記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:
● 質問
法律事務所で事務員として15年働いてきました。書類の準備や期日の管理、依頼者への連絡など、事務所の中のことはひと通りこなせますが、弁護士のような資格は何もありません。
先生の看板がなくても、私にできる仕事はありますか?

● 回答
以前、あなたと同じ立場の方から届いた相談に、しょせん自分は先生の看板を借りて働いてきただけだから、という一文がありました。
事件記録と期日と依頼者対応を15年回してきた人の言葉としては、控えめすぎます。そしてこの控えめさは、起業18フォーラムに相談をくださる士業事務所のスタッフさんに、一番多い思い込みでもあります。
答えから書きます。資格がなくても、事務所の実務を回してきた段取りの力は、看板なしで売れる商品になります。条件はただ一つ、売ってよい範囲の線引きを先に知っておくことです。
資格は看板、商売を回すのは段取り
拙著『会社を辞めずにあと「5万円!」稼ぐ』では、「資格より大切なもの」という章を設けて、この点を紹介しています。「ビジネスをすることと資格をとることは、まったく別の話です。資格取得は学校での勉強の延長のようなものですが、ビジネスは社会に出て自分自身で稼ぐことです」。弁護士資格は法律事務を扱うための資格であって、商売の合格証ではありません。
事務所の中を思い出してみてください。依頼者の信頼を集めているのは、先生の経歴だけではありません。電話口で要点をすぐ整理し、必要な書類を一度で案内してくれる窓口の対応が、事務所の評判を静かに支えています。
国の整理も、実は資格を前提にしていません。厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」は、パラリーガル(弁護士補助職)を、弁護士の指示・監督のもとで限られた法律業務を担う職業として紹介していて、入職にあたって特別な資格は必須とされていません。関連資格として載っているのは、日本弁護士連合会の事務職員能力認定試験です。
依頼者や取引先が見ているのは資格の有無ではなく、この人に任せれば確実に進むかどうかです。15年その期待に応えてきたなら、評価の軸はすでにあなたの手の中にあります。
先に引いておく一本の線、弁護士法72条
ただし、この道には踏み込んではいけない領域があります。それを定めているのが弁護士法です。
弁護士でない人が、報酬を得る目的で、訴訟事件などの法律事件に関する鑑定・代理・仲裁・和解といった法律事務を業として取り扱うことは、弁護士法72条(昭和24年法律第205号)で禁じられています。違反した場合の罰則は、2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金です(同法77条)。
事務経験者が独立を考えるとき、迷いやすいのは次のような行為です。
- 法律相談に答える:
「慰謝料はいくら請求できるか」といった個別の法律判断は資格者だけの領域 - 交渉や示談の代理:
本人に代わって相手方とやり取りする行為は典型的な非弁行為 - 法的書類の作成代理:
契約書や内容証明について、法的判断を含む文面づくりを報酬を得て請け負うのは危ない側
覚え方にすると簡単です。内容の判断はしない、手続きの代理はしない、整えることと段取りだけを引き受ける。この内側に収まるかぎり、15年の経験は堂々と売れます。
「先生の代わり」ではなく「事務の専門家」として売る
では、何を商品にするか。法律事務の経験と相性がよく、線の内側に収まる入口を挙げます。
- 士業事務所向けの事務サポート:
ひとり事務の事務所に向けた書類整理・期日管理の仕組みづくりや繁忙期の事務代行 - 相談準備の伴走サポート:
専門家に相談したい人の資料を時系列に整え、質問メモづくりを手伝う仕事(法律判断はしない) - 事務スタッフ向けの研修・教材:
後輩を育てた経験をもとにした電話応対や書類管理の型の共有
共通するのは、先生の代役ではなく、事務の専門家として立つことです。法律事務所の仕事は、正確さと期日の要求水準が他の業種より一段高い世界です。そこで鍛えられた段取りは、外に出しても十分通用します。
それでも、境界線に近い判断を自分だけで下すのは危険です。メニューに迷う項目が出てきたら、勤務先の先生か地域の弁護士会の窓口に確認してから載せてください。確認を挟む慎重さは、そのまま依頼者への誠実さとして伝わります。
検索の中に需要を見つけた椎名さん
起業18フォーラム会員の椎名さん(仮名・40代)は、法律事務所で12年あまり事務を担当してきた方です。独立を考え始めた頃は自己流で、メニュー案に「契約書の簡易チェック」と書いていました。長年見てきた書類だから自分にもできる、という感覚だったそうです。
その案を起業18の勉強会で見せたところ、報酬を得て文面に助言すれば弁護士法に触れるおそれがあると指摘され、青ざめて持ち帰ることになりました。弁護士会が公開している非弁行為の説明を読み、勤務先の先生にも相談したうえで、メニューを線の内側だけで組み直しました。
組み直しの途中で、椎名さんは検索の中から需要を見つけました。専門家を訪ねる一歩手前の人が打ち込む「何を持っていけばいいか」「費用はいつ聞けばいいか」という疑問に、きちんと答えるページが思いのほか少なかったのです。
そこで、相談前の資料を時系列に整えて質問メモを一緒に作る準備サポートと、ひとり事務の士業事務所に向けた期日管理の仕組みづくりを商品にしました。法律判断はしないと案内に明記し、判断が必要な話は必ず資格者につなぐ形です。
始めて1年ほどで、問い合わせの入口は知人の紹介中心から、段取りを解説した記事を検索で読んだ方中心へと入れ替わりました。事務所には勤めたまま、月4万円台の売上が続いています。脇役だと思っていた仕事の中身は、検索する誰かにとって、探しても見つからない答えでした。
椎名さんにあって、いまのあなたにないものは、ほとんどありません。あるとすれば、自分の仕事を商品の言葉に置き換えた経験くらいです。
まずは、この15年で先生や同僚、依頼者から頼られた場面を、ひと言ずつ書き出してみてください。「期日の管理なら安心して任された」「新人の電話応対の型を作った」。その一行一行が、看板の代わりになる商品の種です。
その仕事に資格が必要なら先に確認し、必要になった段階で正規の取得を考えればかまいません。ただ、「資格を取らないと何も始められない」という順番だけは、今日で手放しましょう。

独立の相談に来られた方の多くが、帰りぎわに「これでよかったのだと、もっと早く知りたかった」と口にされます。15年は出遅れの年数ではなく、蓄えの年数です。その蓄えに値段をつける順番が、ようやく回ってきただけです。
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