臨床心理士が起業するには? 専門性をどう収益に変えるかで決まる順番

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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臨床心理士として働きながら、「いつか自分の場所で、もっとじっくり人と向き合いたい」と考えている方は少なくありません。医療機関やスクールカウンセラー、相談機関で日々クライエントと向き合うなかで、「組織の枠を超えて関わりたい」「自分の専門性をもっと活かしたい」という思いが芽生えるのは、とても自然なことです。

ただ、そこで多くの人が立ち止まります。何から手をつければいいのか、収入の柱はどう作るのか、そもそも資格がそのまま独立につながるのか。考えるほどに動けなくなる。

今日はその「順番」を、現場の支援経験をもとに整理していきます。

ポイント 臨床心理士の起業がほかの士業と違う理由

資格と独立が直結しないという前提から押さえる

臨床心理士

臨床心理士の起業を考えるとき、最初に押さえておきたいのが資格の性質です。臨床心理士は、日本臨床心理士資格認定協会が認定する民間資格で、法律上の名称独占資格でも業務独占資格でもありません。2017年に施行された公認心理師法による国家資格「公認心理師」は名称独占資格ですが、業務独占資格ではありません。弁護士や税理士のように「その資格がなければ開業できない・その業務ができない」という独占がそもそも存在しないのが、心理職の大きな前提になります。

数字で見ると、心理職は着実に広がっています。日本臨床心理士資格認定協会の公表によると、臨床心理士の資格取得者は令和6年度までの累計で43,083名にのぼります。公認心理師も、公認心理師試験研修センターの都道府県別登録者数で、2025年12月末日時点の登録者が75,222人まで増えています。

支援を必要とする側も高い水準にあります。厚生労働省「患者調査」(令和5年)では、精神及び行動の障害で通院する外来患者数は約576万人にのぼります。心の不調を抱える人は身近な存在になり、専門的に話を聴ける人を求める声は広がっています

これは独立を考えるうえで、とても大事な前提です。独占がないからこそ、「臨床心理士としての専門性を、どんな形で世の中に届け、どう対価をいただくか」の設計が、そのまま起業の中身になります。資格があれば自動的に仕事が来るわけではない。逆にいえば、形は自分で選べるということです。

ポイント 「資格で食べる」から「専門性で食べる」への転換

専門性を価値に変えて届けるという発想への転換

臨床心理士

組織に勤めているあいだは、「臨床心理士」という肩書きがそのまま役割につながります。けれど独立すると、肩書きの後ろにいる「あなたが誰の、どんな心の困りごとに深く関われるのか」が問われます。

たとえば、同じ臨床心理士でも、子どもの発達相談に強い人、職場のメンタルヘルスに強い人、夫婦・家族関係の支援が得意な人では、届けるべき相手も価格も発信の仕方もまったく違います。起業の出発点は「資格を持っていること」ではなく「誰のどんな苦しさに、自分なら深く伴走できるか」を決めることにあります

  • 子どもの発達・不登校に悩む親子への個別カウンセリング
  • 働く人のメンタルヘルス相談とオンライン面談
  • 夫婦・家族関係の調整に特化した対面セッション
  • 企業や支援職向けの研修・スーパービジョン

どれも「臨床心理士」という同じ専門性から枝分かれした形です。まずは自分がどの枝にいちばん心が動くかを見つけることが、最初の一歩になります。

ポイント 勤めながら育てる3つの土台

勤めを辞めずに育てる起業準備の三つの土台

臨床心理士

ここで意識したいのが、土台を順番に育てるという考え方です。起業はいきなり完成形を目指すのではなく、誰を支えるかを定め、小さく試し、続けられる形に整えるという3つの段階を踏むと、無理なく輪郭ができていきます。勤めを続けながら、この3つを順に育てていくのが現実的な進め方です。

土台1:相手と困りごとを定める

最初の段階は、支える相手と困りごとを具体的に絞ることです。これまで担当してきたクライエントや、相談の場で繰り返し出会ってきた悩みを思い出してみてください。これまで現場で受けてきた「どこに相談すればいいか分からなかった」という声を書き出すことから始めてみてください。それが、世の中の需要そのものです。

土台2:小さく試して反応を見る

次は、考えたサービスを小さく試す段階です。いきなり物件を借りてカウンセリングルームを構える必要はありません。知人の紹介でオンライン相談を1件受けてみる、地域の親の会で小さな勉強会を開いてみる。そうやって本物のクライエントに一度でも価値を届けると、机上では見えなかった改善点が一気に見えてきます

土台3:続けられる形に整える

反応が得られたら、それを続けられる仕組みに整えます。料金、予約の流れ、記録と守秘の扱い、再来につながる導線。完璧を目指さず、20点でいいから一度世に出して、クライエントの声で直していく姿勢を持ってください。この段階で、ようやく「事業」と呼べる形ができてきます。

ポイント 反対の声と「変わりたくない自分」への向き合い方

資格者ほど最初の一歩で立ち止まる理由とは

臨床心理士

心理職の独立で、技術以上に重くのしかかるのが周囲の反応です。「安定した職場をなぜ手放すの」「相談だけで食べていけるの」という家族や同僚の言葉に、思いがふっと萎んでしまう。拙著『会社を辞めずに朝晩30分からはじめる起業』では、こうした周囲の反対者をドリームキラーと呼び、その正体と距離の取り方を紹介しています

やっかいなのは、いちばん手ごわいドリームキラーが自分の内側にいることです。クライエントの心は深く読めるのに、自分のこととなると「まだ準備が足りない」「失敗したら恥ずかしい」と先延ばしにしてしまう。専門性が高い人ほど、慎重さが足かせになりやすいものです。

