記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「同じ壁を塗っても、下請けと直請けじゃ手取りがまるで違う」。20年以上、外壁塗装の現場に立ってきたある職人さんが、勉強会でぽつりと漏らした言葉です。答えは、腕を磨くより先に受け手を切り替えること。1件500万円未満なら建設業許可は不要で、外壁か屋根の1工種に絞れば直請けの単価は動きます。塗装職人が独立して食べていける分かれ目は、腕そのものよりも「誰から仕事を受けるか」にあります。
この記事では、塗装職人が独立するときの許可の線引き、開業までの手順、そして下請けから直請けへ単価を上げていく順番までを、現場で見てきた事例をまじえて整理します。勢いで屋号を掲げる前に、進め方の全体像をつかんでおきましょう。
腕がいい塗装職人ほど下請けで単価が止まる理由

塗装の腕は、現場で確実に評価されます。それでも、下請けの立場で受けているかぎり、1件あたりの手間受け単価はあらかじめ決まっていて、どれだけ丁寧に塗っても取り分は変わりません。数をこなして稼ぐしかなく、だんだん体力の勝負になっていきます。
ここで効いてくるのが、仕事を受け取る経路です。受ける相手を変えないかぎり、腕を上げても単価はなかなか上がりません。元請けや上位の下請けから流れてくる仕事は、単価も範囲も相手が決めています。独立の値打ちは、この決定権を自分の側に少しずつ取り戻すところにあります。
独立前に確認する建設業許可の線引き

塗装で独立するとき、多くの人が最初に気にするのが建設業の許可です。必要かどうかは、扱う工事の規模で決まります。
国土交通省の説明では、建築一式工事以外の工事は、1件の請負代金が税込500万円未満なら建設業の許可がなくても請け負えます。塗装工事はこの「建築一式以外」にあたるため、外壁や屋根の塗り替えを1件500万円未満で受けるうちは、許可がなくても仕事を始められます。この基準は近年も据え置かれています。
一方で、1件500万円以上の塗装工事を請け負うなら、塗装工事業の許可が必要になります。金額は消費税込みで、注文者が材料を提供する場合は、その市場価格又は市場価格及び運送費を請負代金に加えて判定します。正当な理由のない契約分割は合計で見られます。将来、マンションの大規模修繕やビルの塗り替えなど大きな現場に入るつもりなら、許可の取得を見据えて実務経験を記録しておくと後で動きやすくなります。
- 許可がなくても受けられる:
1件500万円未満(税込・材料費込み)の外壁や屋根の塗装 - 許可が必要になる:
1件500万円以上の塗装工事、または正当な理由なく分割して合計が超える請負 - 取得を見据えたい:
大規模修繕や公共工事など、直請けで大きな現場を狙う場合
塗装で独立するまでの4ステップ

塗装の独立は、次の4段階で考えると迷いにくくなります。順番を飛ばして直請けだけを狙うと、値付けや保証で足をすくわれやすくなります。
ステップ1:独立の形態を決める
まずは個人事業として一人親方で始めるのか、法人を立てるのかを決めます。塗装の独立は、一人親方から始めて実績を積み、必要になってから法人化する流れが無理がありません。
ステップ2:開業届と許可の要否を確認する
税務署へ開業届を出し、青色申告の承認申請もあわせて済ませます。開業届の提出そのものに費用はかかりません。そのうえで、受ける工事の規模から建設業許可が要るかどうかを見ておきます。
ステップ3:やる工種を1つに絞る
外壁塗装、屋根塗装、防水、木部塗装と、塗装のなかにも領域があります。独立直後は、いちばん自信のある工種を1つに決めます。「何でも塗れます」より「外壁が専門」のほうが、頼む側は安心して声をかけられます。
ステップ4:直請けの入口を1つ作る
下請けの仕事は残しつつ、直請けの入口を1つだけ作ります。地元の戸建てを対象にしたチラシ、施工写真を載せた発信、リフォーム会社を通さない紹介など、経路はどれか1つで十分です。ここまで来て初めて、単価を自分で決める土台ができます。
下請けから直請けへ単価が上がる順番

単価を上げると聞くと、値段を書き換えるだけの話に思えます。実際には、受け方そのものを変えるのが先です。
拙著『1億円稼いでいる人は何をしているのか?』では、単価を上げる方向を「流通経路を変える」「居場所を変える」「カテゴリを変える」の3つで紹介しています。塗装に当てはめると、下請けから直請けへ移るのが流通経路を変えること、量産の現場から戸建て中心へ移るのが居場所を変えること、塗るだけから診断や保証まで担うのがカテゴリを変えることにあたります。
後押しになる数字もあります。厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)では、建築塗装工の平均年収は497.7万円、有効求人倍率は5.43と示されています。求人倍率の高さは、それだけ塗装の担い手が足りていないことの表れです。人手が足りない領域では、直請けで「あなたに頼みたい」と言われる職人ほど、単価を通しやすくなります。
- 流通経路を変える:
元請けや上位下請け経由をやめ、施主や工務店から直接受ける - 居場所を変える:
数で稼ぐ量産現場から、戸建てや店舗の塗り替えへ軸足を移す - カテゴリを変える:
塗るだけでなく、外壁診断や施工保証までを商品に含める
塗装職人・秋山さんが単価の壁を越えた話

