記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
定年後、年金をもらいながら起業を考えている60代です。「働きすぎると年金が減る」と昔から耳にしてきて、事業で稼ぐと年金が止まるのではないかと不安です。
個人で始める場合も、法人にする場合も、扱いは同じでしょうか?

● 回答
「せっかく受け取り始めた年金が、事業を始めた途端に減らされるかもしれない」。夜、寝る前にそんな心配が頭をよぎる日は増えていませんか。個人事業の事業所得そのものは、在職老齢年金の計算に入りません。在職老齢年金は、厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受ける60歳以上の方などについて、報酬と老齢厚生年金に応じて支給を調整する仕組みです。
計算に使うのは、加給年金額を除く老齢厚生年金の報酬比例部分を12で割った「基本月額」と、標準報酬月額に直近1年間の標準賞与額を12で割った額を足す「総報酬月額相当額」です。合計が支給停止調整額を超えると、超えた額の半分が老齢厚生年金から支給停止されます。老齢基礎年金はこの調整の対象ではありません。
この支給停止調整額は2025年度が51万円、2026年4月の法改正以降は65万円に引き上げられました(厚生労働省「在職老齢年金制度の見直しについて」・令和7年6月13日成立/2026年4月1日施行)。基準額は賃金スライドで毎年度見直しが入るため、最新値は日本年金機構の公式ページで必ず確認してください。
起業の形で年金への影響が3つに分かれる仕組み
ご質問の「個人でも法人でも扱いは同じか」への答えは、はっきり分かれます。年金への影響は、起業の形で次の3類型になります。
①個人事業だけで始め、厚生年金の適用事業所で働いていない場合。事業所得は在職老齢年金の計算に入りません。ただし、所得税・住民税、国民健康保険料などへの影響は別に確認します。また、別の勤務先で厚生年金に加入して報酬を受ければ、その報酬は在職老齢年金の計算に関係します。
②法人を設立して自分が役員報酬を受け取る場合。法人事業所は原則として社会保険の適用事業所です。代表者・役員の被保険者資格は、経常的な労務提供や報酬などの実態で判断されます。加入対象となる場合は、役員報酬に基づく総報酬月額相当額と老齢厚生年金の基本月額の合計が、2026年度の65万円を超えると支給停止の計算対象になります。
③再雇用の期間中に、別に個人事業を進める場合。再雇用先で厚生年金に加入していれば、その標準報酬月額と標準賞与額に基づく総報酬月額相当額が計算に入ります。個人事業側の事業所得は在職老齢年金の計算に入りませんが、税金や健康保険の計算は別です。
- 個人事業:
在職老齢年金の計算に入らない事業所得と別途必要な税・保険確認 - 法人役員:
厚生年金加入の実態と役員報酬を基にした支給停止計算 - 再雇用との併用:
再雇用先の標準報酬・賞与と個人事業所得の切り分け
年金事務所で確認する流れの事例
遠藤さん(60代・製造業を定年退職後、再雇用契約中)は、同じ心配を抱えていました。再雇用のうちに自分の技術メモを整えて有料相談を小さく試したい、けれど年金が止まったら生活設計が崩れる、と考えていました。
遠藤さんは、地元の年金事務所へ、個人事業の事業所得、再雇用先の報酬、老齢厚生年金の基本月額を伝え、どの金額が在職老齢年金の計算に入るかを確認しました。「給与だけ」という言い換えでは賞与や標準報酬の扱いが抜けるため、公式の「総報酬月額相当額」と「基本月額」という言葉で確認します。
始めて8ヶ月目、月20万円の年金に、事業所得が数万円加わるようになりました。年金と事業所得の合計に占める事業所得は、まだ全体の2割ほどですが、収入を自分で作れる感覚が戻ってきたと話しています。数字を派手に伸ばすより、続けられる形の中で構成比が少しずつ動いていく感触が、この年代の起業には合っているようです。
「案ずるより産むがやすし」を3つのチェックで確かめる
拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、案ずるより産むがやすしという言葉のあとに置いた「3つのチェック」を紹介しています。①一人で始められること、②一人で続けられること、③大きなお金がかからないこと。この3つが揃えば、動きながら考える段階に入れるという基準です。
年金を受けながら個人事業を始める場合も、税金、健康保険、許認可、契約責任、初期投資を確認します。事業所得は在職老齢年金の計算に入りませんが、それだけで家計全体が安全になるわけではありません。体力と生活費に合わせて規模を決めてください。
- 年金:
老齢厚生年金の基本月額と受給開始状況 - 報酬:
再雇用の標準報酬・賞与と法人化後の役員報酬案 - 事業:
個人事業の予定所得と開始時期、社会保険加入の見込み
今日できることは、日本年金機構の相談窓口または年金事務所に、自分の基本月額、再雇用や役員報酬の有無、賞与、個人事業の予定を伝え、計算対象を確認することです。2026年度の基準額は65万円ですが、毎年度改定されるため最新値を確認してください。
法人化も選択肢に入っているなら、役員としての働き方と報酬を伝え、厚生年金の被保険者資格と在職老齢年金の試算方法を併せて確認します。法人の社会保険や税務は、年金事務所に加えて税理士・社会保険労務士などへ確認すると整理しやすくなります。

今日確かめた仕組みは、次に同じ悩みを持つ誰かに落ち着いて話せるようになった時、はじめて本物の理解に変わります。制度を怖がって足を止めるのではなく、自分の場合はどうかを窓口で一問確かめる。その一歩から、年金と事業所得の付き合い方が見え始めます。
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