  • 外のドリームキラー:
    善意からの「やめておけば」に流され、相談相手を間違える
  • 内のドリームキラー:
    完璧主義が顔を出し、準備ばかりで一歩も踏み出せない
  • 肩書き依存:
    資格に頼り、自分の言葉で価値を語る練習を後回しにする

向き合い方はシンプルです。応援してくれる人にだけ計画を話し、迷ったら勤めを続けたまま小さく試す。勤めながらなら、反対する人を説得する前に「実際にやってみた事実」を作れます。事実は、どんな反対の言葉よりも強いものです。

ポイント 収入の柱は「一本」にしない

複数の収入の蛇口で安定をつくるという発想

臨床心理士

独立して最初につまずきやすいのが、収入の組み立てです。「個別カウンセリング一本」で始めると、予約が埋まらない月にそのまま不安が膨らみます。臨床心理士の専門性は、実は複数の形に展開できます。

  • 個別の対面・オンラインカウンセリング(フロー型の中心収入)
  • 企業のメンタルヘルス研修や顧問契約(単価の高いスポット収入)
  • 支援職向けのスーパービジョンや講座(専門性を活かす収入)
  • 書籍・動画・コラムなどの発信から生まれる収入(積み上がるストック型)

最初から全部やる必要はありません。1つの軸を立てながら、少しずつ別の蛇口を足していくと、特定の月に予約が落ちても全体は崩れにくくなります。心理職の専門性は、個別相談だけにとどめておくにはもったいないほど応用が利きます。

ポイント 自己流で止まった会員さんが、形にできた話

遠回りから抜け出した会員さん一人の歩みとは

臨床心理士

起業18フォーラムの会員さんで、三宅さん(仮名・40代後半・総合病院の心理職として15年以上勤務)という臨床心理士の方がいました。思春期の子と親の支援に経験が豊富で、「組織の枠を超えて、もっとじっくり家族に伴走したい」という思いを長く温めていた方です。

最初の2年ほどは、自己流で動いていました。ホームページを完璧に作り込もうとし、料金表を何度も書き直し、ご主人の「公務員みたいに安定してるのに、なぜ」という言葉に何度も気持ちが揺れる。準備は山ほどしたのに、結局ひとりのクライエントにも届けないまま時間だけが過ぎていきました。

転機は、起業18フォーラムの勉強会でした。「反対する人を説得するより、まず一人に届けて事実を作りなさい」と背中を押され、知人の紹介で不登校のお子さんを持つ親御さんの相談を1件だけ引き受けたところから流れが変わりました。そこで得た「親は子どものことより、まず自分の不安を聞いてほしかった」という生きた声をもとに、サービスを親自身を支える面談に組み替えました。遠回りした分、軌道に乗ってからは早かったといいます。現在は対面とオンラインの個別相談に企業研修を組み合わせ、月の予約がほぼ埋まる状態まで育ち、月収はおよそ32万円で安定しています。

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三宅さんが変わったのは、知識でも資格でもなく「届ける順番」でした。完璧な準備より、一人に届けて直す。臨床心理士というあなたの専門性は、いま苦しんでいる誰かにとって、すでに十分な価値を持っています。

ポイント 臨床心理士の起業でつまずかないために

最初の一歩を小さく踏み出すための考えの整理

point

ここまで整理してきた通り、臨床心理士の起業は「資格をどう使うか」よりも「誰の、どんな苦しさを、どんな形で支えるか」を決め、小さく試しながら整えていく営みです。独占がないからこそ、届け方は自由に設計できます。

まずは起業18フォーラムの動画やセミナーで、起業準備の基礎の考え方に触れてみてください。方向性が見えてきたら、開業形態や届出、活用できる支援制度を具体的に調べていけば十分です。今日できることは、これまで現場で受けてきた「どこに相談すればよかったのか」という声を、ノートに3つ書き出すこと。そこから、あなたにしか作れない支援の輪郭が見えてきます。

ポイント よくある質問

独立前によくある不安への答えをまとめました

起業前質問集

Q.臨床心理士の資格だけで開業できますか?

臨床心理士も公認心理師も、その資格がなければ開業できないという独占はありません。逆にいえば、資格があれば自動的に仕事が来るわけでもありません。大切なのは「誰のどんな困りごとを支えるか」を決め、その専門性を必要としている人に届ける設計です。資格は信頼の土台として活き、その上にどんなサービスを乗せるかで結果が変わります。

Q.職場を辞めてから準備を始めたほうがいいですか?

勤めを続けたまま準備するのをおすすめします。収入がある状態のほうが、落ち着いて小さく試せます。知人の紹介でオンライン相談を1件受けてみる、地域の集まりで小さな勉強会を開いてみるといった検証は、勤務を続けながら十分に進められます。安定がある時期こそ、いちばん安全に動けます。

Q.家族に独立を反対されています。どう考えればいいですか?

反対する人をいきなり説得しようとすると、たいてい平行線になります。まずは応援してくれる人にだけ計画を話し、勤めを続けたまま小さく試して「実際にやってみた事実」を作ってください。一件でもクライエントに喜ばれた経験は、どんな言葉より説得力を持ちます。心配の声は、不安の裏返しであることも多いものです。

Q.集客の経験がまったくありません。何から始めればいいですか?

広告やSNSの運用テクニックより先に、まず「これまで現場で受けた相談」を書き出すことから始めてください。困っている人の生の声が、そのまま発信の中身になります。完璧な発信を待つより、一人のクライエントに届けて反応を見るほうが、ずっと早く前に進みます。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

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