起業18フォーラムの会員に、外壁塗装で独立した秋山さん(仮名・50代前半)がいます。20年以上、大手リフォーム会社の下請けとして外壁と屋根を塗ってきた方です。腕は現場で一番と言われても、手間受けの単価は決まっていて、数をこなすほど体がすり減っていきました。
独立した直後は、知り合いの工務店から「安くていいから」と言われるまま、範囲も値段も決めずに引き受けていました。ある現場で色替えと下地の補修が追加になり、取り決めがないまま作業した結果、その現場は赤字になりました。次の現場でも同じことが起き、原因は腕ではなく「範囲と値段を自分で決めていないこと」だとはっきり見えました。
歯車が回り始めたのは、自分の見積書を一から作り直したときでした。起業18フォーラムの勉強会で、単価を上げるにはまず受ける相手を変えるのが先だと整理でき、秋山さんは外壁塗装の直請けに工種を絞りました。診断と保証を説明できる見積書を用意し、対象を地元の戸建てにしぼったのです。
下請けでは平方メートルあたり3,000円台だった同じ作業が、直請けの見積もりでは1万円近い単価でも「あなたにお願いしたい」と言われる現場に変わりました。半年後には元請けから回る仕事を減らし、指名で入る戸建ての外壁が中心になっています。単価が上がったのは、腕が急に上がったからではなく、受け方を変えたからでした。
塗装の独立で急ぐとつまずく落とし穴

直請けは魅力的ですが、いきなり下請けを全部やめるのは危険です。取引の入口が一つしかない状態で単価だけ上げようとすると、仕事が途切れたときに一気に苦しくなります。下請けの仕事を土台に残しながら、直請けを少しずつ増やすのが現実的です。
もう一つ気をつけたいのが、見えないコストです。独立すると、塗料や道具だけでなく、車両、保険、足場の手配、そして自分の社会保険まで自分で持つことになります。単価が上がっても、ここを計算に入れていないと手元に残りません。
- 入口が一つだけ:
下請けを一度に切り、直請けの経路が育つ前に収入が途切れる - 値段を言えない:
「安くていいから」に応じ続け、範囲も保証も決めないまま赤字化 - 経費の見落とし:
車両や保険や足場や社会保険を単価に織り込まず手元に残らない
塗装職人が独立の一歩目に絞ること

独立の準備というと、あれもこれも揃えたくなります。けれど最初に動かすのは、道具でも屋号でもありません。今日動かすなら、自分がいちばん自信のある工種を1つに決めるところから始めれば足ります。外壁か、屋根か、防水か。ここを決めると、誰に何を売る職人なのかが一言で言えるようになります。
工種を絞れたら、その領域で直請けの入口を一つだけ用意します。全部を同時に始める必要はありません。塗る対象を絞った職人ほど、頼む側の記憶に残り、指名で声がかかるようになります。

よくある質問

Q.塗装で独立するのに資格は必要ですか?
塗装工事そのものに必須の国家資格はありません。ただし、技能を証明する塗装技能士や、大きな現場を直請けするための建設業許可があると、施主や元請けからの信頼を得やすくなります。まずは無資格でも始められる規模から動き、必要になった段階で取得を検討すれば十分です。
Q.一人親方でも直請けの仕事は取れますか?
取れます。戸建ての外壁塗装は、一人親方や少人数の職人が直請けで担っている領域です。施工写真と見積書、そして保証の説明をそろえれば、リフォーム会社を通さずに施主から直接受けることは十分に可能です。
Q.下請けをやめてから独立したほうがいいですか?
いきなり全部やめるのはおすすめしません。下請けの仕事で収入を支えながら、直請けの入口を少しずつ育てるほうが安全です。直請けの割合が増えて、指名の仕事で予定が埋まるようになってから、下請けを減らす順番が現実的です。
Q.独立してすぐ単価を上げても大丈夫ですか?
値段だけを先に上げると、選ばれる理由がないまま高いだけの職人になってしまいます。先に工種を絞り、診断や保証を商品に加えてから単価を見直すと、施主も納得しやすくなります。受け方を変えるのが先で、値段はその結果です。
まとめ|塗装の独立で最初に動かす一手

塗装職人の独立は、腕を磨く話ではなく、受け方を組み替える話です。1件500万円未満なら許可がなくても始められ、開業届の提出に費用はかかりません。あとは工種を1つに絞り、下請けを土台に残したまま直請けの入口を一つ作ります。この順番を守るだけで、単価の壁は少しずつ動いていきます。
職人としての腕は、下請けの手間受けではなく、直請けの現場でこそ本当の値段がつきます。受ける相手を選べるようになるのは、確かな腕を持っているあなただからこそです。
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