記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
15年以上、法人営業ひとすじでやってきました。担当していたのは会社の製品で、独立したら手元に売る商品が何も残りません。名刺の会社名が外れたら、私に一体何が売れるのだろうと不安です。
営業の経験しかない人間は、独立して何を売り物にすればいいのでしょうか?

● 回答
独立を考える方の相談を受けてきて、法人営業の方が最初に口をそろえて言うのが「自分には売る商品がない」という言葉です。ここには、大きな思い込みが一つ隠れています。
独立した営業職が本当に売れるのは、扱っていた「商材」そのものではありません。売り物になるのは、特定の業界に入り込んで販路を開く力そのものです。商品は相手が持っています。あなたが持ち出すのは、その商品を売る道筋のほうです。
売れるのは商品でなく「販路を開く力」
なぜ商品を持たなくてもいいのか。答えは、あなたに声をかけてくる相手が、その商品では困っていないからです。困っているのは、良い商品があるのに売り先が見つからない中小企業のほうです。
2024年版の『小規模企業白書』でも、新しい顧客や販路を切りひらくうえでの課題として、「開拓に必要な人材が足りない」と答えた企業が4割を超え、いちばん多くなっています。作る人はいても、売る人がいない。ここに、営業ひとすじでやってきた人の出番があります。
- 前職で扱った商品によく似た品を仕入れて売り直す発想
- 相手の業界を問わず、なんでも引き受ける便利な営業代行
- 売り物が決まらないまま資格や肩書きを増やす遠回り
「会社の看板があったから売れただけだ」という不安も、よく聞きます。たしかに与信や知名度は会社のものです。けれど、相手の懐に入る段取り、断られてからもう一度会いに行く粘り、決裁者を見つける勘は、あなたの体に残ります。
厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」を見ても、営業の仕事は顧客の開拓や折衝、提案として整理されています。こうした対人の技能は、扱う商品や会社名を離れても、次の場所で活かしやすい面があります。看板が外れて消えるのは商品であって、売る技術ではありません。
闘わずに勝てる「狭い池」の選び方
ここで大事なのが、力の向け先を絞ることです。営業代行と一口に言っても、あらゆる業界を相手にすれば、大手の代行会社や若い人材と価格で競い合うことになります。正面からぶつかっても、勝ち目は多くありません。
拙著『会社を辞めずにあと「5万円!」稼ぐ』では、ビジネスをスキル系(技を提供)、プロダクト系(モノを売る)、ノウハウ系(教える)、スペース系(場や機会を貸す)の4つに分ける見方を紹介しています。法人営業ひとすじの経験を当てはめ直すと、営業スキルはスキル系、決裁までの提案づくりはノウハウ系、業界人脈は”つなぐ場”を差し出すスペース系として並びます。この3つが重なる一点、すなわち前の職場で通っていた業界の販路づくりが、あなただけの狭い池になります。
| 売り物の型 | 競い合う相手 | 勝ちやすさ |
|---|---|---|
| 前職に似た商品を仕入れて売り直す | メーカー・商社・通販サイト | 在庫と資金で押し負けやすい |
| 業界を選ばない何でも営業代行 | 大手の営業代行会社 | 価格の叩き合いになりやすい |
| 前職の業界にしぼった販路開拓と商談同席 | その業界の内情を知る同業はほぼいない | 名指しで選ばれやすい |
三つ目は、あなたにしか座れない席です。その業界の専門用語も、値段の相場も、決裁の流れも、すでに頭に入っています。だからこそ、はじめての相手にも話が早く、信頼が生まれます。
売り物をモノで探すのをやめて、どの業界の誰に販路を開くかを一つに決めるところから始めてください。
前職の業界ひとつに絞った名倉さん
起業18フォーラムの会員に、名倉さん(仮名・40代前半)という方がいます。前職では建設資材メーカーの法人営業を長く担当していました。独立を決めたとき、やはり「売る商品がない」と手が止まり、しばらくは何でも請け負う営業代行として動いては、大手と比べられて安値を出す日が続きました。
見え方が変わったのは、起業18フォーラムの実践報告会でした。同じように会社を離れた会員が、前職の一つの業界だけに絞って仕事を取っている話を聞き、自分は間口を広げすぎていたと気づいたのです。その後の勉強会でも、別の会員が業界特化の実例を紹介するのを聞き、名倉さんは建設資材の分野に絞ってメーカーと工務店のあいだをつなぐ商談同席という形を、自分で試してみることにしました。
絞ってからの彼は速かった。業界の言葉が最初から通じるので、初回の商談でも「この人は分かっている」と受け止められます。15ヶ月がたつころには、月に2〜3件の商談同席(1件5〜10万円台)に、既存関係からの継続案件が加わり、売上は月20〜30万円台で落ち着くようになりました。会社の看板を外しても、仕事が途切れずに回る人になっていたのです。
独立して法人から仕事を受ける立場になると、身分の不安定さも気になります。ただ、2024年11月に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法によって、一定の発注事業者には取引条件を書面やメール等で示すこと、給付を受領した日から原則60日以内のできる限り短い期間内に報酬支払期日を定めることなどが義務づけられました。丸腰で放り出されるわけではありません。
では、独立の前に何をしておくか。辞める前にできるのは、売り物を探すことより、どの業界に絞るかの見当をつけることです。
- 前の職場で自分がいちばん深く通った業界の見きわめ
- その業界で繰り返し耳にした「売り先が見つからない」という声の書きとめ
- 退職後も連絡を取れる取引先や同業の顔ぶれの確認
この三つがそろえば、独立した初日から動けます。名倉さんのように、絞ったあとのほうが仕事は早く回り始めます。
まずは1週間、前の職場で担当していた業界の相手が何に困っているかを聞き取って、いくつ挙がるか数えてみてください。そこに出てきた困りごとの数だけ、あなたが販路を開ける入口があります。
売り物は、外から探して仕入れるものではありません。あなたが長年その業界で積み上げてきた関係と勘の中に、もう眠っています。

ここまで自分の売り物を真剣に問い直せるあなたなら、どの業界のどの困りごとに手を伸ばせばいいか、きっと自分で見つけられます。
よくある質問
Q.未経験の業界に絞ってもいいですか?
おすすめしません。強みは、内情を知っている業界でこそ生きます。まずは前職でいちばん深く関わった分野から始め、慣れてきたら隣の業界へ広げるほうが、遠回りに見えて近道です。
Q.商品を持たない営業代行は、いくらで請け負えばいいですか?
成果に対する報酬か、月ぎめの支援料のどちらかが多い形です。相場を気にするより、まず一社と組んで実績を作ることを優先してください。数字が一つ出れば、次の相手にはその実績が値段の裏づけになります。
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