記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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海外にいる間に届いた仕事の報酬は、日本と現地のどちらで申告するのか。この問いは、単純に見えて二段構えです。まずご自身が日本の居住者かどうか、次に滞在国で観光ビザのまま報酬を受け取れるかどうか。二つの層を順番に切り分けないと、答えの姿がぼやけたままになります。
順番として押さえたいのは、まず居住者判定、次に観光ビザで働けるかの線引き、そして二重課税の調整の三段構えです。感覚で決めず、税務と入管の一次情報でひとつずつ確かめれば、答えは輪郭を持ちはじめます。
居住者判定:日本で払うか、現地で払うかの分岐点

日本の税金の話は、あなたが日本の居住者かどうかを確かめるところからしか始まりません。国税庁のタックスアンサー No.2010「納税義務者となる個人」と No.2875「居住者と非居住者の区分」では、居住者は日本国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人と定義されています。所得税法第2条にも同じ定義が置かれています。
日本の居住者と判定されれば、日本国内で得た所得も、海外で得た所得も、原則として日本で申告して税金を払います。非永住者を除いた居住者に当てはまるルールで、収入の入金口座が海外の銀行だったとしても、稼いだ人が日本の居住者である以上、日本の課税対象になります。
反対に、非居住者は原則として日本国内で稼いだ所得だけが日本の課税対象です。観光ビザで数週間から数か月、海外に滞在していただけでは、通常は日本の居住者のままです。住民票と生活の拠点が日本にあるからです。ここを勘違いして「海外で稼いだから日本の申告は不要」と考えるのが、いちばん多い落とし穴になります。
- 居住者:
日本国内に住所がある、または1年以上の居所がある個人。国内外すべての所得が日本の課税対象 - 非居住者:
上記に当てはまらない個人。日本国内で発生した所得だけが日本の課税対象 - 非永住者:
日本国籍を持たない居住者のうち、過去10年以内に日本に住所または居所を持っていた期間が合計5年以下の人。国外源泉所得は、国内で支払われたものや日本国内に送金されたものが日本の課税対象になります
観光ビザは「働く」ためのビザではない

もう一つの分岐は、現地の入国資格で報酬を得てよいかどうかです。日本の観光ビザ(短期滞在)に相当する各国のビザは、原則として滞在国内での就労や、報酬を伴う活動を認めていません。相手国(例:豪州の短期滞在ETA・訪問者ビザ、米国のB-1/B-2)の規則で活動範囲が観光・親族訪問・短期商用に絞られているためです。
日本入国の場合の短期滞在も同様の考え方で、活動範囲は限定されています(参考:出入国在留管理庁「短期滞在」)。
観光ビザで滞在国のクライアントから現地で報酬を受け取ると、その国の入国管理法に触れる可能性があります。金額の大小にかかわらず、報酬を伴う活動そのものが問題視される国が多く、単発かどうかは判断の中心になりません。国ごとの取り扱いは違うので、滞在予定国の大使館・領事館か、その国の移民専門家に問い合わせるのが確実です。
一方で、日本国内のクライアントから日本の口座へ振り込まれる仕事を、たまたま海外にパソコンを持ち込んで作業しただけの場合は、扱いが変わります。契約と支払いが日本国内で完結し、あなたが日本の居住者であれば、日本の申告義務のもとで動くのが基本です。判断は「対面かオンラインか」「入金がどこか」「契約がどこの誰と結ばれたか」の順で切り分けます。
二重課税を防ぐ手順:総合課税と外国税額控除

居住者と判定され、日本で申告することが決まっても、海外側で税金が源泉徴収されるケースはあります。滞在国の国内法か、日本と結ばれた租税条約に基づく処理です。ここで登場するのが外国税額控除です。国税庁のタックスアンサー No.1240「居住者に係る外国税額控除」に、控除限度額の計算式と適用手順が示されています。
実務の流れは次の順です。第一に、海外で得た報酬を日本の確定申告で総所得に含めます。事業所得か雑所得かは、その仕事を継続的に営んでいるかで分かれ、単発の講演やライティングは雑所得、続く形の講座運営や受託業務は事業所得として整理します。
第二に、その所得のうち海外で税金が引かれた部分について、外国税額控除の適用を検討します。日本の所得税額から一定の枠内で控除でき、二重課税の重複を調整できます。控除しきれない額は、3年間の繰越が認められています。
- ステップ1:
海外で得た報酬額と、海外で源泉徴収された税額を、契約書と支払通知書で数字として押さえる - ステップ2:
日本の確定申告で総合課税に含め、外国税額控除の枠内で二重課税を調整する - ステップ3:
控除しきれない額は翌年以降3年まで繰り越せるかを確認し、必要書類を保管する
迷ったときは、国税庁の試算ページに仮の数字を1度入れてみてください。怖さは、輪郭がぼんやりしているほど大きくなります。数字が入った瞬間に、金額と手順が具体的に見えてきます。
鹿野さん(仮名)が月額顧問の仕組みに切り替えるまで

