メーカーで長く法人営業を担当してきた人です。いまは前職と同じ業界の法人5社と続けて取引し、紹介で新しい会社ともつながっています。

ただ、最初からうまくいったわけではありません。独立した当初、香月さんは個人のお客さん向けに営業をかけて空回りしていました。訪問しても話が続かず、得意なはずの営業が通じない焦りだけが募ったといいます。

動き出したのは、過去の取引履歴と名刺を見返しはじめた頃です。そこで香月さんは、自分の強みが個人向けの売り込みではなく、業界の人脈と法人向けの提案にあることに気づきます。

起業18フォーラムの勉強会に持ち込むと、別の会員が同じように前職の取引先へ声をかけて受注につなげた道筋を紹介してくれ、香月さん自身も『その関係を、そのまま受注の入口として使えばいい』と腑に落ちました。売り込む相手を、はじめから間違えていたわけです。

香月さんが動き出せた背景には、時代の後押しもあります。個人が法人と組むことは、もう特別ではありません。ランサーズの調査によれば、フリーランスとして働く人はこの10年で約4割(+39.1%)増え、いまは1,303万人にのぼります。

前職に近い業界の会社へ一社ずつ声をかけ、香月さんは業務委託として仕事を受け始めました。半年で取引先は3社(月ぎめの支援料が1社あたり15〜25万円台)となり、12ヶ月目には常時5社と続く関係ができ、業務委託の売上は月70〜90万円台で回るようになりました。売り込みをやめ、前職の関係と提案に絞ったことが、件数の積み上がりにつながりました。

ポイント 次の一歩は前職の取引先にもう一度会いに行く

前職の取引先へ連絡する最初の一歩の踏み出し方

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法人との取引は、遠い世界の話ではありません。40代でも50代でも、前職で誠実に仕事をしてきた人には、すでに声をかけられる相手がいます。大きな計画を立てる前に、動きは一つで十分です。まずは前職の取引先を一社だけ選んで、来週にでも近況をうかがう連絡を入れてみてください。

会って近況を聞くうちに、相手がいまどこで困っているかが見えてきます。そこにあなたの経験で手伝える部分があれば、それが最初の一件になります。売り込みではなく、相談に乗る姿勢で十分です。

会社員時代の人脈はどう起業準備に活かす? 気をつけるべき点は?
● 質問 会社員10年目です。社外の交流会に時間とお金をかけて人脈を広げてきましたが、起業準備を始めてみると、

『自分には売り込む力なんてない』と感じている人ほど、これまで積み上げてきた取引の関係という資産を見落としがちです。その名簿は、名刺の肩書きが消えたあとも、あなたの手元に残っています。

ポイント よくある質問

法人取引を始める前によく出る疑問を整理する

起業前質問集

Q.個人事業主でも法人と継続契約できますか?

できます。相手が不安に感じるのは肩書きではなく、契約条件・納期・請求・連絡体制が曖昧なことです。最初に業務範囲と納品物を小さく決め、請求書や契約書の形を整えると進めやすくなります。

Q.前職の人脈に連絡しても問題ありませんか?

競業避止義務や守秘義務、勤務先との約束を確認することが前提です。退職後でも、前職の内部情報を使った営業は避けてください。近況報告として会い、相手の困りごとを聞くところから始めるのが安全です。

Q.法人向けの価格はどう決めればいいですか?

時間単価だけでなく、相手の業務削減額や納品後の使いやすさから考えます。最初は限定した範囲で試し、継続時に月額や追加費用を決めると、安請け合いを防ぎやすくなります。

Q.契約書がないまま始めても大丈夫ですか?

口頭だけで始めるのは避けたほうが安心です。少なくとも業務内容、納期、報酬、支払日、修正範囲を書面やメールで残してください。単発の案件ほど、最初の条件確認が後のトラブル防止になります。

ポイント 今日できる一歩を決める

読み終えた今日に確認する最初の行動を決める

point

来週の連絡先を決める前に、もう一段手前でできることがあります。前職の関係は、社名や役職ではなく、顔と場面で覚えているはずです。その記憶をたどり直せば、誰に声をかけるかの判断が早くなります。

今日は、机の引き出しにしまってある前職の名刺入れを一つだけ開いて、いまも顔が浮かぶ相手を一人だけ思い浮かべてみてください。その一人の顔が浮かべば、来週どこへ連絡すればよいかは、もう決まっています。あとは、来週の連絡の一行を書くだけです。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

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