記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「起業なら、やっぱり都会のほうが有利ですよね」。甲府にお住まいの方から、そう聞かれることがありますが、長く相談を受けてきた立場から言うと、その見方は半分しか当たっていません。甲府は企画・研磨・貴金属加工・流通などが集まる国内有数のジュエリー産地で、甲州ワインで知られる山梨県の県庁所在地でもあります。
この地場資源と現在の交通、オンラインでの商圏を自分のスキルと掛け合わせれば、起業の入口を探せます。大切なのは、都会と同じ土俵で戦うことではなく、甲府にある材料を自分の仕事に変える順番であり、現在の中央線や高速道路に加えて将来のリニア計画も材料の一つとして開業時期を前提にせず、この記事ではその順番を具体的にたどっていきます。
「地方だから不利」が甲府に当てはまらない

「地方は起業に不利」という言葉は、たいてい「人が少ない」「お金が回っていない」「情報が遅い」という三つの不安をまとめて言い表したものです。この三つは、たしかに過疎の進んだ地域では現実の壁になります。ただ、甲府に同じ物差しを当てるのは正確ではありません。
甲府市の住民基本台帳人口は、令和8年3月1日現在で18万2,056人です。山梨県の県庁所在地である一方、商圏の規模や人口減少も踏まえる必要があります。「人が少ないから無理」と決めるのでも、「県庁所在地だから売れる」と考えるのでもなく、誰に何を届けるかで判断します。
リニア中央新幹線の山梨県駅(仮称)は甲府市大津町付近に計画され、開業後は品川まで約25分とする構想があります。ただし、2026年7月時点で開業時期は確定していません。起業計画はリニアの完成を当てにせず、現在の中央線、道路、オンラインで届く商圏を土台にします。
事業の入口になる甲府の三つの資源

甲府で起業を考えるとき、最初に見ておきたいのは「この町には何が集まっているか」です。甲府には、他の地域が簡単には真似できない材料が三つあります。宝飾・水晶研磨の集積、甲州ワインの産地、そして東京への近さです。
山梨県と甲府市は、企画・デザイン・研磨・彫刻・貴金属加工・流通までが集まるジュエリー産地として情報発信しています。水晶加工を起点に発展した地場産業で、作り手や関連事業者が近くにいることは、事業を考える材料になります。生産額や全国シェアは統計年や品目の区分で変わるため、提案先を調べるときは最新の工業統計や業界資料を確認します。
もう一つが、甲府市を含む山梨県の地域資源であるワインです。ぶどう酒の地理的表示(GI)「山梨」は、2013年に国税庁が日本のワイン産地として初めて指定したものです。GIの産地範囲は甲府市だけではなく山梨県です。
これらの資源は、そのまま眺めていても事業にはなりません。自分のスキルと掛け合わせて、はじめて入口が見えてきます。会社で身につけた仕事と、甲府の資源をどう組み合わせられるかを、表で整理してみます。
| 甲府の資源 | 会社員のスキルとの掛け合わせ | 事業の入口の一例 |
|---|---|---|
| 宝飾・水晶研磨 | オンライン販売・受発注管理・広報 | 工房の商品を続けて売る運用の代行 |
| 甲州ワイン(GI 山梨) | 企画・接客・イベント運営 | 造り手と飲み手をつなぐ体験の企画 |
| 中央線・高速道路・オンライン | 本業で培った専門知識 | 東京の顧客に向けた相談・受託を甲府から |
表の右端を見てわかるのは、どれも「甲府にいるからこそできる仕事」だという点です。資源が先にあり、そこに自分のスキルを重ねる。この向きで考えると、地方であることは不利ではなく、むしろ材料の多さになります。
地場資源と自分のスキルが重なる一点を探す

では、三つの資源のうち、自分はどれを選べばいいのか。ここで役に立つのが、拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』で紹介している三つのゾーンの考え方です。「好きなこと」「強み」「求められること」の三つを円で描くと、重なり方によって事業になる場所とならない場所が見えてきます。
「好きなこと」と「強み」だけが重なって、求められていないものは自己満足で終わります。逆に「強み」と「求められること」だけがあって好きでないものは、続けるうちに苦しくなります。甲府の地場資源への愛着と、自分のスキルと、地元で求められていることが重なる一点にこそ、無理なく続けられる起業の入口があります。
甲府に置き換えると、こういうことです。宝飾やワインが身近で好きだという気持ち。会社で身につけた販売や企画や専門の技術という強み。そして作り手や地域が「その役目を担う人がいなくて困っている」という需要。この三つが交わるところを、まず一つ見つける。それが最初の作業です。
- 好きなこと:
甲府の宝飾・水晶・ワインのうち、自分が自然に心を動かされるもの - 強み:
会社で給料をもらいながら身につけた、持ち運びのできる仕事の技術 - 求められること:
作り手や地域が、担い手不足で困っている役割や作業
三つの円が重なる場所は、人によって違います。だからこそ、都会の成功事例をそのまま持ち込むより、甲府の材料で自分だけの一点を探すほうが早いのです。まずは、甲府の何に自分の心が動くかを一つ思い返してみてください。
地元の手仕事を続く仕事に変えた望月さん

