機械設計エンジニアの独立は何から始める?|中小メーカー直取引で受注を増やす道筋

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

機械設計の現場で20年近く図面を引いてきた方から、最近こんな相談が増えました。「このまま会社にいてもいい。けれど、自分の名前で仕事を受けてみたい」。退職ではなく、勤めを続けたまま、もう一つの受注口を持ちたい。そういう方向の問いです。

機械設計エンジニアの独立は、退路を断つ前にやれることが想像以上に多い職業です。順番を間違えなければ、勤め先の図面業務とぶつからずに「もう一つの仕事」を育てていけます。以下、現場で見てきた順番に整理します。

ポイント 機械設計エンジニアの独立で最初に直面する現実

下請け図面1本足で固まる構造の落とし穴と背景

エンジニア

機械設計の独立で最初にぶつかるのは、技術力の不足ではありません。独立直後の受注口が、前職の元請けかその孫請けの1社に集中してしまう構造です。図面の単価は出来高で決まり、繁忙期と閑散期の落差が大きく、しかも階層を1段下りた立場で受けることになります。

独立した瞬間に「自分は一人親方だ」と思う方が多いのですが、実態は組織を抜けたあとも下の階層で同じ図面を引き続けているだけのことがあります。発注主から見た自分の位置が変わっていないと、いくら腕を磨いても単価は上がりにくいものです。

「腕は確かなのに食えない」が起きる理由

機械設計の発注は、最終製品メーカー(元請け)から、設計事務所、人材派遣型の設計請負、個人の一人親方へと階層的に下りていきます。独立した個人が同じ図面を引いても、階層が下にいる限り、時間単価は階層の数だけ目減りします。これは腕の問題ではなく、商流の位置の問題です。

厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)が公表する機械設計技術者の平均年収は、おおむね600万円台で推移しています。組織に属していればこの水準が見えるのに、独立して下請けに入った瞬間に下回ってしまう方がいます。原因は、独立を「契約形態の変更」だけで済ませてしまい、発注主の階層を変えなかったことです。

退職前に確認しておきたい3つの土台

勤めを続けながら自分の仕事を整えるなら、踏み出す前に3点だけ確認しておきます。順番を間違えると、後から取り返しがつかない場面が出てきます。

  • 就業規則の兼業条項:
    許可制か届出制か、競業の範囲はどこまでか
  • 勤め先の機密保持と職務発明:
    業務上知り得たノウハウや図面データの取り扱い境界
  • 取引先と勤め先の重複:
    個人として受ける相手が、勤め先の現顧客・見込客と被らないか

特に3点目は、機械設計の世界では距離が近すぎて起きがちです。業界が狭く、勤め先と同じ完成品メーカーから個人で仕事を受けてしまうと、後で利益相反の指摘を受けます。最初の受注先は、勤め先と業界・用途・地域のいずれかをずらしたところから探すのが安全です。

ポイント 下請け図面から元請け開発支援へ階層を上げる順番

単価を変えるための発注主シフトの実務手順

エンジニア

機械設計の独立で単価を変えたいなら、図面の質を上げる前に発注主の階層を上げる必要があります。同じ図面でも、誰から直接発注されるかで報酬は2倍3倍に変わります。腕を磨くより前に、発注経路を組み直すほうが効きます。

STEP1:勤めながら「製品単位」で受注する経験をひとつ作る

会社の図面業務は工数売りが基本ですが、独立後に階層を上げるなら「製品単位の責任」を引き受ける経験を勤務時間外にひとつだけ作っておきます。週末や夜間に、知人の中小メーカーから「治具ひと組分の設計を最初から最後まで任せてもらう」程度の小さな案件で構いません。

大切なのは、図面の枚数で報酬が決まるのではなく、「動くものを納める」責任の単位で関わる経験です。勤め先での図面業務は誰かのレビューを前提に進みますが、製品単位で受けると要件定義から検証まで自分で完結させる必要が出ます。この経験が、後の元請け直取引で効いてきます。

