記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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司法書士として登録したのに、いざ独立を考えると「登記件数は減っていくのに事務所は増えている」「登記単発の価格競争に巻き込まれそう」と足が止まる、という声をよく聞きます。
本記事は、勤務司法書士の方が今の仕事の延長で起業準備を進めるための、現実的な手順を整理した内容です。法律論ではなく、ご自身の指名されてきた業務をどう商品に直すかという視点で書いています。会員さんの体験も交えながら、開業前にやっておきたい行動を順番にお伝えしていきます。
司法書士の経験が事業の核になる理由

司法書士に登録した時点で、不動産登記・商業登記・相続・成年後見などの広い業務領域の入口に立っています。簡裁訴訟代理等関係業務は、認定を受けた司法書士が扱える領域です。ただ起業準備では、この広さが逆に「何を売る人なのか伝わらない事務所」になる原因にもなります。広い領域から自分が指名されてきた業務だけを抜き出して、そこを最初の柱にする発想が独立直後の収益を安定させます。手を広げる順序を間違えると、勤務時代の信用が分散して伝わらなくなります。
自覚していない「名もなき強み」を棚卸しする

勤務時代に「この案件はあなたに頼みたい」と名指しされたことが何回かあるはずです。所内の誰でもできる定型登記ではなく、特定の依頼者・特定の論点・特定の地域に偏って指名された業務こそが、独立後の最初の柱になります。過去3年間の取り扱い案件を直接の依頼者・紹介者・案件種別の3列で書き出すと、自分でも気づいていなかった偏りが見えてきます。
会員さんの言葉では「相続関係説明図と遺産分割協議書の作成だけ毎回相続税の税理士さんから回ってきていた」「金融機関の担当者が代替わりするたびに前任者から名前を引き継いで紹介され続けていた」というように、紹介ルートのほうに偏りが現れることもよくあります。拙著『起業神100則』に「名もなき強み」という言葉が出てきますが、自覚していない指名理由こそが最初の差別化軸になります。
- 直近3年で2回以上指名された案件種別
- 紹介してくれた専門家(税理士・不動産業者・金融機関)の業種と立場
- 同僚に「あの案件はあなたに」と回ってきたパターン
- 所長や先輩が苦手にしていて自分に回ってきた論点
- 依頼者から事後に紹介された別案件の傾向
登録者数と業務環境の現実

日本司法書士会連合会の発表では、2026年4月1日現在の全国会員数は23,505人です。横ばいに近い推移ですが、事務所単位で見ると個人事務所と司法書士法人の二極化が進んでいて、地方では新規参入の余地が残っている地域も少なくありません。
業務面で大きいのは、2024年4月1日に施行された相続登記の申請義務化です。法務省の特設ページでも周知されていて、施行前の相続にも経過措置として3年以内の申請義務がかかります。相続登記の潜在件数が一気に表面化しているこのタイミングは、相続周辺業務に注力していた人にとって大きな追い風になります。
在職中から進める起業準備の5ステップ

勤務司法書士は、所内案件で平日昼間が埋まることが多く、ゼロから時間を捻出するのは現実的ではありません。朝晩30分ずつのブロック化で、退職前に商品設計と数件のお試し対応まで進めてしまうのが最も無理のない順序になります。在職中に商品の輪郭を作っておくと、退職後の試行錯誤の時間が短くなります。順序は次の5段階です。
ステップ1:指名業務30件の書き出し
直近3年分の案件記録を引っ張り出して、自分が指名された案件だけを30件書き出します。30件もないという場合は、所内回付のうち「同期や後輩でなく自分に回ってきた理由」が説明できる案件まで含めて構いません。書き出す列は、案件種別/依頼者属性/紹介ルート/自分が解いた論点/報酬感の5列が基本です。
ステップ2:困りごとヒアリング20件
名指しで回してくれた紹介者20件に「最近どんな案件で困っているか」を直接聞きます。新規開拓ではありません。すでに自分を指名してくれた人に、未充足の課題を教えてもらう作業です。税理士・不動産業者・金融機関・保険代理店の4業種の紹介者から聞ける困りごとには、登記の前後で空いている支援領域が必ず混ざっています。
ステップ3:モニター1件の納品
困りごとヒアリングで一番手応えのあった領域を、無料または会員サービス価格でモニター1件だけ受けます。価格を決めるのは2件目以降で十分です。モニターでは、所要時間・追加で発生した周辺業務・依頼者からのフィードバックの3点を必ずメモに残します。これが翌月以降の見積もり根拠になります。
ステップ4:継続2社+スポット1件で月5万円
モニターの仕上がりを見せて、紹介者経由で継続契約2社とスポット案件1件まで広げると、退職前でも月5万円前後の継続収入が見えてきます。勤務司法書士の年収が300〜600万円の層に集中している中で、独立前に月5万円の継続契約まで作っておけると、開業初年度の精神的な余裕がまったく違います。
ステップ5:開業登録と所属変更
事務所開設の登録は、商品と紹介ルートが固まったあとに行います。場所と内装を最初に決める順序は、固定費が判断を縛る原因になるので避けたほうが安全です。毎月の家賃が30万円を超えると、苦手な案件でも受けざるを得なくなり、絞り込みの判断が後退します。自宅兼用事務所からスタートして、稼働率が上がってから事務所を構える順序のほうが、初期キャッシュアウトを抑えられます。
勤務経験別の起業アイデア

