記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「旅館の求人票を眺めているうちに、これは自分の出番だと気づきました」。起業18フォーラムの会員、衛藤さん(仮名・40代)の言葉です。別府で起業したい方にとって、この一言は大事なヒントを含んでいます。
観光客でにぎわう温泉の街なら、商売の種は多いはずです。そう感じる一方で、何から調べればいいのか分からない方も多いと思います。延べ6万人の起業相談を受けてきた立場から見ると、別府は商圏の読み方さえ間違えなければ、小さく始めるのに向いた街です。この記事では、別府の街の数字、支援窓口、そして衛藤さんの歩みを順に紹介します。
温泉と留学生の街・別府を数字で歩く

観光客707万人、宿泊客256万人という規模
別府市は大分県の中部にある温泉観光都市です。市の住民基本台帳では、2026年5月31日現在の人口は110,839人です。福岡(博多駅)からは特急ソニックで約2時間10分前後、大分空港からは空港バスで市内へ入れます。
観光の規模を数字で見ておきましょう。別府市の観光動態要覧によると、2024年の総観光客数は約707万人で、うち宿泊客は約256万人でした。外国人観光客は約45万人と、前の年から6割ほど増えています。源泉数と湧出量がともに日本一という温泉資源が、この人の流れを支えています。
立命館アジア太平洋大学がもたらす国際性
もうひとつの固有性が留学生です。市内の立命館アジア太平洋大学(APU)には、APUの公表では122の国と地域(日本含む)から来た3,274名の国際学生が学んでいます。2026年5月時点の数字です。人口11万人ほどの街で、これほど多くの国籍が日常的に交わる場所は全国でもまれでしょう。
この街で商売を考えるときは、商圏を2つに分けて読みます。観光客と宿泊施設が生む非日常の消費がひとつ。もうひとつが、11万人の住民と外国人住民による日常の消費です。どちらに向けて何を売るかで、起業の形はまったく変わってきます。
別府市の創業支援:B-biz LINKと特定創業支援等事業

B-biz LINKという入口
別府市には、一般社団法人別府市産業連携・協働プラットフォーム「B-biz LINK」があります。2017年に市の出資で設立された組織で、創業の相談を受け付け、内容に応じて商工会議所や金融機関、支援施設へつないでくれます。別府で事業を始めたい人にとっての入口になる存在です。
特定創業支援等事業で受けられる優遇
別府市は産業競争力強化法に基づく創業支援事業計画を持っています。別府商工会議所の創業塾などで、1ヶ月以上にわたり4回以上の個別支援を受け、経営・財務・人材育成・販路開拓の知識を身につけると、特定創業支援等事業の証明書が取れます。
証明書があると、株式会社を設立するときの登録免許税が0.7%から0.35%に半減します。創業関連の保証のほか、日本政策金融公庫の新規開業資金で貸付利率の引き下げを受けられる対象にもなります。
- B-biz LINK:
創業相談の受付と、商工会議所・金融機関・支援施設への橋渡し - 特定創業支援等事業:
1ヶ月以上・4回以上の個別支援で証明書を取得し、登録免許税の半減などの優遇 - 大分県の移住支援金:
東京圏からの移住で単身60万円・世帯100万円(条件と年度で変動・最新は窓口で確認)
ここまでの制度は、まず知識として頭に入れておけば十分です。補助金や相談窓口は、売るものが定まった人が使ってこそ生きる道具です。方向が見えないまま窓口へ行っても、返ってくる答えは一般論で終わってしまいます。
3つの力を別府の商圏に当てはめる

順番を間違えないという考え方
拙著『会社を辞めずにあと「5万円!」稼ぐ』に、こんな一節があります。「ビジネスを成功させるために重要な要素は、『商品力』『発信力』『信用力』の3つ。これが三拍子揃って初めて、モノやサービスが売れます」。
大事なのは順番です。どれだけ宣伝しても、商品そのものが弱ければ売れ行きはすぐに落ちます。発信が届いても、信用が足りなければお客様は二の足を踏みます。先に商品力を磨き、発信力と信用力をその順番で積み上げていくと回り道がありません。拙著では、この3つの力を段階を追って少しずつ高めていく道筋を紹介しています。
観光の表側と裏側、ふたつの入り込み方
別府でこの順番を当てはめると、入り込み方はふたつ見えてきます。表側は、観光客や留学生に直接届ける商品です。街歩きの体験ガイドや写真撮影、多言語のサポートなどが考えられます。裏側は、観光を支える事業者に向けた商品です。旅館やホテルの発信代行、予約まわりの事務、外国人のお客様への対応支援などが当てはまります。
- 観光客・留学生向け:
街歩きガイド、写真撮影、多言語サポートなど非日常の体験を届ける商品 - 観光事業者向け:
旅館・ホテルの発信代行や予約事務など、人手不足の裏方を支える商品 - 住民向け:
11万人の日常の困りごとに応える教室・代行・相談などの商品
ひとつ注意があります。最初から店舗を借りて構えると、固定費と観光の閑散期が重くのしかかります。店を持つ夢があるとしても、商品力を小さく確かめてからで遅くありません。
求人票から需要を見つけた衛藤さんの歩み

