海士町でのUターン・移住起業の始め方|「ないものはない」島で小さく稼ぐ道のり

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

島根県の沖、隠岐諸島の中ノ島に、人口2千人あまりの海士町という町があります。「ないものはない」をまちのキャッチフレーズに掲げ、移住者の挑戦を次々に受け入れてきたことで知られる島です。ここに移住して何か仕事を始めたい。そう考えて調べ始めた人が、最初に立ち止まるのが「島で、いったい何で食べていけるのか」という問いです。

私はこれまで延べ6万人以上の会社員と起業準備の現場で向き合ってきましたが、離島への移住起業には、都市部とは違う特有のつまずき方があります。一つの仕事だけで島の暮らしを成り立たせようとすると、たいてい途中で立ち行かなくなるという点です。今日は、海士町という島ならではの稼ぎ方を手がかりに、移住して小さく仕事を作っていく道のりを順を追って整理します。

ポイント 海士町は、どんな島で何が起きているのか

移住の前に押さえておきたい島の規模と動き

海士町

まず、島の輪郭を押さえておきます。海士町は島根半島の沖合約60キロに浮かぶ中ノ島ひとつが、そのまま一つの町になっています。本土からは島根県の七類港や鳥取県の境港からフェリーで渡るのが基本で、所要時間はおおむね3時間前後です。気軽に日帰りできる距離ではありません。

人口は住民基本台帳で2025年1月1日時点、約2,200人(2,209人)です。高齢化率は約39.8%に達し、過疎と人口減少は今も続いています。それでも海士町の名前が全国に知られているのは、この小さな島が移住者を引き寄せ続けてきたからです。島民のおよそ2割が移住者と紹介されることもあり、Iターン・Uターンの受け入れでは地方の先頭を走ってきました。

教育の分野でも、廃校寸前だった隠岐島前高校を全国から生徒が集まる学校へ立て直した「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」や、高校生の多くが通う公立塾「隠岐國学習センター」が知られています。2021年には景観と自然そのものを価値にしたホテル「Entô(エントウ)」が開業し、島の挑戦の象徴になりました。この島は「足りないものを嘆くより、あるもので工夫する」という姿勢を、町ぐるみで積み上げてきた場所です。

ポイント なぜ「一つの仕事で食べる」発想が島では行き詰まるのか

島の市場の小ささが移住起業の足を引っ張る理由

海士町

移住して起業を考える人の多くが、都市での発想をそのまま持ち込もうとします。一つの専門サービスを掲げ、それ一本で食べていく。都市ではこれが成り立ちます。けれど人口2千人の島では、同じ構え方が足元を揺らします。

島の中だけでは、客の数が足りない

たとえばカフェ一本、デザイン一本で島に移っても、島内だけを相手にすると客の絶対数が足りません。観光の繁忙期には人が来ても、冬の閑散期には島の暮らしが静かになります。私が見てきた離島移住の失敗で多いのは、繁忙期の手応えを基準に事業を組み立て、閑散期に収入が細って続かなくなるパターンでした。一つの仕事に季節の波がそのまま響くと、年間を通した暮らしが立ちにくくなります。

「足りない仕事」は、いくらでもある

一方で、人口が減り続ける島には、人手が足りていない仕事が至るところにあります。水産加工の繁忙期の手、宿の運営、農業の季節作業、教育や移住支援の事務。どれも一つでは一年分の暮らしを支えきれませんが、季節をずらして組み合わせれば、年間を通した仕事になります。島で食べていく鍵は、一つの正解を探すことではなく、足りない仕事をいくつか束ねることにあります。

島で一つの仕事に頼ると起きがちなこと

  • 季節の波の直撃:
    繁忙期と閑散期の差が、そのまま収入の波になる
  • 客数の頭打ち:
    島内だけを相手にすると、需要の総量に限界が出る
  • 替えが効かない:
    その一本が不調になると、暮らし全体が傾く

ここで誤解しないでほしいのは、専門を持つこと自体は強みになるという点です。問題は、それを「一本足」で立てることにあります。島の暮らしには定期的に生まれる仕事の需要があります。その複数の需要を組み合わせて土台を作る。これが、島ならではの順番です。

ポイント 海士町の「複業」という、島ならではの土台

いくつかの仕事を束ねて一年分の暮らしを作る仕組み

海士町

では、その「組み合わせ」をどう実現するか。海士町には、まさにそれを制度として形にした仕組みがあります。海士町複業協同組合です。

この組合は、総務省が設けた「特定地域づくり事業協同組合制度」にもとづくもので、2020年12月に全国で初めて認定されました。働き手が組合に雇われ、漁業や水産加工、宿泊、飲食、お土産屋といった島内の複数の仕事を、季節に応じて組み合わせて働く仕組みです。

一つの会社に勤めるのではなく、島に足りているいくつもの仕事を束ねて一年分の収入にするという、島の現実から生まれた働き方です。この取り組みは2024年度のふるさとづくり大賞で「明日への希望賞」(総務大臣表彰)を受けています。

「半農半X」という考え方を、起業に応用する

この複業の発想は、雇われて働くときだけのものではありません。自分で仕事を作るときにも、そのまま使えます。古くから「半農半X」という言葉があるように、農業や水産といった島の暮らしの土台になる仕事を半分、自分の好きなことや専門を半分。この二本立てで組むと、季節の波が互いを補い合います。

拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』に、こんな考え方が出てきます。日本一を目指すのではなく、どんどん絞り込んで「小さな世界で一番になる」。その小さな世界に一点集中することで、他の人が入ってこられない参入障壁ができる、という話です。

海士町という一つの島に絞ること自体が、そのまま参入障壁になります。島の暮らしを知り、島の人とつながり、島に足りない仕事を引き受ける。その立ち位置は、外から来た大きな事業者には簡単には真似できません。

移住後に使える島の支援も知っておく

島で何をやるかの方向が見えてきたら、海士町が用意している支援が道具になります。海士町は隠岐諸島とともに、内閣府が定める「特定有人国境離島地域」に指定されており、有人国境離島法にもとづく雇用機会拡充事業の対象です。創業や事業拡大で雇用を生む取り組みには補助の枠があります。

また、若い世代が島で働きながら暮らしを試せる「大人の島留学」という就労型のお試し移住制度もあり、隠岐島前の3町村で過去5年に約500人が参加してきました。

支援は「何をやるか」が決まってから効いてくる

気をつけたいのは、こうした支援はどれも「何で食べていくか」の方向が定まってから効いてくる道具だという点です。方向が見えないまま窓口に行っても、担当の方も答えようがありません。まず自分が島で何を引き受けるのかを描く。その上で、補助やお試し移住制度を使う。この順番を守ると、島の支援は一気に力を発揮します。

ポイント 海士町に移り、複業で根を張った人たちの話

島で食べる形を、複業で作っていった人の傾向

海士町

海士町のように人口の少ない島では、特定の誰かの事例を細かく描くと、かえって島で詮索を招きかねません。ここでは、島内や近隣の離島でよく見られる傾向として、30代後半から40代のUターン者がたどる道のりを一般化して紹介します。

都市で十数年働いてきた40代の方が、生まれ育った島へ戻る。最初は一つの専門、たとえばWebや事務の経験を頼りに仕事を作ろうとします。けれど島内だけを相手にすると、移住して3ヶ月ほどで需要の天井に当たります。ここで多くの人が「やはり島では食べていけないのか」と早合点しがちです。

転機は、たいてい島の人との会話の中で訪れます。移住相談の窓口や地域の集まりで「この島で何ができますか」と問われ、自分の本業スキルが島でどう役立つかを初めて言葉にする。そこで気づくのは、自分の専門が一本で立つ必要はないということです。水産加工の繁忙期は現場の手を貸し、冬はその経験を発信や事務に回す。季節をずらして仕事を束ねると、一年分の暮らしが見えてきます。

こうして根を張った人の到達点は、月いくらという数字よりも、暮らしの形そのものに表れます。島の人から「この時期はあれを頼める」と名指しで声がかかるようになり、季節ごとに引き受ける仕事が決まっていきます。その積み重ねが、島で続けていける土台になります。繁忙期の手応えだけに頼らず、年間を通して仕事が散らばっている。これが、島で長く暮らす人に共通する落ち着き方です。

最初の一歩は、島に足りない仕事を聞くことから

海士町への移住起業を考えているなら、いきなり完璧な事業計画を立てる必要はありません。まずは、島で今どんな仕事の手が足りていないのかを、現地の人に聞いてみてください。島で足りない仕事を知ることが、自分のスキルを組み合わせる出発点になります。足りない仕事の中に、自分の経験が差し込める場所が必ず見つかります。

ポイント よくある質問

移住起業を考える前に多い、不安への答え方

起業前質問集

Q.いきなり海士町に移住しないと、起業の準備は始められませんか?

いきなり移り住む必要はありません。むしろ、まずは今の仕事を続けたまま、島に通うところから始めるのが安全です。海士町には「大人の島留学」のような就労型のお試し移住制度があり、暮らしと仕事を試してから判断できます。関係人口として島に通い、人とつながりながら何ができるかを見極めていきます。その上で移住を決めても遅くありません。島で食べていく形が見えないまま移り住むと、立て直しがききにくくなります。

Q.特別な技術がなくても、島で仕事を作れますか?

島で足りていないのは、特別な技術より「人手」と「続けてくれる人」であることが多いです。水産加工の繁忙期の手、宿の運営、農業の季節作業など、勤め先で培った段取り力や事務の力がそのまま役立つ場面がたくさんあります。一つの大きな専門を持っていなくても、いくつかの仕事を引き受けて束ねれば、それが島での自分の仕事になります。大切なのは、何ができるかより、島に足りない仕事を先に知ることです。

海士町は「ないものはない」を掲げてきた島です。足りないものを数えるより、あるものと自分にできることを組み合わせる。その姿勢が、この島で長く続ける人に共通しています。

今日できることは、海士町の複業協同組合や産業創出課に「島で今、どんな仕事の手が足りていませんか」と電話で一度聞いてみるだけで十分です。その答えの中に、あなたのスキルが差し込める場所が見えてきます。

京丹後へのUターン起業|丹後ちりめんの町で何を商売にできるか
「いつかは丹後に戻りたい。でも、戻って何の仕事をするのか」。京丹後の実家を思い出すたびに、この独り言を繰り返し

島で何かを始めるのに、はじめから大きな看板はいりません。足りない仕事をひとつ引き受けるところから、島での暮らしと仕事は静かに根を張っていきます。


さらに詳しく知るには、以下より検索してみてください!
記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

起業アイデア診断
【起業セミナー】会社員のまま始める起業準備・6ヵ月で起業する!

【動画セミナー】あなたのタイミングで学べる動画版もあります!

ポイント この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます!