記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「やっぱり都会のほうが起業に有利でしょう」と、よく聞かれます。26年この仕事を見てきた立場から言うと、それは半分しか当たっていません。東京には人も情報も支援も集まっていますが、その分コストも競争も重く、会社員が拠点ごと移す必要があるかどうかは、また別の話だからです。
東京で起業を始めるべきか。この記事では、最新のコストと支援制度をふまえて、メリットとデメリットを整理します。そのうえで、勤めを続けたまま今いる場所からどう判断すればいいかまで、順番に見ていきます。
東京で起業するメリットは「人・情報・支援」に集まる

東京で起業するメリットは、数え上げればきりがありません。けれど、勤めながら起業準備をする段階で本当に効いてくるものに絞ると、「人」「情報」「支援制度」の三つに整理できます。
東京の最大の強みは、起業準備に必要な人・情報・支援が一か所に密集していることです。人口およそ1,400万人、企業数は40万社を超え、外資系企業も多く集まります。これだけの密度があれば、同じ分野で動いている人や、相談できる相手に出会える確率は、地方より格段に高くなります。
東京商工リサーチの調査でも、この集中は今も続いています。2023年の都道府県別「新設法人率」は、東京都が7.58%で全国2位でした(1位は沖縄県の8.58%)。起業が東京に集中しているのは事実ですが、一極集中ではなく、地方にも勢いのある場所が出てきているのが今の姿です。
人脈と情報が、地方より集まりやすい

起業準備で最初に効いてくるのが、人脈と情報です。東京はこの二つで、地方より有利な場面が多くなります。
セミナーや勉強会に人が集まりやすく、さまざまな経歴を持つ人と知り合えます。面白い経営者に出会える確率は、地方より高いといえるでしょう。神奈川・千葉・埼玉からのアクセスもよく、首都圏に住む人たちとも気軽に関われます。
情報の面でも、東京には強みがあります。ネット検索では出てこない、人づてに入ってくる一次情報の量が、東京は多いのです。流行が生まれる場所に近いほど、「今ないもの」「今求められているもの」に早く気づけます。将来的に事業を大きくしたい人にとって、トレンドに敏感でいられる立地は意味を持ちます。
ただし、これはオンラインでもかなり補えるようになりました。オンラインの勉強会や交流の場が充実したことで、地方にいながら東京の人や情報に触れることは、以前よりずっと簡単になっています。人脈と情報は東京の強みですが、東京に住まなければ手に入らないものではなくなってきました。
会社員でも使える、東京都の起業支援が手厚い

三つ目のメリットが、行政による起業支援の手厚さです。ここは東京がはっきりと進んでいる部分で、しかも勤めを続けたまま、準備段階から使えます。
東京都中小企業振興公社が運営する「TOKYO創業ステーション」は、丸の内と立川(TAMA)に拠点があり、起業の相談から事業計画づくりまでを支援しています。専門家が伴走する「プランコンサルティング」で計画を練り上げられるほか、セミナーや助成金の案内もそろっています。託児サービスを備えた拠点もあり、子育て中の方が相談に通いやすい配慮もされています。
資金面では、東京都中小企業振興公社の「創業助成金」があります。助成限度額は400万円で、店舗や事務所の家賃、従業員の人件費、広告費といった創業初期の費用が対象です。こうした支援は、東京に住んでいなくても、要件を満たせば通いで使えるものが多くあります。
拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、本当のリスクは「危険な状態を知らないこと」だと述べました。使える支援制度を知らないまま自己流で抱え込むより、まず窓口で一度話を聞いてみるほうが、回り道が減ります。
デメリットは「コスト」と「競争」に絞れる

メリットがある一方で、東京にはデメリットもあります。これも数え上げればいくつもありますが、準備段階で本気で気にすべきは「コスト」と「競争」の二つです。
まずコストです。東京の物価や人件費は日本のなかでトップレベルで、なかでもオフィスの賃料は近年さらに上がっています。JLLの調査によると、2025年第3四半期末の東京Aグレードオフィスの平均賃料は月坪あたり37,042円で、前年比7.5%増でした。空室も少なくなり、めぼしい物件を確保しにくい状況です。「東京で起業=オフィスを借りる」と考えると、初期コストは年々重くなっています。
ここで一つ、前提の変化に触れておきます。コロナ禍ではリモートワークが広がり、「東京に出なくても働ける」という流れが生まれました。ところが、その後は出社に戻す企業が増え、東京のオフィス需要はむしろ回復しています。「リモートだから地方で十分」と単純には言いにくくなった一方、固定の事務所を持たずに準備を進める選択肢は、これまで以上に現実的です。
もう一つが競争です。東京では同業他社が多く、すぐ近くに似たお店やサービスができるのは当たり前です。激しい競争に勝ち抜く覚悟は要りますが、ライバルが多い環境は、自分のレベルを引き上げてくれる面もあります。コストと競争は、避けるべき欠点であると同時に、東京という市場の大きさの裏返しでもあります。
東京か、地方・オンラインか