背景:好きな街に関わる仕事を持ちたい
冒頭の衛藤さんは、大分県内の会社に勤める40代の事務職の方です。販促物づくりと写真が得意で、いつか別府の街に関わる自分の仕事を持ちたいと考えていました。ただ、起業準備を始めた当初は何を売るかが定まらず、趣味の延長で個人向けの写真撮影を1件3,000円で受けていました。お客様は知人ばかりで、その先は広がりませんでした。
転機:旅館の求人票に書かれていた困りごと
流れが変わったきっかけは、意外な場所にありました。別府の旅館やホテルの求人票です。フロント兼SNS担当の募集が何ヶ月も埋まらないまま残っているのを見て、雇えずに困っているのなら外から手伝う形に需要があるはずです、と衛藤さんは考えました。
初めのうちは誰にも相談せず手探りで、個人向けと同じ感覚のまま安い単発の撮影を旅館に売り込み、返事はほとんどもらえませんでした。起業18フォーラムの勉強会で相談し、単発の撮影ではなく「客室と料理の撮影一式」「月単位の発信代行」という宿の困りごとに合わせた形に商品を組み直してから、反応が変わりました。
結果:同じ中身でも、相手が変わると単価が変わる
いま衛藤さんは退職せず、夜と週末の時間で旅館の発信サポートを請け負っています。個人向けに1件3,000円で受けていた撮影が、旅館向けの客室・料理の撮影一式では1件3万円で成立するようになりました。中身の技術はほとんど同じです。相手と売り場を変えただけで、単価は10倍になりました。準備を始めてから約1年、いまは月々の発信代行の契約も2軒あり、給料とは別の収入の柱に育っています。
再現できるポイント
この歩みで再現しやすいのは、求人票を需要のリストとして読む視点です。別府のように宿泊業が集まる街では、埋まらない募集がそのまま外注の種になります。同じ技術でも、誰にどの形で届けるかを変えるだけで値段は動きます。商品を先に固め、実績を発信し、信用が次の紹介を連れてくる流れは、どの業種でも応用できます。
よくある質問

Q.観光客向けの商売でないと、別府では成り立ちませんか?
そんなことはありません。11万人の住民の日常の需要と、人手の足りない観光事業者の裏方の需要があります。観光客向けは季節の波が大きいぶん、住民向けや事業者向けと組み合わせると安定しやすくなります。
Q.移住してから起業の準備を始めるほうがいいですか?
順番は逆をおすすめします。何で食べていくかを固めてから動くほうが、移住後の暮らしは安定します。福岡から特急で約2時間10分前後という近さを活かして、通いながら商圏とお客様を確かめる進め方も現実的です。大分県の移住支援金には就業や起業などの要件があるので、適用条件は事前に確認してください。
Q.B-biz LINKにはどの段階で相談すればいいですか?
売りたいものの方向性が言葉にできた段階が目安です。B-biz LINKは相談内容に応じて商工会議所や金融機関へつないでくれる入口なので、構想が具体的なほど受けられる支援も具体的になります。
別府で一歩を踏み出す順番

基礎を学んでから、窓口と現地へ
進む順番を整理します。まず、起業の基礎と全体像を学び、何を売るかの方向性を固めてください。起業18フォーラムの動画やセミナーは、その土台づくりの場として使えます。方向性が見えてきたら、B-biz LINKや別府商工会議所に相談し、特定創業支援等事業や移住支援金といった制度を道具として活用していきます。
移住を考えている方も、いきなり生活ごと移す必要はありません。通いながらお客様を見つけ、手応えを確かめてから住まいを移す。この段階の踏み方が、温泉の街での起業を堅実なものにします。

最後に、ひとつ問いかけをさせてください。収入を増やすだけなら、別府でなくてもできます。それでもあなたが「別府」と入れて検索したのは、湯けむりの上がるあの街で、自分の名前の仕事をしてみたいからではないでしょうか。お金のためだけではない、起業に惹かれる本当の理由が、あなたの中にもあるはずです。
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