起業準備に貯金はいくらあれば安心? 公庫2025年度データと生活防衛資金の分け方

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

● 質問

起業準備を始めたいのですが、貯金は今150万円ほどしかありません。もう少し貯めてから動き出したい気持ちがある一方で、「いつまで貯めれば安心と言えるのか」の答えが自分の中で出ずに、この1年ほとんど何も進みませんでした。

貯金がいくらあれば、安心して起業準備を動かし始められるものでしょうか?

起業前質問集

● 回答

「いくら貯めたら安心か」という問いを、少し疑ってみてもいいと思います。まず、月の生活費の3〜6ヶ月分を仮の生活予備費として試算し、家族構成、住宅費、健康状態、収入の安定性に応じて増減します。日本政策金融公庫が2025年12月に公表した「2025年度新規開業実態調査」では、開業費用の平均は975万円、中央値は600万円と報告されています。

ただし日本政策金融公庫の同じ調査で、開業費用が250万円未満で始めた人は20.1%、「250万円未満」と「250万〜500万円未満」を合わせると41.8%にのぼっています。600万円の中央値だけを見て「あと450万円貯めなければ動けない」と考える必要はありません。

貯金額は「これだけ貯めたら動く」という閾値ではなく、生活を止めない仕組みと事業を止めない仕組みの2つを分けて確保する道具として設計するほうが動き出せます。150万円という残高を増やすより、その150万円を何に使う口座に置くかを決めるほうが、動けない原因は先に消えます。

先に決めるのは金額ではなく3つの財布の分け方

貯金額に安心の答えを求めると、いくら貯めても足りない気持ちが残ります。そこで起業準備では、手元の貯金を次の3つの用途に分けて試算します。実際に口座を分けるかは、手数料や管理のしやすさも考えて決めてください。

起業準備で分けておく3つの財布

  • 生活防衛資金:
    生活費の3〜6ヶ月分を基準に扶養家族・住居費・健康・給付を反映した残高
  • 事業の初期運転資金:
    サーバー・名刺・テスト販売材料・参加費を積み上げた家計内の上限
  • 予備費(予想外の穴):
    家電故障・保険変更・医療費など読めない支出への1ヶ月分の備え

たとえば、貯金150万円、月の生活費20万円として、生活予備費3ヶ月分の60万円と予備費20万円を仮置きすると、残りは70万円です。これは説明用の計算例であり、その全額を事業に使ってよいという意味ではありません。

動けない原因は貯金額の少なさではなく、同じ口座に「生活の安心」と「事業の元手」が混ざったまま、両方の残高を同時に見つめてしまっていることのほうが大きいのです。口座を分けるだけで、動かせない金額と動かしていい金額がはっきり見えてきます。

公庫の実データが示す実際の開業費用の分布

日本政策金融公庫「2025年度新規開業実態調査」(2025年12月公表)は、開業費用の分布として「250万円未満」20.1%、「250万〜500万円未満」21.7%、この2層で全体の4割強を占めると報告しています。

同調査の回答企業の41.8%は開業費用が500万円未満で、うち20.1%は250万円未満でした。これは公庫融資先を対象とした開業費用の分布であり、必要な貯金額や自己資金額を直接示すものではありません。

資金調達額の平均的な内訳は、金融機関等からの借入が827万円(構成比67.9%)、自己資金は279万円(22.9%)でした。これは回答企業全体の平均であり、借入を利用した人の割合や、誰にとっても適切な組み合わせを示す数字ではありません。

ただし、この調査は日本政策金融公庫の融資先を対象としており、融資を使わない小規模な準備を含む全起業者の統計ではありません。会社を辞めない準備の段階なら、設備や在庫を持たずに需要を確かめられる仕事もあります。就業規則や許認可を確認し、相談や条件を明示したモニター募集から試す方法があります。

郷田さんが貯金150万円のまま動き出した9ヶ月

郷田さん(仮名・30代後半・会社員)は、貯金150万円が「まだ足りない」と感じたまま、起業準備を始めるかどうかを1年迷い続けていました。本業は続いていましたが、貯金額の目盛りだけを見つめる日が続き、動く気配が消えかけていたそうです。

見え方が変わったのは、起業18フォーラムの勉強会で、複数の他会員が資金設計の進め方を語る場に何度か通った時期でした。他会員が口にしていたのは、貯金の残額を眺める時間より、生活防衛資金と事業用資金の切り分けを先に済ませたという実務の話ばかりだったといいます。

他者の言葉に触れたことで、郷田さんは自分が「150万円を全部事業に使う」前提で計算していたことに初めて気づきました。次の週末に、生活防衛資金3ヶ月分の60万円と予備費20万円を別口座に移し、動かせる残額を70万円と定める作業を済ませています。

口座を分けた翌月、郷田さんは既存の知人へ声をかけ、簡単な作業を無料で1件試しました。翌月からは会計ソフトの月額費用と名刺代を合わせて月1万5,000円ほどの支出で運転を続け、3ヶ月目には知人経由で2件の相談が入ってきました。

9ヶ月目には紹介から初めての有料受注が入り、同月の売上は4万円台になりました。事業用に取り分けた70万円のうち、9ヶ月時点の支出は累計20万円ほどに収まりました。

郷田さんが動き出せた3つの節目

  • 節目①:
    勉強会で得た150万円全部を使う前提ではないという気づき(1ヶ月目)
  • 節目②:
    生活防衛資金と予備費を別口座へ移し、動かせる残額70万円を確定(2ヶ月目)
  • 節目③:
    知人紹介による初の有料受注と月4万円台の収入(9ヶ月目)
著書からの視点|貯金額を閾値でなく仕組みとして捉える

拙著『会社で働きながら6カ月で起業する』では、起業に必要な力を「知のチカラ」「人のチカラ」「金のチカラ」の3つに分けて紹介しています。「金のチカラ」では、大金がなければ起業できないというのは思い込みで、生活が回り事業が続く仕組みを持てているかどうかが本当の判定基準だという考え方を示しています。

貯金額を「これだけあれば安心」という閾値として設計すると、閾値に届く前は動けない、届いたあとは減らせない、という止まる構造になります。

動き続けるための設計は、金額の閾値だけでなく「生活を守る資金」と「事業に使う資金」を分けて考えることです。まずは自分の月の生活費を確認し、3〜6ヶ月分を仮置きしたうえで、家族構成や収入中断時の制度を踏まえて必要額を調整してください。

この分離が済んでいれば、150万円でも動ける人がいて、600万円でも動けない人がいます。金額の絶対値より、その金額が入る口座と使い道が決まっているかどうかのほうが、安心の実体に近い状態です。

今日できることは、月の生活費と事業準備に必要な項目を別々に紙へ書き、3ヶ月分と6ヶ月分の二通りで残額を試算することです。扶養家族がいる、収入が不安定、医療費が見込まれるなどの場合は余裕を増やし、大きな判断は専門家にも確認してください。

あなたが「これなら動き出せる」と感じたのは、3つの財布のどの分け方だったでしょうか。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

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