記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
製造業で定年を迎え、いまは再雇用で働いています。給料は下がりましたが、あと数年は会社に残れます。時間だけが過ぎていく気がして焦っているのですが、何から手をつければいいのかも見当がつきません。
この再雇用のあいだに、定年後も続けられる仕事を準備しておくことはできるものでしょうか?

● 回答
遅くありません。むしろ、再雇用で給料が出ている今こそ、準備には一番向いた時期です。会社を離れてから慌てて動く人が多いなかで、収入がある状態で助走できるのは大きな強みになります。
再雇用のあいだは、次の仕事へ向けた滑走路のようなものです。飛行機が空に上がる前に、ある程度の距離を地面の上で走るように、収入が確保されている数年をそのまま準備の距離として使えます。ここを走りきれば、再雇用が終わるころには細くても離陸できる状態を作れます。
実際の数字を見ても、シニアの起業は決して例外ではありません。日本政策金融公庫の2025年度新規開業実態調査では、開業した人の平均年齢は43.9歳と過去最高になっています。開業時に60歳以上だった人の割合も6.4%あります。数としては多くありませんが、六十を過ぎてから始める人は、確かに存在しているのです。
「何を売るか」は、まだ決めなくていい
焦る人ほど、最初に「何を売るか」で立ち止まります。商材が決まらないと一歩も進めない、と感じてしまうからです。ここが、順番の勘違いが起きやすいところになります。
拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、事業の設計図を9つの項目で整理しています。困っている人は誰か、その人に何を届けるか、どうやって届けるか、いつ、いくらで、なぜあなたが選ばれるのか、相手はどう変わるのか、その根拠は何か。この9項目のうち、「何を(商材)」はたった1項目にすぎません。
- 困っている人は誰か
- その人に何を届けるか
- どうやって届けるか
- いつ届けるか
- いくらで届けるか
- なぜあなたが選ばれるのか
- 相手はどう変わるのか
- 変わったあとに何が残るのか
- それを言える根拠は何か
商材はこの9項目のうち、たった1つです。残りの8つは、困っている相手や届け方、価格の考え方など、商材が決まる前からでも埋められる設計です。再雇用のあいだに先に8つを整えておけば、商材のほうは後から自然と輪郭が見えてきます。
再雇用の数年を、3つの段階に分けて使う
では、この数年をどう使うか。給料が出ている期間を、大きく3つの段階に区切って考えると、時間の使い方がはっきりします。
第1段階は、相手を決める時期です。設計図でいえば「困っている人は誰か」を絞る作業になります。長年の勤めのなかで、あなたに質問してきた人、頼ってきた人を思い出してください。その人たちが、あなたの最初のお客さんの原型です。この段階では商材を決めようとせず、相手の顔を具体的にすることだけに集中します。
第2段階は、届け方と値づけを試す時期です。相手が見えてきたら、その人が困っていることに、ためしに応えてみます。無料でも、知り合い相手でもかまいません。「いくらでなら払ってもらえそうか」を、頭で考えず現実の反応で確かめます。
第3段階は、続く形に整える時期です。一度きりで終わらず、月に何件か繰り返せる形にしていきます。ここまで来れば、再雇用が終わっても収入の線が細く残ります。
- 第1段階:相手を決める
勤めのなかで頼られてきた人を思い出し、最初のお客さんの顔を具体的にする - 第2段階:届け方と値づけを試す
知り合い相手にためしに応え、いくらなら払ってもらえるかを現実の反応で確かめる - 第3段階:続く形に整える
一度きりで終わらせず、月に何件か繰り返せる形にする
この順番なら、給料が出ているあいだに大きな失敗を避けながら、少しずつ形を作れます。会社を辞めてから全部を一気にやろうとすると、収入の不安と準備の重さが同時にのしかかります。先に8項目を設計し、3段階で少しずつ進めておくことが、再雇用の数年をいちばん活かす使い方です。
