記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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鯖江市で起業を考えるとき、多くの方が「ものづくりの技術がない自分に何ができるのか」というところで足が止まります。眼鏡・繊維・漆器という強い地場産業がある街だからこそ、職人技を持っていないと参入できない気がしてしまうのです。
けれども実際に産地で動いている仕事を分解してみると、技術そのものとは別に「事務」「広報」「EC」「発信」といった日々の業務が、産地のあちこちで足りていません。その隙間に自分のスキルを差し込む形なら、技術を一から覚えなくても産地の流れに入っていけます。
この記事では、鯖江の産地の仕事に会社員のスキルを「つなぐ」発想で、起業の始め方と手順を具体的に整理していきます。
鯖江市はどんな街か(アクセス・人口・産業)

鯖江市は福井県のほぼ中央に位置する人口およそ6万7,000人の街です。東京からは北陸新幹線で福井駅まで向かい、そこから在来線で十数分ほどの距離です。新幹線の福井延伸で、首都圏からのアクセスは以前よりぐっと近くなりました。
鯖江を語るうえで外せないのが眼鏡フレームの国内生産で圧倒的なシェアを占める産地であることです。鯖江市の公式情報や福井県眼鏡協会の発信でも、国内で作られる眼鏡フレームの大半がこの地域で生産されていると繰り返し示されています。産地の始まりは明治38年(1905年)、増永五左衛門が大阪からめがね職人を招き、足羽郡麻生津村生野(現・福井市生野町)で農家の冬場の副業として眼鏡づくりを広めたことにさかのぼります。その技術はその後鯖江一帯へと広がり、現在の一大産地を形成しました。
眼鏡だけではありません。鯖江を含む福井県の丹南エリアは、合成繊維の織物を中心とした繊維産業の集積地でもあります。さらに市東端の河和田地区には、伝統的工芸品に指定されている越前漆器の産地が広がっています。眼鏡・繊維・漆器という3つのものづくりが、ひとつの市域とその周辺に重なって存在しているのが鯖江の特徴です。
知っておきたい支援制度と相談先

起業を考えると、まず補助金や支援施設を探したくなる方が多いのですが、ここは順番に注意が必要です。制度はあくまで道具であって、何屋さんになるかが決まっていない段階で窓口に行っても、担当者も具体的な答えを出しようがありません。補助金や支援施設は、売るものの方向性が固まったあとに使う道具だと位置づけておきましょう。
そのうえで、鯖江で起業するなら知っておきたい制度を整理しておきます。
- 特定創業支援等事業:
市が認定する創業支援を一定期間受けると、会社設立時の登録免許税の軽減などが受けられる制度 - 商工会議所・商工会の創業相談:
事業計画の相談や、産地の事業者とのつながりづくりの窓口 - 移住・定住の相談窓口:
住まいや暮らし、二拠点の進め方を相談できる行政の窓口
制度の内容や金額は年度ごとに変わります。実際に使う段階になったら、鯖江市や福井県の公式ページで最新の条件を必ず確認してください。今の時点では「こういう後ろ盾がある」と頭の片隅に置いておけば十分です。
産地の流れに会社員スキルをつなぐビジネスの形

