記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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平日の昼休み、都内のデスクで鎌倉の海と古いまちなみの写真をながめて、「いつかこの町で自分の仕事を持てたら」と思ったことはありませんか?
鎌倉はお寺や海の観光地という印象が強い町です。けれど近年は、クリエイターやIT企業が拠点を構え、暮らしながら働く人が静かに増えています。問題は、その空気に憧れて先に移り住んでしまうと、肝心の「何で食べるか」が後回しになりやすいことです。
順番を逆にしないことが、鎌倉での起業を長続きさせるコツになります。この記事では、勤めを続けながら鎌倉で起業の準備を進める道筋を、26年の起業支援の現場で見てきた順番にそって整理します。
鎌倉が「観光の町」から「働く町」に変わった理由

鎌倉の強みは、観光地でありながら都心へ通える距離にあります。鎌倉駅から東京駅まではJR横須賀線の直通で約53分から59分、乗り換えなしで座って通えることも珍しくありません。だからこそ、勤めを続けながら週末に動く二拠点のスタイルが現実になります。いきなり退職して移り住むのではなく、通いながら事業の芽を育てられる点が、鎌倉のいちばんの強みです。
この町をさらに特別にしているのが、働く人のコミュニティです。面白法人カヤックのようなIT企業が本社を置き、地域の経営者がつながる「カマコン」という場も根づいています。お寺や海の観光資源だけでなく、ものづくりや発信を生業にする人が集まる土壌が、すでにできあがっています。
鎌倉市の人口は2025年4月1日時点で170,034人です。観光客の数につい目が向きますが、起業準備で見るべきはこの定住層です。毎日ここで暮らし働く人に向けたサービスにこそ、勤めながら小さく始められる入口があります。
制度より先に「誰の一番になるか」を決める

拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』では、小さな世界で一番になるという考え方を紹介しています。日本一や世界一を狙う必要はありません。東京で一番、千代田区で一番というように対象を絞り込んでいくと、後から来た人が簡単には追いつけない自分だけの場所ができます。
鎌倉で起業と聞くと、つい「海の見えるカフェ」「古民家の宿」といったお金と場所のいる形を思い描きがちです。けれど勤めながら準備するなら、まず手元の知識や経験を、たった一人に届く形まで絞るほうが息切れしません。何をやるか迷ったら、好きなことと積んできた経験が重なる一点を、特定の誰かに向けて絞り込むのが近道です。
完全に移り住まなくても、平日は東京で働き、週末に鎌倉で動かせる事業はあります。たとえば次のような形です。
- 本業で培った専門知識を、平日の夜にオンライン講座やコンサルとして届ける
- 鎌倉に通い始めたクリエイターや移住希望者に、町の暮らしや仕事場の情報を発信する
- 週末だけ古民家のレンタルスペースを借り、少人数のワークショップを開く
- 地元の作り手や個人店という、鎌倉ならではの相手に向けたサービスを設計する
どれも会社を辞めずに小さく試せる形です。場所や設備をそろえる前に、自分の中の売り物を先に決める。鎌倉ではこの順番が、その後の伸びを大きく左右します。
対象を絞って二拠点起業に進んだ笹本さんの話