望月さん(40代前半・地元メーカー勤務)は、社内でオンライン販売と受発注の管理を担当してきました。子どもの頃から身近だった甲府の手仕事を自分の仕事にできないかという思いがあり、知り合いの工房の商品をフリマアプリやSNSで売る手伝いを、見よう見まねで始めていました。ただ、最初の6ヶ月ほどは、売れても単発で終わり、手応えが続きませんでした。
景色が変わったのは、ぶどう畑が色づき始めた秋のことでした。長く付き合いのあった水晶研磨の職人さんが、高齢で工房を閉じると聞いたのです。腕のある作り手はいるのに、その価値を続けて届ける役目が甲府には足りていない。望月さんは、そこに需要の空白があることに気づきました。
単発売りから続く関係への切り替え
その気づきを整理できたのは、起業18フォーラムの勉強会でした。他の会員が、一度きりの販売ではなく「買った人が次も相談したくなる仕組み」に作り替えた事例を知ったのです。後日の勉強会で自分の考えを話すうちに、望月さんの狙いははっきりしてきました。
工房の商品を単発で売るのではなく、オンライン販売そのものを毎月続く運用として引き受ける。商品ページの手入れ、お客さんとのやり取り、購入後のお手入れの案内までを一つの流れにする方向です。
動き直して10ヶ月目に、最初の工房と毎月続けて組めるようになりました。始めて24ヶ月目を過ぎたいまは、単発の受注が中心だった仕事が、複数の工房から毎月続く運用の依頼が積み上がる形に変わっています。会社に勤めながら、途切れない土台がひとつできたのです。作り手が減っていくなかで「続けて届ける人」になれたことが、望月さんにとっては一番の変化でした。
甲府での起業準備でつまずきやすい点

甲府の資源は豊かですが、進め方を間違えると空回りします。相談を受けてきたなかで、つまずきやすい点が三つあります。
一つ目は、観光ガイドのように「甲府の魅力」を並べただけで満足してしまうことです。魅力の紹介と、自分が誰の何を解決するかは別の話です。二つ目は、宝飾やワインという看板の大きさに引っ張られ、いきなり大きな商いを描いてしまうこと。まず必要なのは、目の前の作り手ひとりの困りごとに応えることです。
三つ目が、補助金や支援制度から先に手をつけてしまうことです。補助金や創業支援は、何を売るかの方向が決まる前の入口にすると、かえって迷いを増やします。担当の窓口も、方向が定まっていない相談には答えを出しにくいものです。順番としては、自分の一点を先に決め、支援制度はそれを後押しする道具として後から使う。この向きを守るだけで、遠回りはかなり減ります。
- 魅力の紹介で止まる:
甲府の良さを語るだけで、誰の何を解決するかが抜けた状態 - 看板の大きさに飲まれる:
宝飾やワインの規模感につられた、最初から大きすぎる計画 - 制度から入る:
方向が決まる前の補助金探しによる判断停止
いずれも、甲府の資源が魅力的だからこそ起きるつまずきです。材料の豊かさに振り回されず、自分の一点に立ち返ることが、この町では特に効いてきます。
甲府と山梨の創業支援を調べておく

方向が見えてきたら、次に甲府と山梨の支援制度を確認します。甲府市には創業支援等事業計画があり、甲府商工会議所などの認定連携創業支援事業者が相談や講座を実施しています。「経営・財務・人材育成・販路開拓」の知識を所定の特定創業支援等事業で身につけ、市の証明を得ると、会社設立時などの優遇を受けられる場合があります。必要な期間・回数は利用する事業の最新案内で確認してください。
対象となる株式会社を設立する場合、登録免許税は資本金の0.7%から0.35%へ軽減され、最低税額は15万円から7万5,000円になります。合同会社にも別の最低税額があります。山梨県側には、やまなし産業支援機構などの相談窓口もあります。証明書の対象者、会社の所在地、申請期限などが決まっているため、設立前に甲府市の最新案内を確認してください。
今日は、甲府市と山梨県の創業支援のページを一度調べてみるだけで十分です。使える制度の当たりがつけば、方向が決まったときにすぐ動けます。制度は入口ではなく、決めた道を進みやすくするための道具だと考えておくといいでしょう。

よくある質問

Q.甲府は地方だから、起業しても仕事が少ないのではありませんか?
甲府市の人口は約18万2,000人で、山梨県の県庁所在地です。宝飾やワインに関わる資源がある一方、商圏の大きさや人口動向は事業ごとに見極める必要があります。将来のリニアを前提にせず、現在の顧客候補と地元の資源をどう仕事に変えるかを確かめてください。
Q.宝飾やワインの経験がなくても、地場産業を事業の入口にできますか?
できます。必要なのは作る技術そのものより、作り手が困っている役割を引き受けるスキルです。オンライン販売の運用、広報、企画、受発注の管理など、会社で身につけた仕事が入口になります。
Q.リニアの開業を待ってから起業準備を始めたほうがいいですか?
待つ必要はありません。開業時期は確定していないため、現在の交通とオンラインで届く顧客を前提に準備します。リニアは完成時期が具体化した段階で、計画に織り込めば十分です。
Q.会社に勤めながら、甲府で起業準備を進められますか?
進められます。給料という安心がある間に、地元の資源と自分のスキルが重なる一点を探し、小さく試すのが現実的です。望月さんも勤めを続けながら、続く仕事の土台を作りました。
甲府で起業の第一歩を踏み出す

甲府は「地方だから不利」という言葉が当てはまらない町です。宝飾・水晶研磨の集積、甲州ワインの産地、そして東京への近さ。この三つの資源に自分のスキルを重ね、地元で求められている一点を見つければ、会社に勤めながらでも起業の入口は作れます。「甲府の◯◯」と自分の名前で呼ばれる仕事は、会社の名刺で回っていた頃とは手応えが違います。その一歩を、今日の調べもの一つから始めてみてください。
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