ここが鯖江で起業を考える方にとって、いちばん大事なところです。職人技を持っていなくても、産地の流れに入っていく道はいくつもあります。鍵になるのはものづくりの工程そのものではなく、その前後で足りていない仕事を引き受けることです。事務・広報・EC・発信のどれかを仕事でやってきた方なら、すでに持っている力で十分に始められます。
組み合わせ1:眼鏡 × EC・発信
小さな眼鏡工房ほど、よいフレームを作っていてもオンラインでの売り方や情報発信が後回しになりがちです。ここに、会社員時代に培ったネットショップの運用やSNS発信のスキルを掛け合わせます。工房の商品をオンラインで届ける役割を担うことで、技術がなくても産地の経済に貢献できます。
組み合わせ2:繊維 × 広報・ブランディング
合繊織物の産地には、技術はあっても自社ブランドの見せ方や言葉づくりに困っている事業者がいます。製品の背景にある物語を整理して伝える広報・ブランディングの仕事は、会社で資料づくりや社内外への発信をしてきた方の得意分野とつながります。
組み合わせ3:漆器 × 事務・販路づくり
越前漆器の作り手には、注文管理や見積もり、展示会の段取りといった事務まわりに手が回らない方が少なくありません。受発注や問い合わせ対応、販路の整理を引き受ける形なら、これまでの事務経験がそのまま価値になります。
さらに、いきなり移住するのではなく、まずは東京と鯖江を行き来する二拠点・関係人口の立場から関わり始める道も用意しておきましょう。週末や連休に産地に通い、オンラインでできる仕事から引き受けていくやり方なら、今の仕事を続けながらでも一歩を踏み出せます。
産地で起こりやすいつまずきと、抜け出し方

産地に関わり始める方によく起きるのが、「自分も職人にならなければ認めてもらえない」と考えて、技術の習得にばかり時間を使ってしまうパターンです。本来持っている事務や発信の強みを脇に置いて、慣れない手仕事を独学で追いかけてしまうのです。
たとえば、起業18フォーラムである会員さんは、45歳の元メーカー勤務で、鯖江の眼鏡工房に憧れて週末ごとに通っていました。最初は見よう見まねでフレーム磨きを覚えようとして、6か月たっても収入はゼロのままでした。
そもそも、中小企業の販路開拓や事業承継の難しさは、中小企業庁の中小企業白書でも継続して取り上げられているテーマです。作り手の高齢化と売り方の人手不足は、全国の産地に共通する課題になっています。だからこそ、技術の外側にある仕事に伸びしろがあります。
転機になったのは、自己流で動いて手応えがないと感じた段階で、いったん勉強会で基礎から組み立て直したことでした。そこで繰り返し出てきたのが、「何ができるか」を磨く前に「何屋さんか」を一行で名乗れる状態を先に作るという考え方です。フレームを磨くのではなく「工房のオンライン販売を整える人」と名乗り直したところ、ほどなく最初の受注が入り、12ヶ月目には月10万円ほどの手応えにつながりました。
拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』でも書きましたが、起業の準備で最初に持つべきは、スキルでも資金でもなく「受け皿」です。受け皿とは「私は○○屋です」と一行で言える状態のことを指します。名刺やSNSのプロフィール、簡単な紹介ページがあれば十分に作れます。
鯖江であれば「産地の眼鏡工房のオンライン販売を手伝う人」と先に名乗ってしまう。受け皿があるから、産地の人も「では、これをお願いできるか」と声をかけやすくなるのです。
- 先に決めること:
産地の誰に向けて、何を引き受ける人なのかを一行で言えるようにする - 後でいいこと:
ものづくりの技術や、完璧な実績づくり - 最初の受け皿:
名刺・SNSプロフィール・簡単な紹介ページ
鯖江で起業を始める順番

最後に、鯖江で起業を始めるときの順番を整理します。焦って制度や移住から入るのではなく、自分の方向性を固めるところから始めるのが遠回りに見えて近道です。
まずは起業18の動画やセミナーで、起業の全体像と「自分は何屋さんになるのか」を整理します。眼鏡・繊維・漆器のどの流れに、自分の事務・広報・EC・発信のどれをつなぐのか、受け皿の一行をここで言葉にしておきましょう。
方向性が見えてきたら、鯖江市や福井県の創業支援・移住相談の窓口を使い、特定創業支援等事業や補助金を道具として活用します。そしていきなり移住するのではなく、二拠点・関係人口の立場で産地に通いながら、オンラインでできる仕事から少しずつ受けていきましょう。

鯖江は、ものづくりの技術がなければ入れない街ではありません。産地の作り手が手の回らない仕事を、会社員のスキルでつなぐ。その一行の受け皿を先に持てば、産地の流れはちゃんと自分のほうへ向きを変えてくれます。
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