では、会社員は東京に出るべきなのでしょうか。ここで「東京に出るか、地方にとどまるか」の二択で考えてしまうと、判断が重くなります。実際には、その中間の道があります。
東京の強みは、人脈・情報・支援に集まっていました。このうち多くは、住まいを移さなくても「通い」で取りに行けます。月に何度か東京の勉強会や相談窓口に足を運び、ふだんはオンラインと地元の暮らしを続ける。拠点を東京に移すかどうかは後回しにして、まずは東京の人・情報・支援だけを通いで使う、という第三の選び方があります。
| 選び方 | 向いている人 | 注意点 |
|---|---|---|
| 東京に拠点を構える | 対面の人脈や立地が売上に直結する事業 | 家賃・人件費が重く、競争も激しい |
| 地元+オンライン中心 | 生活コストを抑え、全国を相手にしたい人 | 一次情報や対面の機会が減りやすい |
| 通いで東京を使う | 勤めを続けながら準備を進めたい人 | 移動の時間と交通費は見込んでおく |
大切なのは、東京で勝負するかどうかを、最初から決めきらないことです。給与収入があるうちは、拠点を動かさずに東京の強みだけを使い、手応えを見てから移るかどうかを考えても遅くありません。
「東京に出ないと」と思い込んでいた会員さんの話

起業18フォーラムにいた平山さん(仮名・50代前半・男性・地方の製造業で品質管理職・妻と二人暮らし)は、定年後に向けて品質管理のコンサルティングで起業しようと考えていました。ところが「この仕事で食べていくには、やはり東京に出なければ」と思い込み、家族の暮らしを動かすことに踏み切れず、何年も準備が止まっていたそうです。
きっかけは、起業18フォーラムの勉強会で、地方在住のまま事業を回している他会員の事例を見たことでした。その人は東京に住まず、月に数回だけ東京の集まりに通い、対面で築いた信頼を地元での仕事につなげていました。平山さんは「東京に住むことと、東京の人脈を使うことは、別のことだったのか」と、そこで初めて気づいたのです。
そこからは、拠点は地元に置いたまま、月に二度ほど東京の勉強会に通う形に切り替えました。会員間の個別相談で、まず一社、知り合いの工場の品質改善を有料で引き受けるところから始めます。最初の一件をていねいに仕上げると、その担当者が同業の知人を紹介してくれました。

紹介で出会った相手にも同じように向き合ううちに、二社、三社と声がかかるようになります。平山さんが大事にしたのは、件数を追うより、一件ごとの満足度を上げて「次の人」を紹介してもらうことでした。東京で太くした人脈が、地元での仕事の紹介につながり、住む場所を変えずに依頼が広がっていったのです。準備開始から14ヶ月目には、紹介だけで月に十数万円の収入が安定して入るようになりました。
平山さんを変えたのは、東京に引っ越したことではありません。通いで人脈を取りに行き、その信頼を地元の仕事に橋渡しした、その順番でした。
東京で勝負するかは、今いる場所から小さく試して決める

東京で起業するメリットとデメリットを見てきました。最後に、ここまでの内容を、今日からの一歩につなげておきます。
東京の強みは人・情報・支援に集まり、弱みはコストと競争に絞れます。そして、その強みの多くは、拠点を移さなくても通いで取りに行けます。だからこそ、「東京に出るか、地方にとどまるか」を今すぐ決める必要はありません。
拙著『起業神100則』では、勤め先で得た信用や役職は起業後そのままでは通用しないという「自分は0」という前提から始まる、と述べました。そのうえで本書では「名もなき強み」という考え方を紹介しています。立派な肩書きではなく、ふだんの仕事で人に頼られてきた小さな力こそ、最初の商品の種になるという見方を示しています。
東京という場所に頼る前に、自分のなかにある名もなき強みを一度棚から下ろしてみてください。それは、どこに住んでいても使えるものです。
今日できることは、TOKYO創業ステーションのような東京都の支援窓口に、「住んでいなくても、通いで使えますか」と一問だけ問い合わせてみることです。答えが返ってくれば、東京を使うか地元で進めるかの判断が、ぐっと具体的になります。
よくある質問

Q.地方に住んだまま、東京で起業しても大丈夫ですか?
大丈夫です。むしろ準備の段階では、拠点を移さずに東京の人脈・情報・支援だけを通いで使うほうが、コストを抑えながら進められます。手応えが出てから、拠点を移すかどうかを考えても遅くありません。オンラインの勉強会や相談を併用すれば、移動の負担もさらに軽くできます。
Q.東京で起業するには、オフィスを借りる必要がありますか?
準備段階では、必ずしも必要ありません。東京のオフィス賃料は近年上がっており、固定の事務所を持つほど初期コストは重くなります。まずは自宅やコワーキングスペースで始め、対面が必要なときだけ場所を借りる形で十分です。事務所を構えるのは、事業が動き出して必要だと自分で実感してからで間に合います。
Q.勤めながらでも、東京都の起業支援は使えますか?
使えます。TOKYO創業ステーションの相談やプランコンサルティングは、起業前の方でも利用できます。創業助成金のような資金支援は要件がありますが、まず窓口で自分の状況を伝えて、何が使えるかを確認するところから始めるのがおすすめです。
東京で勝負するかどうかは、東京に住むかどうかとは別の問いです。通いで強みだけ取りに行く道もあると分かると、選択の幅はぐっと広がります。

地方で始めるか、東京で勝負するか、オンラインで全国を相手にするか。土地に縛られないやり方が現実になった今、正解は一つではありません。自分の暮らしに合うほうを、あなた自身の手で選んでいってください。
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