司法書士の起業アイデアは、勤務時代にどの業務に偏って指名されたかを起点にして逆算するのが現実的です。「全方位対応の街の司法書士」を最初から名乗ろうとすると、価格競争と紹介待ちの両方に巻き込まれます。最初の2年は勤務時代の指名業務に絞り込み、信用が積み上がってから領域を広げる順序が安定します。代表的な5つの方向性を整理します。
不動産登記系:金融機関と不動産業者の決済係を担う
勤務時代に決済立会いと売買登記を多く扱っていた人は、金融機関の特定支店と不動産業者の特定店舗をターゲットにして「決済係」のポジションを最初に押さえる方向が向きます。エリアと取り扱い案件種別の2軸で絞り込むほど、紹介の量と質が安定するのが現実です。
商業登記系:中小企業の組織再編サポート
商業登記中心で動いてきた人は、設立・役員変更・本店移転・組織再編をパッケージ化して、税理士事務所と顧問契約のような関係を結ぶ方向に向きます。スポットの単発登記より、年次の役員変更や決算公告まで含めた継続案件のほうが、収益の予測が立ちやすくなります。
相続・家族信託系:義務化で表面化した潜在案件を拾う
相続関係説明図・遺産分割協議書・家族信託の組成を多く扱ってきた人は、相続登記義務化の追い風をそのまま受けやすい領域です。家族信託の組成は、税理士・弁護士・金融機関と連携しないと完結しない案件が多く、複数士業のハブに座れるポジションがあります。紛争化前に動く「相続前相談」を商品化すると、紛争系と差別化できます。
成年後見系:自治体・社会福祉協議会と組む
成年後見業務は単発の報酬は高くありませんが、家庭裁判所の選任名簿に登録しておけば数年単位の継続収入になります。自治体の福祉部門・社会福祉協議会・地域包括支援センターと顔をつないでおくと、後見申立て前の段階で相談が回ってくる動線ができます。
企業内法務支援系:顧問契約で月額収入をつくる
勤務時代に企業内司法書士として動いていた人や、上場企業の登記を扱っていた人は、中堅企業の登記担当業務をまるごと外部受託する方向が向きます。月額の顧問料に登記実費を上乗せする契約形態は、相続系・成年後見系より収益の安定度が高くなります。
- 不動産登記系:エリア×金融機関で絞り、決済件数の安定を取る
- 商業登記系:税理士連携で年次案件を継続受託
- 相続家族信託系:紛争前の予防型相談を商品化
- 成年後見系:自治体ルートで数年単位の継続収入
- 企業内法務系:中堅企業の顧問契約で月額の収益柱
司法書士の起業でよくある失敗パターン