STEP2:中小完成品メーカーの「開発支援」枠を狙う

下請け階層から抜けるための直取引先として現実的なのは、専任の設計部門を持たない従業員50人〜300人規模の中小完成品メーカーです。新製品の開発時だけ外部の設計者を呼びたいというニーズがあり、社内にいないスキルを高く評価してくれます。

経済産業省の「ものづくり白書」では、中小製造業の人材確保が継続的な課題として取り上げられています。特に開発設計の上流工程を担える人材は不足が続いており、フリーランスの機械設計者を「開発支援」の枠で迎える企業が増えています。設計事務所経由ではなく直接契約に持ち込めれば、階層が1段上がり、単価が変わります。

STEP3:技術伝承・後継不在の案件にあえて入る

もう一つの直取引の入口が、ベテラン設計者の引退で社内に図面を引ける人がいなくなった中小メーカーです。技能の空白が生じている現場は、外部設計者を「下請け」ではなく「事業継続のパートナー」として扱います。階層の問題が消え、価格交渉が成立しやすくなります。

同業の引退が見えてきたら、勤務時間外に一度その会社を訪ねてみる価値があります。後継不在の現場ほど、相見積もりではなく相談ベースで仕事が決まります。腕を売り込むのではなく「この設備の図面を、誰が引き継ぐと安心ですか」と問いを差し出すと、商談の入口が開きます。

ポイント 階層を上げた一人親方:守屋さんが13ヶ月で変えたもの

下請け図面屋から開発相談先への移行例の話

エンジニア

起業18フォーラムの会員さんに、守屋さんという機械設計エンジニアの方がいます。大手の搬送機メーカーで20年以上、コンベヤラインの機械設計を担当してきた方です。50歳を前に「あと10年、同じ立場でいるのが見えなくて怖くなった」と相談に来られました。

守屋さんは最初、勤めを続けながら個人事業を開き、前職の元請けから個人として図面の単発依頼を受けていました。図面ひと枚あたりの単価は組織にいた頃の社内コストより目減りし、月の手取りは10万円台前半で頭打ちです。図面の納期は週末に集中し、平日は本業、土日は受注分、休む日が消えていきました。

風向きが変わったのは、起業18フォーラムの勉強会に出席して、別業界の会員さんが「下請けの孫請け契約を解消して、中小完成品メーカーと直接取引に切り替えた」事例を聞いたときでした。単価が上がらないのは図面の質ではなく、発注経路の階層が低いからだと、その場で腹に落ちたそうです

勉強会のあと、起業18フォーラムの個別相談で「過去3年の自分の発注主を全部書き出して、階層を整理してください」と促されました。書き出してみると、独立してからの受注はすべて前職の元請けから2段下りた立場のもので、自分が直接話している相手はひとりもいなかったことに気づいたそうです。

受注口を組み直した1年の流れ

個別相談のあと、守屋さんは下請けの仕事を半分に絞り、空いた時間を中小メーカーへの直営業に充てる方針に切り替えました。最初の3ヶ月は土地勘のある地域の中小搬送機メーカーを5社訪問し、4社目で「開発中の自動倉庫の機構設計を見てほしい」という相談を受けます。

そこからは早く、9ヶ月目に2社目、13ヶ月目に3社目の直取引が決まりました。直取引の単価は下請け時代の約2.3倍に上がり、相談ベースの継続契約が増えたため、図面の納期が平準化し、紹介で新規の打診も毎月入るようになりました。月の取引社数は減ったのに、本業からの売上比率が8割を超えました。

拙著『会社員が働きながら月30万円を稼ぐ起業法』で「1勝9敗」という考え方を紹介しています。最初から本命を狙うのではなく、複数の受注ルートを試して、当たったものを軸に育てる発想です。守屋さんの場合、下請け図面・SES型の設計請負・知人経由の単発・直取引と4種類の発注ルートを試して、最後のひとつで当たりが見え、そこに比重を寄せていったかたちです。