起業18フォーラムの会員に、鹿野さん(仮名・40代)という方がいます。元は金融系の事務職で、退職後にWeb講師として独立し、動画で学べる講座の設計と収録を仕事にしています。独立から2年目、日本国内で運営されている、海外在住の日本人受講生向けのオンライン学習プラットフォーム会社から、月額の顧問契約と講座収録の依頼が届きました。契約は日本の会社と結び、報酬は日本の口座に振り込まれる形です。
収録の素材づくりを進めるあいだ、家族の事情も重なって、鹿野さんの豪州滞在は当初の予定より長引きました。観光ビザで3ヶ月にわたって滞在する間、日本の会社との契約は継続していたものの、税金の扱いが判断できず、素材は手つかずのままです。「日本で申告すべきなのか」「滞在が長引いた分、豪州側でも払う必要が出るのか」という問いに、動きが止まりました。
税務の順番が見えたのは、帰国後に起業18フォーラムの勉強会に出てからでした。同じように国境をまたぐ収入で悩んだ会員の実例が紹介され、居住者判定の考え方と、日本での総合課税に外国税額控除を組み合わせる道筋を、順を追って知りました。勉強会をきっかけに、フォーラム経由で国際税務の経験がある税理士を紹介してもらえます。
税理士との整理では、鹿野さんは住民票と生活拠点が日本にあり、日本の居住者のまま。日本の運営会社との契約に基づく報酬は、日本の総所得に含めて申告する形になります。滞在が長引いた分の豪州側の税務要件も税理士と事前に確認し、想定外の課税が起きた場合の外国税額控除の使い方も手順として押さえました。契約書は、支払条件、通貨、税務の取り扱い、滞在地が変わった場合の連絡ルールを固定した雛形に整えます。
14ヶ月目には、月8万円の月額顧問契約が日本国内で2件(当初の運営会社に、系列の教材会社が加わりました)、単発の講座収録を合わせて月20万円台の売上に落ち着きました。単発の講義収録は続けつつも、月額の顧問という続く仕組みに軸足を移したことで、支払通知と請求書が同じ形式で毎月そろい、確定申告の準備も落ち着いた作業に変わっています。
判断に迷ったときの相談先と、専門家の選び方
国境をまたぐ収入は、税務と入管の両方が絡むぶん、独学ですべてを仕上げるのは骨が折れます。判断の軸だけ自分で押さえたら、あとは早めに専門家に相談したほうが、余計な時間の消耗を避けられます。
拙著『起業神100則』の第3章では、税理士を選ぶときの目安として、規模の小さな個人事業のうちから頼れる個人税理士か、通いやすい所在地か、質問にわかる言葉で答えてくれるか、若手で長く付き合えそうか、IT対応と業界経験があるか、の5つを紹介しています。国際税務では、これに「海外案件を実際に扱ったことがあるか」がもう1本の柱として加わります。
拙著『起業神100則』の第4章(取引・契約まわり)では、独立して働く立場での契約書運用の実務を紹介しています。書面で取引条件(業務範囲・報酬・支払期日・成果物の権利)を明示すること、支払期日を短めに設定して滞納リスクを下げること、契約書の雛形を1枚に絞って毎回同じ書式で運用することなど、独立初期の契約書運用に落とし込む視点で整理しました。
海外案件でも、通貨、源泉徴収、支払通知の書式を書面で固定しておけば、後になって数字の突き合わせで困る場面は減っていきます。契約書は、税理士に一度目を通してもらってから使うと安心です。
公的な相談先としては、お住まいの地域のよろず支援拠点、税務署の税務相談窓口、そして日本税理士会連合会の紹介制度があります。無料相談から入り、必要に応じて有料の顧問契約に進むという順番で問題ありません。
今日の一歩として、国税庁の試算ページに、想定される年間の海外所得と現地源泉税額を仮に入れてみてください。桁が見えてくるだけで、進めるか止めるかの判断が変わります。

よくある質問

Q.旅行中に単発で数万円の現金報酬を受け取っただけでも、日本で申告は要りますか?
金額の大小にかかわらず、日本の居住者が海外で得た所得は、原則として日本で申告する対象になります。給与所得者には、給与・退職所得以外の所得金額が20万円以下なら所得税の確定申告が不要になる例外があります。ただしこれは売上ではなく、必要経費を引いた所得で見る話です。住民税や現地側の課税、外国税額控除の要否は別に確認が必要なので、管轄の税務署で確かめるのが確実です。
Q.観光ビザで海外オンライン講座を「日本のクライアントに」提供するのは大丈夫ですか?
契約と支払いが日本国内で完結し、滞在国のクライアントに対して現地で報酬を伴う活動をしていないのであれば、通常は滞在国の入管上の問題は生じにくいです。ただし国ごとに扱いが違うので、長期滞在や、現地顧客への対面提供が予定されるなら、事前に大使館・領事館へ確認してください。
Q.外国税額控除で「控除しきれない」場合はどうなりますか?
その年に控除しきれなかった額は、原則として翌年以降3年間の繰越が認められています。海外で税金を引かれた明細と、日本の申告書の控えを保管しておくと、翌年以降の申告でも使えます。適用の細かな要件は、国税庁のタックスアンサー No.1240で確認するか、税理士に相談してください。
不安を感じているのは、それだけ真剣に自分の仕事の広げ方を考えている証拠です。慌てて今日決める必要はありません。仕組みを理解してから判断しても、十分に間に合います。
Q.最初に何から確認すれば失敗しにくいですか?
最初に押さえるのは、契約と支払いがどこの誰と結ばれるかの一点です。日本国内の相手なら日本の課税と申告で足り、現地の相手が絡む場合だけ入管と現地税務の確認が加わります。この境界を先に決めれば、その先の手順は税務署か税理士に順番に問い合わせるだけで進みます。
今日できる一歩を決める

本文で書いた居住者判定は、まずご自身の”入口”を確かめるところから動きます。今夜、ご自身の住民票の所在地と、直近の生活の拠点が日本にあるかを、ご家族と一度だけ言葉にして確かめてみてください。
この一問への答えが出るだけで、日本で申告するのか現地で申告するのか、判断の入口が定まります。試算ページや税理士への相談は、その答えが出た後で構いません。
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