起業18フォーラムの会員さんに、鎌倉で二拠点起業を進めた笹本さんという方がいます。鎌倉で生まれ育ち、いまは都内のIT企業に勤める40代の方でした。地元でいつか自分の仕事を持ちたいと、最初は自己流で動き始めました。
ところが、出だしはうまくいきませんでした。手帳やノートの使い方を教える教室を「ビジネスパーソン向け」と幅広く打ち出し、会場まで借りて告知したのに、申し込みはほとんど入らなかったのです。誰にでも届けようと間口を広げた結果、自分ならではの強みがぼやけてしまったのが原因でした。
転機は、勉強会で小さな世界で一番になるという発想に出会ったことでした。笹本さんは対象を「鎌倉に通い始めたばかりのクリエイターやフリーランス」だけに絞り直し、「移住一年目に仕事と暮らしを両立させるノート術」という一点に作り変えます。日本一ではなく、鎌倉の移住一年目にいちばんくわしい人になる、という割り切りでした。
平日は勤めを続けたまま、週末に少人数で開く形へ整えたところ、参加者は口コミで増えていきました。いまは月に数回の講座を安定して開き、独立の時期を家族と話し合う段階です。対象を一人に絞り、関係人口として事業を立ち上げてから移住を考えるのが、鎌倉では堅実な順番になります。
- 知: 本業で磨いたノート術を、鎌倉の移住者向けという一点に絞って組み直した
- 人: 「ビジネスパーソン全般」をやめ、移住一年目のクリエイターに相手を絞った
- 金: 会場を先に借りるのをやめ、週末の少人数開催で初期費用を抑えた
鎌倉市の支援制度は方向が決まってから使う

鎌倉市は、産業競争力強化法にもとづく創業支援等事業計画を進めています。市と鎌倉商工会議所が手を組み、これから起業する人や始めたばかりの人の相談に応じる仕組みです。こうした制度は、何を売るかが定まってから使うと、いちばん効いてくる道具になります。
軸になるのが特定創業支援等事業です。経営・財務・人材育成・販路開拓の4分野を一定期間学んだ人に、市が証明書を出します。これを受けて会社を設立すると、登録免許税が資本金の0.7%から0.35%へ下がります。中小企業庁によれば、こうした創業支援等事業計画は令和7年12月25日時点で全国1,390件(1,555市区町村)が認定されており、鎌倉市もそこに含まれます。
気をつけたいのは使う順番です。相談窓口も補助も、行き先が決まった人には心強い味方ですが、何をやるか見えない段階で訪ねても、担当の方は答えようがありません。制度はあくまで道具であって、起業の出発点ではないのです。先に事業の方向を固める。話はそこからです。
鎌倉起業のよくある質問

Q.会社を辞めてから鎌倉に移住したほうがいいですか?
おすすめは逆の順番です。鎌倉は東京駅まで約53分なので、勤めを続けながら週末に通い、事業の形が見えてから移住を決めても遅くありません。収入の柱を残したまま準備するほうが、判断を焦らずに済みます。
Q.鎌倉市から起業の支援は受けられますか?
はい。鎌倉市は創業支援等事業計画を実施しており、特定創業支援等事業の証明を受ければ、会社設立時の登録免許税が0.7%から0.35%に下がります。内容や条件は変わることがあるため、鎌倉市の公式ページや鎌倉商工会議所で最新の情報をご確認ください。
Q.観光客を相手にする商売しか向かないのでしょうか?
そんなことはありません。鎌倉はクリエイターや移住者、地元で働く人が多い町です。観光に頼らず定住層や通う人を相手に想定すると、季節の波に左右されにくい事業を組み立てやすくなります。
Q.特別なスキルがなくても鎌倉で起業できますか?
会社で積んだ経験そのものが売り物になります。知識や経験を伝える仕事は元手がほとんどかからず、最初の一歩に向いています。まずはその経験を、たった一人に届く形まで絞り込むところから始めてみてください。
鎌倉で起業するための最初の一歩

鎌倉での起業は、移り住んでから考えるのではなく、勤めを続けながら準備を始めるのが安全です。最後に進め方の順番を整理します。
はじめに、起業18フォーラムの動画やセミナーで起業の全体像をつかんでください。何で食べていくのか、自分の経験を誰に向けて絞るのか。ここが固まらないまま動くと、笹本さんの最初のように空回りしがちです。
方向が見えてきたら、鎌倉市の創業支援等事業や鎌倉商工会議所の窓口、移住相談を順に使います。行き先が定まってから制度に触れると、登録免許税の軽減も専門家の助言も一気に活きてきます。そのうえで、いきなり完全移住へ踏み切らず、二拠点や関係人口から段階的に近づくのが堅実です。お試し移住や期間限定の滞在も、相性を確かめる選択肢になります。
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