六十を過ぎて動き出した、三國さんの話
ここで、起業18フォーラム会員の三國さん(仮名・60代前半・製造業)の話を紹介します。いま三國さんは、かつての取引先や後輩から月に2件から3件、品質管理の相談を受け、1件あたり十万円を超える単価で引き受けています。最初からそうだったわけではありません。
始まりは、高校の同窓会でした。旧友が定年後にひとりで会社を興した話を聞き、「自分にも何かできるはずだ」と、しまい込んでいた思いが戻ってきたのです。ただ、そこから半年は空回りが続きました。何を売ればいいのか分からず、資格の本を買っては開かないまま、時間だけが過ぎていきました。
転機は、フォーラムの勉強会で、同じ製造業出身の会員さんに自分の空回りを打ち明けたときでした。話すうちに、「三國さんは工場の品質トラブルを、現場の言葉で若手に説明するのがうまい」と言われ、そこが強みだと初めて気づいたのです。商材から考えるのをやめ、相手を「品質管理でつまずいている中小の現場」に絞り直しました。
そこからは早く進みました。まず後輩の会社の相談に無料で乗り、次に知人の紹介で一件を数万円で引き受け、手応えを確かめながら件数を絞って深く関わるようにしました。件数を月に2〜3件へあえて絞ったことで、1件あたりの単価は十万円を超えるようになりました。薄く広くではなく、深く狭くへ切り替えたことが、単価の変化につながったのです。
いま振り返ると、三國さんが最初につまずいたのは商材でした。けれど本当に必要だったのは、相手を決めることと、強みを人から教わることだったのです。設計図の残り8項目を、フォーラム経由で一つずつ埋めていった結果でした。
続く仕事に共通する、三つの条件
細く長く続く仕事には、年代を問わず共通する条件があります。一人で始められること、一人で続けられること、大きなお金がかからないことの三つです。六十を過ぎてからの準備では、この三つがとくに大事になります。
体力も時間も、若いころのようには使えません。だからこそ、人を雇わず、在庫を持たず、身の丈で回せる形を選ぶことが、長続きの土台になります。再雇用のあいだに設計図を整えるときも、この三つの条件から外れていないかを、そのつど確かめてください。
- 大きな設備投資や借入から始めようとする
- 誰かと一緒でないと動けない形にする
- 商材を決めないと一歩も進めないと思い込む
この三つは、続かない仕事に共通する入口です。逆に言えば、これらを避けるだけで、無理のない準備に近づきます。再雇用という後ろ盾があるうちに、小さく試して数字を確かめておくことが、いちばんの安全策になります。
準備を一人で抱え込む必要はありません。地域包括支援センターや、お住まいの地域の商工会には、シニア世代の相談を受ける初回無料の窓口があります。設計図の8項目を眺めながら、まずは初回相談の枠が空いているか、一本電話で問い合わせてみてください。話しているうちに、自分の相手や強みが、思っていたより早く見えてくることがあります。

再雇用のあいだは、走るための距離が残されている時間です。今日いきなり商材を決める必要はありません。気になった窓口に一つ問い合わせてみる、それだけで滑走路をもう一歩前へ進めます。
よくある質問
Q.再雇用の勤め先に、準備していることを伝える必要はありますか?
会社ごとに定めが違うため、伝える前に就業規則の副業・兼業に関する項目を確認してください。無償で知人の相談に乗るだけでも、届出対象や競業・秘密保持に触れる場合があります。判断に迷うときは、規則の文面を手元に置き、勤務先の手続きに沿って確認すると安心です。
Q.準備にお金はどのくらいかけていいですか?
続く仕事の条件は「大きなお金がかからないこと」です。退職金や貯蓄を大きく動かす前に、まずは名刺やちょっとした試作の範囲でとどめてください。まず試して手応えが出てから、必要な分だけ足していくのが安全です。
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