記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
勤め先で希望退職の募集が始まりました。割増の退職金が出るうちに手を上げて、そのお金を元手に起業しようかと考えています。ただ、商品もお客様もまだいない状態で会社を辞めて、退職金を使い始めてしまっていいものか踏ん切りがつきません。
応募ボタンを押す前に、在職のうちに確かめておくべきことはありますか?

● 回答
応募ボタンは、いったん保留にしてください。割増退職金を起業の元手として「あてにする」前に、在職のまま小さく売ってみて、お客様が一人でもつくかどうかを先に確かめるのが順番です。退職金は事業の元手ではなく、軌道に乗るまでの生活を守る防波堤として置いておく。この置き方を、会社にいるうちに決めておきたいのです。
募集を機に気持ちが前のめりになるのは自然なことです。ただ、ここで止まって考える人と、勢いで押してしまう人とでは、半年後の景色がずいぶん変わります。これまで多くの会社員と起業準備の話をしてきましたが、退職金を「ある前提」で計画を立てた人ほど、最初の数字が出る前に資金を削ってしまう傾向がありました。
募集の波は大きい。だからこそ流されない
背景を数字で見ておきましょう。東京商工リサーチの調査によると、2025年に「早期・希望退職募集」を実施した上場企業は43社、募集人数は1万7,875人で、前年から78.5%増えました。2009年以降で3番目の高い水準です。しかも実施企業の約7割が直近決算で黒字という「黒字リストラ」が定着しつつあります。
つまり、業績が悪いから切られるのではなく、会社の事業転換に合わせて中高年に募集がかかる時代になりました。この波は今後も続くと見られていて、あなたの番が来たこと自体は珍しくありません。珍しくないからこそ、条件の良さに引っ張られず、自分の準備状況のほうを基準に判断したいのです。
- 割増退職金を「起業の運転資金」として計算に組み込む
- 商品もお客様もないまま、まず退職してから考えようとする
- 募集の締め切りに合わせて起業の出発日を決めてしまう
この3つは、募集をきっかけに起業を考えた人がはまりやすい落とし穴です。どれも「会社の都合のスケジュール」に自分の人生のスケジュールを合わせてしまっています。順番を逆にして、自分の準備が整ったかどうかで判断する形に組み直しましょう。
応募する前に確かめる3つ
では、手を上げる前に在職のまま何を確かめればいいのでしょうか。私が必ずお伝えしているのは、次の3点です。
- 一人でも売れるか:
あなたの経験や得意を、知人や小さな場で一度でも有料で買ってもらえたか - 退職金を生活費として守れるか:
割増分を事業に使わず、軌道に乗るまでの半年から1年の生活費として確保できるか - 辞めた後の最初の売上の見込みがあるか:
退職した翌月に、声をかければ動いてくれそうな相手が数人いるか
このうち一つでも「まだ」と感じるなら、今回の募集は見送る判断もあっていいのです。割増退職金は、来年も再来年も募集があれば受け取る機会が巡ってくる可能性があります。けれども、一度退職して資金を削り始めると、巻き戻しはききません。先に小さく売って、お客様が一人つくのを確かめてから決めても遅くないのです。
予算・期間・出口を、辞める前に仮決めする
拙著『会社を辞めずに朝晩30分からはじめる起業』では、始めるときに「予算・期間・出口」の3つを仮決めしておくことを紹介しています。いくらまでなら使っていいか、いつまで続けてみるか、どうなったら撤退するか。この3つを先に決めておくと、退職金に手をつける場面でも判断が揺れません。
ここで言う「予算」は、退職金そのものではありません。退職金は守る側に置いて、起業の実験に使うお金は別に小さく区切る。起業の実験に使うお金は退職金と分け、たとえば月1万円までと先に上限を決めてください。この区切りがあれば、商品づくりや発信の試行錯誤をしても、生活の土台は崩れません。「出口」を決めておくのも同じで、撤退ラインを先に引いておけば、勢いで全財産を注ぎ込む事態を防げます。
たとえば、起業18フォーラム会員の三好さん(仮名・50代前半・メーカーの設計職)は、まさに希望退職の募集をきっかけに相談に来られました。当初は割増退職金をまるごと工房の設備投資に充てる計画を、自己流で立てていたのです。
図面の知識を活かして個人向けの製品設計を請け負うつもりでしたが、お客様のあてはなく、退職してから探せばいいと考えていました。けれども実際に知人経由で小さく試したところ、思った業種からは引き合いが来ず、最初の数か月は手応えがありませんでした。
転機は、起業18フォーラムの勉強会で「退職金は元手ではなく防波堤」という考え方に触れたことでした。三好さんは計画を組み直し、設備投資を最小限に抑えて、まず在職のまま試作の受注を取りにいきました。退職金には手をつけず、月1万円の予算で発信と試作を回したのです。
半年ほどで在職のまま月3万円ほどの受注が安定し、辞めた後の最初の取引先も2社見えてきました。現在は退職金をほぼ残したまま独立し、月収は会社員時代の収入に近づいています。
自己流のまま勢いで押していたら、お客様のいない工房に退職金を注ぎ込んでいたかもしれません。募集に手を上げる前に、まず在職のまま「一人に有料で買ってもらう」を一度やってみてください。それが、応募ボタンを押すかどうかを決める一番たしかな材料になります。
条件の良さに背中を押してもらうのではなく、自分の準備が押してくれる状態をつくる。順番さえ間違えなければ、この募集はあなたにとって追い風になります。

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