ポイント 機械設計エンジニアが踏みやすい地雷

独立後に階層が下がりやすい典型パターンの整理

エンジニア

独立を考える機械設計エンジニアが踏みやすい落とし穴は、技術選定でも価格設定でもなく、契約の入口の選び方に集中しています。腕に自信がある人ほどはまりやすい型が3つあります。

地雷①:前職の元請けに「個人として」入る

最も多いのが、前職時代の元請けに独立後すぐ個人として入ってしまうケースです。お互いの気心が知れているので楽に始められますが、相手から見た自分の位置は組織にいた頃より下の階層になります。単価交渉の余地が小さく、契約の自由度も低くなりがちです。

地雷②:設計事務所の常駐に逃げる

独立後の収入が不安定だと、設計事務所の常駐契約に流れがちです。月額が安定する代わりに、契約期間中は他の仕事を取りにくくなり、結局「派遣に近い働き方」で年月が過ぎます。階層を上げる時間が削られ、独立した意味が薄れます。

地雷③:図面ソフト・ライセンス費用の過大投資

大手で使っていた高額なCADソフトを、独立後も同じ構成で揃えようとする方がいます。中小メーカーの直取引では、相手が使っている形式に合わせるのが基本で、必ずしも最上位グレードは要りません。最初の半年は、現に依頼が来た案件で使うものだけに絞ります。初期投資を抑えると、階層を上げるための時間を買えます。

ポイント 今日できる「次の一歩」と相談先

階層比較から始める受注経路の組み直し作業

point

今日できることは、これまで自分が引いてきた図面の発注主を、過去3年分だけ一覧にして階層を比較するだけで十分です。元請け・設計事務所・人材派遣型・個人の依頼者、それぞれが何件あって、単価はどの順に並ぶかを書き出してみます。階層を上から並べたとき、自分の収入の偏りがそのまま見えてきます。

同じ職業で独立した先輩や、起業18フォーラムの個別相談で過去3年の取引履歴を見せながら相談すると、自分では気づかなかった発注経路の偏りを指摘されます。下請けひと筋から抜けるための具体的な相手候補を、対話しながら絞り込めます。

ポイント よくある質問

機械設計エンジニアの独立準備でよく届く質問への回答

起業前質問集

Q.機械設計の経験が15年ありますが、開業届はいつ出すのがいいですか?

勤めを続けながら準備するなら、最初のひと案件を受ける目処が立った時点で構いません。開業届は提出費用がかからず、出すこと自体に金銭的なリスクはありません。ただし、勤め先の就業規則と機密保持の境界を先に確認しておくことが大事です。受注口がゼロのまま開業届だけ出しても、進む方向は変わりません。

Q.大手メーカー出身ですが、中小メーカーで通用するか不安です

中小完成品メーカーが外部の設計者に求めるのは、最先端の専門性より「上流の意思決定まで踏み込んで相談できる相手」です。大手出身のキャリアは「自分たちにはない視野」として歓迎される場面が多くあります。むしろ専門特化しすぎているより、要件定義から検証までを通して見られる方が重宝されます。

Q.退職してから動いた方がスピードは早いのではないですか?

機械設計の場合、独立直後に受注口を作る期間で生活費を削るのは現実的ではありません。ひと案件あたりの納期が長く、入金まで数ヶ月かかることが多い職業です。勤めを続けながら直取引の入口を作っておいて、収入が見えてから退職を判断する順番が無理がありません。

技術職で口下手でも起業できる? 製造業の現場知識を売りに変える順番とは
● 質問 製造業の技術職として15年以上働いてきました。図面や加工のことなら自信がありますが、昔から人と話すの

ここまで自分の図面と工程に向き合ってきた手応えは、必ず単価交渉の場でも判断材料になります。次の一案件は、いま手元にある得意分野の図面を一本、見積根拠つきで言語化することから始めてください。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

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