司法書士の独立で経済的に苦しくなる人には、ある共通の動き方があります。資格や能力の問題ではなく、独立直後の意思決定の順序を間違えていることが原因のことがほとんどです。代表的な3つを順に見ていきます。
1.路面店を最初に構えてしまう
「事務所らしさ」を出したい気持ちから、商店街の路面店を最初に借りるケースが目立ちます。家賃と内装で月20万円〜30万円の固定費を抱えると、苦手な案件でも受けざるを得なくなり、商品の軸がブレていきます。自宅兼用かバーチャルオフィスから始めて、紹介ルートが安定してから事務所を構える順序のほうが、業務領域を絞り込んだまま走れます。
2.全方位対応で「街の司法書士」を名乗る
「相続・登記・成年後見・債務整理・会社設立」と全部並べると、紹介者から見て「何が得意なのか分からない事務所」になります。独立直後の2年間は、勤務時代に指名された業務に絞り込み、ホームページや名刺もその業務だけで構成するほうが紹介率が上がります。広げるのは、その後でも遅くありません。
3.登記単発の価格競争に巻き込まれる
相続登記の報酬はオンライン上で比較されやすく、単発登記だけで価格勝負をすると、案件単価が下がるほど稼働時間が増える悪循環になりやすくなります。年次の役員変更・継続相談の顧問料・後見業務の選任料といった、継続性のある収益柱を最初に1本通しておくと、単発案件の価格交渉に巻き込まれにくくなります。
- 路面店即契約で固定費に判断を縛られる
- 全方位対応で紹介者に専門性が伝わらない
- 登記単発の価格競争で稼働時間ばかり増える
- 所属事務所からの円満退所準備が不十分
- 独立後の研修・名簿登録の時間を見落とす
起業18フォーラム会員の事例:商業登記特化で月23万円まで

40代後半で勤務司法書士10年のSさんは、独立を意識した直後「相続・登記・後見・債務整理・会社設立」と全方位のホームページを自己流で作り、半年で問い合わせは3件、いずれも単発の低単価相続登記で月収はほぼゼロでした。起業18フォーラムに参加して指名業務30件を書き出したところ、勤務時代に商業登記の組織再編案件で繰り返し名指しされていたことに気づきます。
そこからは方向を切り替え、税理士事務所3件にヒアリングして「中小企業の事業承継期の組織再編+年次法務」を1サービスに絞り込みました。モニター1件・継続2社まで広げた段階で開業届を出し、12ヶ月目で月5万円、18ヶ月目で月23万円の継続収入になっています。広げる前に絞り込む順序を踏めば、勤務時代の信用がそのまま売上に変わります。会員さんの実例が示してくれた流れです。
独立後を支える商品設計と心構え

司法書士の独立は、登記件数の不安定さと相続登記義務化の追い風という、相反する流れの中で進めることになります。ここで効くのが、商品の組み合わせの設計です。フロントエンド(初回相談・単発登記)/バックエンド(顧問契約・組織再編・家族信託組成)/サイドメニュー(セカンドオピニオン・書類チェック)/ストック型(成年後見・年次法人案件)の4種類を、自分の指名業務から1本ずつ通しておくと、月の収益が天候依存になりません。1本に偏らせず複数を持つことで、繁忙期と閑散期の波を平準化していけます。
会員さんの中には、独立1年目で年収が勤務時代を下回り、不安で動けなくなる方もいます。日本司法書士会連合会の司法書士白書2021年版に基づく第2回司法書士全国調査では、開業司法書士の平均年間売上は1,683.5万円とされていますが、これは事務所売上の平均であり、初年度の手取りや個人所得とは別です。独立初年度は個人差が大きいため、最初から平均売上を前提にせず、商品設計の組み合わせで伸ばしていくのが現実的な姿です。
- フロントエンド:初回相談・単発相続登記・売買決済
- バックエンド:顧問契約・組織再編・家族信託組成
- サイドメニュー:セカンドオピニオン・書類チェック
- ストック型:成年後見・年次法人案件・継続顧問料
勤務時代の信用は、登録名簿に名前が載った瞬間に消えるわけではありません。指名してくれた紹介者・依頼者・所内の同僚から声がかかるかどうかは、独立後の半年で見えてきます。司法書士という資格は、信用の積み上げが収益に直結する仕事です。広げる前に絞り込み、絞り込んだ領域で「あの人に頼みたい」と言われ続けることが、結局のところ独立後の最短ルートになります。事務所の規模を競うより、自分が指名された理由を磨いていく時間を大切にしていってください。
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