記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
内装工事の職人をしている40代です。手を動かす仕事には自信がありますが、図面を引いたり見積りを作ったりといった事務作業がずっと苦手で、独立して一人親方になることを考えると尻込みしてしまいます。
歳をとったら体も続かないという不安もあります。腕しか持っていない自分でも、独立して起業していけるものでしょうか?

● 回答
腕に自信がありながら、見積りや営業のところで急に足が止まる。その感覚は、技術のある職人さんほど強く出ます。独立できるかどうかは、腕があるかどうかではなく「腕以外の段取りを、苦手なまま放置していないか」で決まります。腕は、独立に必要な要素のひとつにすぎません。
「自分には腕しかない」と思っている方ほど、実はその腕が一番の武器になっていることに気づいていません。事務が苦手なことと、独立できないことは別の話です。順番に整理していきますね。
「腕しかない」は、独立できない理由にはならない
まず、よくある思い込みをひとつほどいておきます。「事務や図面が苦手だから独立は無理」というのは、独立の入口を実態より高く見積もっている状態です。
独立して請け負える仕事の範囲は、思っているより広く確保されています。国土交通省が定める建設業許可の制度では、建築一式工事以外の工事について、請負代金が500万円未満(税込み)の「軽微な建設工事」は、許可がなくても請け負うことができます。内装の現場で一人親方として受ける仕事の多くは、この範囲に収まります。つまり、独立の第一歩そのものに、難しい許可手続きは必ずしも要らないのです。
もちろん、500万円以上の工事を直接請け負う段階になれば建設業許可が必要になりますし、金額の判定には注意点もあります。ただ、それは独立してから先の話です。最初の一歩で身構えすぎる必要はありません。
独立に必要なのは「腕+8つの段取り」だと考える
では、腕以外に何が要るのか。ここで判断の物差しをひとつご紹介します。拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』。この本では、事業を始める前に書いておきたい「設計図」を9つの項目に分けて紹介しています。
9項目とは、困っている人は誰か、何を提供するか、どうやって届けるか、いつ、いくらで、なぜあなたを選ぶのか、ビフォー、アフター、そしてその根拠です。職人さんの「腕」がまっすぐ効いてくるのは、このうち「何を提供するか」のところだけなのです。
- 何を提供するか:
ここが職人さんの腕。すでに持っているので、新しく学ぶ必要はない部分 - 困っている人は誰か:
元請けの下請けだけでなく、誰の困りごとに直接応えるかを決める部分 - なぜあなたを選ぶのか:
同じ腕の職人さんの中から選ばれる理由を、言葉にしておく部分
苦手な見積りや図面は、9項目のうちの一部にすぎません。腕という一番難しい部分がすでに埋まっているのですから、残りの段取りを少しずつ言葉にしていけばいい。全部を完璧に整えてから始める必要はありません。設計図は20点の出来で動き出して、あとから書き足していくもので十分です。
「歳をとったら体が続かない」不安は、誰に売るかで変わる
もうひとつ、独立をためらわせている大きな不安が「体が続くか」だと思います。これは現場で手を動かす仕事につきまとう、切実な問いです。
背景には、業界全体の高齢化があります。総務省の労働力調査をもとにした集計では、2024年の建設業の就業者数は477万人で、ピークだった1997年の685万人から減り続けています。年齢の内訳を見ると、65歳以上の高齢層が大きく増える一方で、若い担い手が減っています。腕を持った職人さんが減っていくということは、その腕に頼りたい人が増えていくということでもあります。
だからこそ、設計図の「困っている人は誰か」を考え直す意味があります。体を酷使し続ける働き方のままでは、たしかに先細りの不安が残ります。けれど、長年の現場で身につけた段取りの目や、若い職人さんへの教え方、施主への説明の仕方は、体力が落ちても価値が下がりません。腕の使い道を、手を動かすことだけに限定しない。そう発想を変えるだけで、続けられる年数の見え方が変わってきます。
沼田さんが、下請けの単価から抜け出した話
起業18フォーラムの会員さんで、内装工事の職人をされていた40代の沼田さんという方がいました。長く下請けとして現場に入っていたのですが、独立を考え始めたきっかけは、世話になっていた先輩の親方が高齢で店をたたんだことでした。「あの人に頼んでいた仕事、これからどこに出せばいいんだ」という声を、現場で何度も耳にしたのです。
頼り先が消えた、その空白が見えた。沼田さんは「自分がそこに入れるかもしれない」と感じ、独立に踏み切りました。ただ、最初は勝手が分からず、これまでと同じ感覚で元請けからの常用仕事を受けていました。手は動くのに、もらえる金額は下請けのときの常用単価のまま。働く時間ばかりが長くなっていったそうです。
転機は、フォーラムで「誰に直接売るか」を一度書き出してみたことでした。沼田さんは、リフォーム会社をはさまずに、近所の店舗や個人の施主から直接、小さな内装の相談を受け始めたのです。間に入る会社がなくなったぶん、同じ手間の仕事でも、受け取れる単価が目に見えて変わりました。下請けの常用単価では割に合わなかった仕事が、直接の請負では納得のいく金額になったのです。
沼田さんは特別に営業がうまくなったわけではありません。誰に売るかを変えただけです。腕はそのまま、届け先を一段変えたことで、単価という現実が動いた。これは、設計図の「困っている人は誰か」を埋め直したことの効果でした。
よくある質問
職人さんの独立について、相談の現場でよくいただく質問にお答えします。
Q. 見積りや図面が本当に苦手でも、独立してやっていけますか?
いきなり全部を一人でこなす必要はありません。最初は手書きやテンプレートを使った簡単な見積りから始めて、慣れてきたら表計算ソフトや見積りアプリに頼る方が多いです。苦手な作業ほど、自分で抱え込まずに道具や外注に任せる前提で考えると、独立の景色が変わります。腕の部分さえ確かなら、事務は後から整えられます。
Q. 独立するのに、建設業の許可は最初から取らないといけませんか?
請け負う工事が建築一式工事以外で、請負代金500万円未満(税込み)の軽微な建設工事の範囲なら、許可がなくても請け負えます。ただし金額の判定や、扱う工事の種類によって線引きが変わるため、自分の受ける仕事がどちらに当たるかは、独立前に一度確認しておくと安心です。

独立できるかどうかで迷っている時間は、腕という一番大きな資本をすでに持っているからこそ生まれる迷いです。次の休みにでも、自分の住んでいる都道府県の建設業許可の要件ページで「請負金額の下限はいくらからか」を一か所だけ確かめてみてください。線引きが分かれば、迷いは具体的な段取りに変わります。
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