技術職で口下手でも起業できる? 製造業の現場知識を売りに変える順番とは

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

● 質問

製造業の技術職として15年以上働いてきました。図面や加工のことなら自信がありますが、昔から人と話すのが本当に苦手で、雑談も商談も気が重くなります。

いつかは自分で何か始めたい気持ちはあるものの、起業というと営業や人付き合いが必須のように感じてしまい、一歩も踏み出せません。

人と話すのが得意ではない技術職でも、それでも起業できるのでしょうか?

起業前質問集

● 回答

できます。むしろ、技術には自信があるのに「売る・話す」となると急に自信がなくなる。その偏りは、多くの技術職の方に共通します。先にお伝えしておくと、起業の入口で必要なのは流暢に話す営業力ではなく、続けられる形で専門を出して信用を積むことです。話すのが苦手なまま起業して、無理なく続けている技術職の方を、私はこれまで何人も見てきました。

「人付き合いが必須」という思い込みが、最初の一歩を止めています。けれど商売の現場で実際に効いているのは、口のうまさではありません。順番に見ていきます。

「営業=話す力」という思い込みを一度ほどく

起業=交流会で名刺を配り、笑顔で売り込む。そんなイメージを持っている方は少なくありません。けれど、それは数ある売り方のひとつにすぎません。拙著『会社を辞めずに朝晩30分からはじめる起業』にこんな言葉が出てきます。起業は「商品×発信×信用」で成り立っている、というものです。話す力は、このうちの一部分でしかありません。

実は私自身、極度の人見知りで、初対面の人に話しかけて売り込むことが絶対にできません。だからこそ集客はインターネットを介して行ってきました。交流会に出ていって初対面の方を勧誘するのは、やりたくないからやらない。その代わりに、書いて出すことで人に見つけてもらう道を選んだのです。話せないことは、起業をあきらめる理由にはなりません。

技術職の「話せなさ」が、むしろ信用に変わる

ここが技術職の方に一番お伝えしたいところです。図面が読める、加工の勘所がわかる、不良の原因を切り分けられる。こうした現場の知識は、言葉で巧みに飾らなくても、実物や記録そのものが価値を語ってくれます。口で説得する必要がないのです。

たとえば、作業手順を写真と短い文章でまとめる。トラブル対応の事例を1件ずつ記録に残す。加工の前後を画像で見せる。こうした「書く・記録する・実物で示す」発信は、話すのが苦手な人ほど落ち着いて取り組めます。そして積み重なった記録は、その人の専門性をそのまま証明する材料になります。話術ではなく、残したものが信用を運んでくれます。

経済産業省・厚生労働省・文部科学省がまとめた2026年版ものづくり白書(令和8年5月公表)によると、製造業の就業者数は2025年で1,033万人と減少傾向にあり、人材確保・育成が引き続き課題として示されています。裏を返せば、現場で積んだ技術知識を言葉や記録の形で残せる人は、それだけで世の中から求められる側にいるということです。あなたの15年は、立派な元手です。

まずは、自分が現場で当たり前にやってきたことの中から、後輩や他部署によく質問された作業を1つ思い出してみてください。話して売り込む前に、その作業の手順を写真と数行の説明で書き出してみるところから始めれば十分です。

話すのが苦手なまま、現場知識を仕事に変えた技術職の例

起業18フォーラムにいた都留さん(仮名・40代・男性・自動車部品メーカーの生産技術職・既婚で中学生の子1人)も、まさに同じ悩みを抱えていました。技術には自信があるのに、人前で説明したり営業したりするのが苦手で、休日に何か始めたくても「自分には売り込む力がない」と止まっていたそうです。

転機になったのは、起業18フォーラムの勉強会でした。講師が「強みは現場でしか見つからない」と話したとき、都留さんは思い切って「自分には現場の細かい知識しかなく、それを話すのも下手なのですが」と逆に質問を投げかけたそうです。返ってきたのは、「現場の技術知識そのものに価値があるのです。話せるかどうかは関係ありません」という一言でした。その場で頭を殴られたような気がしたと、後から話してくれました。

そこから都留さんは、勉強会で「発信と信用の積み方」を学び直し、得意の記録と図解を武器にすることにしました。中小の町工場が見落としがちな加工不良の原因と対策を、写真つきで1本ずつブログにまとめていったのです。

最初の半年は反応がほとんどなく、不安な時期が続きました。それでも淡々と書きためた11ヶ月目、記事を読んだ地方の製造業者から「うちの現場を一度見てほしい」と問い合わせが入ります。一度も売り込んでいないのに、です。

現在は、複数の町工場から技術相談を受けるようになり、取引先がさらに知り合いの工場を名指しで紹介してくれる流れができています。商談で流暢に話す場面はいまもほとんどありません。書いたものと、現場で示す実物が、代わりに信用を運んでくれているからです。「話せないままでよかった」と都留さんは言います。

話す営業に頼らない、始め方の順番

では、何から手をつければよいのでしょうか。話すのが苦手な技術職の方には、次の順番をおすすめします。

口下手な技術職が踏むとよい3つの順番

  • 現場で積んだ知識を棚卸しする:
    図面・加工・検査・段取りなど、自分が当たり前にやってきたことほど他人には価値が高い
  • 話さずに伝わる形で発信する:
    ブログ・記録・図解・写真など、落ち着いて作れる「書く・残す」チャネルから始める
  • 売り込まずに信用を積む:
    1件ずつの記録が読み手に専門性を証明し、向こうから声がかかる流れを作る

大事なのは、苦手な「話す営業」を無理に克服しようとしないことです。弱みを克服する努力に時間を使うより、得意な「残す力」を磨くほうが、技術職にとってはずっと近道になります。あなたが現場で見てきた失敗や工夫は、同じことで困っている人にとって、お金を払ってでも知りたい情報なのです。

今日からできる最初の一歩として、同業や前職で見聞きした「困りごと」を1週間だけメモしてみてください。「あの工程でよくミスが起きていた」「あの相談を何度も受けた」。そうした断片が、あなたにしか書けない発信の種になります。商品を考える前に、まず現場で拾った困りごとを7日間だけ書き留めることから始めてみてください。

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エンジニアとして長く現場にいる方ほど、「自分の技術で独立できるのか?」という問いが頭をよぎる瞬間があります。

人と話すのが苦手なのは、それだけ自分の言葉に責任を持とうとしている証拠でもあります。その慎重さは、信用を土台にする起業準備において、むしろ強みになります。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

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