事務職の経験は起業に活かせる?「専門スキルがない」と感じる人が見落としているもの

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

● 質問

経理や総務、庶務といった事務の仕事を10年以上やってきました。でも、これといった専門スキルや資格があるわけではなく、いざ起業を考えても「自分には人に売れるものなんてない」と感じてしまいます。

事務職の経験って、起業に活かせるものなのでしょうか? つぶしが効かない気がして、一歩を踏み出せずにいます。

起業前質問集

● 回答

「私には特技なんてない、と思っていました」。以前、起業18フォーラムで事務職の方が、そう前置きしてから相談を始められました。同じ感覚を抱える方は、本当に多くいらっしゃいます。

まず一つだけ、前提をひっくり返させてください。事務職の経験は、起業に活かしやすい部類に入ります。「つぶしが効かない」という感覚は、強みの探し方が少しずれているだけなのです。

「専門スキルがない」と感じてしまう本当の理由

事務職の方が自分の強みを見つけにくいのには、はっきりした理由があります。資格や技術のように「名前のついた専門性」が前面に出ないからです。経理の人が決算を締める、総務の人が契約や備品をさばく。そうした仕事は、できて当たり前のものとして扱われ、感謝されても評価の言葉になりにくいものです。

厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」では、総務事務を「会社の運営に必要なものを準備・管理する仕事」、経理事務を「経費精算・伝票整理・月次決算・予算策定など会社のお金を管理する仕事」と説明しています。読んでみると分かりますが、これらは「会社という組織がまわるための土台」を一手に引き受ける仕事です。土台だからこそ、目立たない。けれど、無くなった瞬間に組織が止まる。そういう性質の仕事なのです。

つまり、価値が低いから目立たないのではなく、価値が当たり前に組み込まれているから目立たないという構造です。ここを取り違えると、「自分には何もない」という誤解が生まれます。

起業の入口は「できること」より「呼ばれ方」

では、どこから強みを探せばよいのでしょうか。手がかりは、能力の一覧表ではなく「あなたが何の人として頼られてきたか」にあります。

拙著『起業神100則』に、こんな考え方が出てきます。起業で大事なのは「何ができるか」を並べることではなく、「何に詳しい人」として呼ばれているかを決めることだ、というものです。

「経理ができます」「総務ができます」という能力の羅列は、同じことができる人が大勢いるため、それだけでは選ばれる理由になりません。そうではなく、「あの面倒な手続きなら、あの人に聞けば早い」と名前で呼ばれている状態。そこに、お金を払ってもらえる入口があります。

事務職の方は、この「呼ばれ方」の材料をすでに持っています。社内で「これ、お願いできる?」と繰り返し頼まれてきた仕事こそ、あなたが無意識に詳しくなっている領域だからです。

  • 経理事務:
    小さな会社の「数字が読めない経営者」の不安を翻訳して伝えられる人
  • 総務事務:
    労務・契約・備品の「誰がやるか曖昧な雑務」をまるごと引き受けられる人
  • 庶務全般:
    段取りと優先順位づけで、止まりかけた業務の流れを通せる人

大切なのは、肩書きや資格名で名乗らないことです。「経理担当でした」ではなく「数字に苦手意識のある人の隣で、お金の流れを見える化してきました」。この言い換えができたとき、あなたの経験は商品の輪郭を持ち始めます。

頼まれ続けた雑務が、外から相談に変わるとき

起業18フォーラムにいた苅田さん(仮名・40代)は、中小企業で総務と経理を兼ねる事務職を長く務めてきた方でした。最初の相談では「私の仕事は、誰でもできる雑用ですから」と、ご自身の経験をかなり低く見積もっていらっしゃいました。

転機は、社外から思いがけず持ち込まれた一言でした。取引先の小さな会社の社長が、雑談のなかで「うちは経理も労務もぐちゃぐちゃで、誰に聞いていいか分からない。苅田さん、個人的に相談に乗ってもらえませんか」と打診してきたのです。社内では当たり前にこなしていた仕事に、外部から「お金を払ってでも」という声がかかった。その瞬間、苅田さんは初めて、自分の経験が外でも通用する商品だと実感したそうです。

そこから苅田さんは、起業18フォーラムで「自分は何の人として呼ばれているか」を整理し直しました。たどり着いたのは「ひとり総務・ひとり経理の会社の、困りごとの駆け込み寺」という立ち位置です。能力を並べるのをやめ、呼ばれ方を一つに絞ったのです。

立ち位置が定まってからは、最初の社長が別の経営者を紹介し、その人がまた次を連れてくる形で、相談の輪が静かに広がっていきました。今では取引先や知人の会社から「あの面倒な手続きなら、まず苅田さんに聞こう」と名前で呼ばれ、自分から売り込まなくても相談が回ってくるようになっています。派手な専門資格ではなく、頼まれ続けてきた事務の積み重ねが、そのまま信用に変わった例です。

数字が示す「経験で起業する人」の多さ

こうした流れは、苅田さん一人の特殊な話ではありません。日本政策金融公庫総合研究所の「2025年度新規開業実態調査」では、開業の動機として「仕事の経験・知識や資格を生かしたかった」が41.1%にのぼり、上位の動機となっています。新しく事業を始めた人の4割超が、ゼロから珍しいスキルを身につけたのではなく、これまでの仕事の経験を元手にしているということです。

事務職の経験も、当然この「仕事の経験」に含まれます。特別な才能を探しに行く必要はありません。すでに手の中にあるものを、どう呼ばれ方に翻訳するか。出発点はそこにあります。

自分に何が向いているか分からないまま起業準備を進めても大丈夫?
● 質問 子どもが独立して、週末に少し時間が持てるようになりました。何か始めたいのですが、自分に何が向いている

大がかりな棚卸しは要りません。これまで社内で「代わりにやって」と頼まれ続けてきた事務作業を一つ思い浮かべ、社外の知人に「これって、お金を払う人がいると思う?」と一度だけ聞いてみてください。能力を並べるより、その小さな問いかけのほうが、あなたの呼ばれ方をずっと早く教えてくれます。


さらに詳しく知るには、以下より検索してみてください!
記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

起業アイデア診断
【起業セミナー】会社員のまま始める起業準備・6ヵ月で起業する!

【動画セミナー】あなたのタイミングで学べる動画版もあります!

ポイント この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます!