助産師が独立するには? 業務独占資格と開業権を活かした現実的な進め方

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

「分娩からはそろそろ離れたい。でも助産師としての経験を、まだ何かに活かしたい」。病院勤務の助産師さんから、こんな相談が起業18フォーラムに届きました。

夜勤・日勤の交代でからだは削れていく一方で、退院直後のお母さんと長く関われないもどかしさだけが残る。退職して何ができるのか、ぱっとは思い浮かばない。けれど、助産師さんには助産行為に関する業務独占資格と、医師・歯科医師と並ぶ開業権という、看護師・保健師にはない特有の立ち位置があります。

この記事では、分娩を扱わない形も含めて、助産師さんが病院を辞めずに収入の軸を組み立てる手順を、具体的なステップでお伝えします。

ポイント 助産師さんの経験がそのまま収入軸になる理由

病院で使い切れない経験を外で評価へ変える視点

助産師

厚生労働省「令和6年衛生行政報告例の概況」によると、就業助産師数は38,721人で、そのうち病院勤務が23,054人(59.5%)を占めます。半数以上が病院に集中している一方で、退院後のお母さんを継続的にケアする受け皿は、実はあまり多くありません。

ここに、助産師さんの経験がそのまま外で評価される理由があります。

病院では拾いきれない「退院後」の不安

産後すぐにお母さんは退院し、そこから自宅育児が始まります。母乳の出方、夜泣き、沐浴、上の子との関係。病院では数日しか伴走できなかった部分が、外に出ると最大の需要源になります。

助産師さんが見てきた「お母さん1人ひとりの違い」「正常分娩から少し外れたサイン」を、地域の中で個別に渡せる人は実は限られています。

助産行為の業務独占+開業権というレアな立ち位置

保健師助産師看護師法に基づき、助産行為は助産師の業務独占です(第30条)。看護師・准看護師にも自らの業務に関する業務独占規定はありますが、助産行為を行えるのは助産師だけです。さらに医療法上、医師・歯科医師と並んで助産師さんは助産所を自分の名義で開設できる開業権を持っています(医療法第8条、参照:日本助産師会「助産所開業をめざす方へ」)。この開業権は看護師さん・保健師さんにはない、助産師さんだけの強みです。

開業届は、開設後10日以内に管轄保健所へ提出する流れになります。分娩を取り扱うかどうかで必要な手続きの重さが変わるため、ここは最初の分かれ道として押さえておきたいところです。

ポイント 病院を辞めずに準備する5つのステップ

在職のまま助走し収入後に退職時期を決める

助産師

私はこれまで26年、6万人を超える会社員の起業を支援してきましたが、助産師さんが躓きやすいのは「いきなり助産所を建てる」発想に寄ってしまう点です。最初から分娩取扱を前提にすると、嘱託医・嘱託医療機関の確保、設備、保険、保健所手続きと、ハードルが一気に上がります。

順番を組み替えます。

STEP1:自分の経験棚卸し

これまで何例の分娩に立ち会ってきたか、どんなお母さんに長く関わってきたか、母乳・沐浴・上の子のケア・多胎・NICU退院後など、自分が一番丁寧に伴走できた領域はどこか。「助産師」という肩書きの中身を、自分の言葉で分けてみてください。

STEP2:地域の受け皿の隙間を確認

住んでいる自治体の産後ケア事業の委託先、母乳外来の有無、近隣の産婦人科の産後フォロー体制を調べます。すでに手厚い地域なのか、抜け落ちている層(出産直後の母乳・産後うつ・上の子ケアなど)があるのか。隙間を見つけてから、自分のどの経験で埋められるかを当てはめてください。

STEP3:在職のまま小さく試す

非常勤の枠を残しながら、休日にオンライン母乳相談を1人だけ受ける、知人の妊婦さんに沐浴指導を1回だけ提供する、というレベルで構いません。いきなり助産所を借りる前に、お母さん1人にお金を払ってもらえる経験を作るほうが先です。

STEP4:開業形態を決める

分娩を扱わない母乳ケア・産後ケア専門の助産所であれば、嘱託医設置義務はかからず、自宅の一室や訪問型で開設できます(医療法施行規則第3条第5号・第15条の2第1項)。分娩を扱う場合は医療法上の要件が一段重くなります。「分娩を扱うか/扱わないか」がもっとも大きい設計の分岐点になります。

STEP5:保健所への開設届

開設場所と業務内容が固まったら、保健所に開設届を提出します(開設後10日以内:医療法第8条)。形が決まれば手続き自体はシンプルですが、「形をすぐ決めずに、半年〜1年は試行して固める」順番が結果的に近道です。

  • 自分の経験を「分娩・母乳・産後・育児」で棚卸し
  • 地域の産後ケア事業と既存助産所の隙間調査
  • 非常勤勤務を残したまま、ひとりに有料でケアを提供
  • 分娩取扱の有無で形態を分岐
  • 形が固まってから保健所に開設届(開設後10日以内)

この順番を逆にすると、ハードルの高い分娩取扱の設備投資から始まり、肝心のお母さんが集まらないまま運転資金が尽きます。助産師さんの起業は、設備より「ひとり目のお母さん」から組み立てるのが堅実です。

ポイント 分娩を扱わない助産師起業の具体パターン

ストック収入とフロー収入を組み合わせる発想

助産師

拙著『1億円稼いでいる人は何をしているのか?』に「ストック思考とフロー思考」という話があります。1回1回の対価で消費されていく仕事(フロー)だけだと、休んだ瞬間に収入が止まります。月額・継続・繰り返し利用される仕組み(ストック)を、フローと組み合わせて両輪にする発想です。

助産師さんの場合、フロー(個別ケア)とストック(継続契約)を意識的に組むことで、無理なく月収を組み立てられます。

母乳ケア専門の助産所

母乳の出方・乳腺炎・卒乳の相談を、訪問または自室で受けます。1回5,000円〜8,000円のフロー収入が中心ですが、退院直後のお母さんからの紹介で連鎖が起きやすい領域です。分娩を扱わないため嘱託医も不要で、自宅の一室・訪問型からでも始められます。

産後ケア事業(自治体委託)

多くの市区町村が、出産後のお母さんへの宿泊型・通所型・訪問型の産後ケア事業を行っています。助産師さんが個人で受託先として登録できる自治体が増えており、安定的なフロー収入の柱になります。ただし単価は自治体ごとに上限があるため、これだけで生計を立てるのは難しく、他のサービスとの組み合わせが前提です。

マタニティ・両親学級(オンライン含む)

妊娠中の女性向けの呼吸法・出産準備・上の子との関わり方の連続講座は、ストック収入を作りやすい領域です。月額制で3〜6ヶ月続けて学ぶ形にすると、1人のお母さんから1回限りでなく継続的に対価をいただけます。

訪問型助産(自宅出産・産後ケア)

自宅出産を希望する妊婦さんへの訪問は、分娩取扱になるため嘱託医・嘱託医療機関の確保が必須です。一方、産後の訪問ケア(沐浴・授乳指導・上の子ケア)であれば、医療法上の要件は軽くなります。

沐浴教室・育児相談(地域密着)

地域の保育施設・子育て支援センターと連携し、月1〜2回の沐浴教室・育児相談会を有料で開く形です。単発で終わらせず、参加したお母さんを個別母乳相談に橋渡しすると、フローからストックへの導線になります。

  • 母乳ケア専門助産所(自宅・訪問型)
  • 自治体産後ケア事業の受託
  • マタニティ・両親学級の月額制講座
  • 訪問型産後ケア(沐浴・授乳指導)
  • 地域連携の沐浴教室・育児相談

この5つは互いに排他的ではなく、組み合わせて使う前提で見てください。「自治体の産後ケアで月8万円+母乳相談の継続で月7万円+月額講座で月5万円」のように、複数の小さな柱の合計で生活費に届かせる発想です。

ポイント 助産師さんが陥りやすい失敗パターン

設備・形態・価格・紹介ルートの典型的つまずき

助産師

26年間、起業相談を受けてきて、助産師さんに共通するつまずきには型があります。先に知っておくだけで避けられるものばかりです。

分娩取扱を前提にして設備で止まる

最初から分娩取扱の助産所を構想すると、嘱託医・嘱託医療機関の確保が壁になります。医療連携の同意が得られないまま設備投資だけ進めてしまうと、運転資金が尽きる前に身動きが取れなくなります。まずは分娩を扱わない形で開設し、収入が安定してから分娩取扱への移行を検討する順番が安全です。

病院の単価感覚で価格を決める

病院では母乳指導も沐浴指導も他のケアとセットで動いており、個別の単価意識は薄くなります。独立後にこの感覚のまま価格を決めると、1時間2,000円〜3,000円のような時間切売り設計になり、生活費に届きません。地域の助産所・訪問助産の価格帯(おおむね5,000円〜10,000円/回)を調べ、自分の経験量を踏まえて設定し直してください。

紹介ルートを作らずに開業する

助産師さんの仕事は、口コミと紹介で増えていく性質が強い領域です。開業前に近隣の産婦人科・小児科・保育施設・子育て支援センターと顔のつながりを作っておくだけで、ひとり目のお母さんが入ってくる速度が変わります。SNS発信よりも、地域の医療・保育のネットワークが優先です。

自治体産後ケアの単価だけに依存する

自治体委託は安定はしますが、件数も単価も上限が決まっています。これだけで生計を立てようとすると、自治体の予算次第で収入が動く構造になります。必ず自費の個別ケアか月額制の講座と組み合わせて、自治体収入は柱の1本にとどめる設計が現実的です。

  • 分娩取扱前提で設備投資が先行
  • 病院単価のまま時間切売り設計
  • 紹介ルートを作らないままの開業
  • 自治体委託単価への依存

どれも「助産師としてやってきた感覚をそのまま起業に持ち込む」と起きやすいつまずきです。病院の中の常識と地域での個人事業の常識は別物だ、と前提を一度リセットしてから設計してください。

ポイント ひとりのお母さんから始める

設備でも資格でもなく「最初のひとり」を作る順番

助産師

助産師さんの起業は、新しい資格を取り直す話でも、立派な助産所を建てる話でもありません。これまで関わってきたお母さん1人に、退院後も自分のサービスとして対価をいただけるかどうか、そこから始まります。

助産行為に関する業務独占と開業権は、助産師さんだけが持っている武器です。動かす順番さえ間違えなければ、無理に病院を辞めなくても、目の前のひとりのお母さんから収入の軸を組み立てていけます。今夜、自分が一番丁寧に伴走できた退院直後のお母さんを1人思い出すところから、始めてみてください。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

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