記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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会社に勤めながら起業準備を進めるのは、雨が降る前に傘を用意しておくようなものです。今日から慌てて買うより、平時に少しずつ手元にそろえておくほうが、ずっと安く済みます。ここで一番効くのが「1日1件だけ動く」というシンプルなルールです。
1件の中身は、制度確認を1つ/メールを1本/連絡を1件/観察を1つ記録する/テストの投稿を1つ出す、のどれかで構いません。まとまった時間を確保しようとする人ほど半月で止まり、日常の隙間に1件だけと決めた人が半年後にはテスト販売まで届いています。これは起業18フォーラムで多くの勤め人の準備を見てきた実感です。
この記事では、「1日1件」を「タスク管理」でなく「習慣」として設計する方法と、完璧主義を外す20点ルールの合わせ方、続かなくなった日の切り替え方までを、当事者の隣に立つつもりで整理します。
「1日1件」は”タスク”でなく”生活の余白”

「今日やることリスト」に起業準備の1件を加えても、忙しい日にすぐ弾かれます。優先順位が高いのは本業と家事で、準備の1件は毎日押し出される。これは意志の強さの問題ではなく、リストの構造の問題です。
やり方を変えて、「歯磨きのあとで1件」「電車で座れたら1件」のように、既にある生活の合間に置いてみます。行動科学者のBJ・フォッグが示す小さく始める考え方や、著者ジェームズ・クリアが紹介する習慣の積み上げ方にも、既存の動作をきっかけにする発想があります。
準備を「時間の枠」に押し込めるのではなく、「既にある動作の隣」に置く。この置き方の違いが、続くか続かないかを分けます。
厚生労働省が公表している会社外の仕事に関するガイドラインは、労働時間、健康管理、秘密保持、競業などの考え方を示しています。ただし、個々の会社で起業準備が認められることを保証するものではありません。自社の就業規則、契約、届出・許可の条件を先に確認します。
「1日1件」で埋めていく5つの引き出し

「1件」の中身を毎回考えていると、それだけで疲れます。あらかじめ引き出しを5つ用意しておくと、今日の1件は「どの引き出しから引くか」を決めるだけで済みます。
1.制度確認1つ
就業規則の該当条項、開業届の書き方、青色申告と白色の違い、業務委託契約書の必須事項。制度は範囲が広いので、今日は「勤め先の規則で起業準備が禁じられていないか一段落だけ読む」というように、必ず「1つ」に絞ります。原典(会社の規則本体・国税庁のページ・厚労省のガイドライン)を1つだけ開く時間なら、通勤の帰り道でも足ります。
2.メール1本
公開イベントで知り合った候補への挨拶メール、同業の先輩への相談メール、勉強会主催者への参加返信。勤務先の顧客リストや社用メールを使わず、就業規則と連絡先の利用目的を確認して送ります。
3.連絡1件
電話・チャット・SNSのDMを1件だけ送ります。個人として交換した連絡先への近況報告や、勉強会で会った人へのお礼などです。元同僚や取引先へ営業する場合は、秘密保持、競業、個人情報、相手との関係を確認し、勤務先の情報を利用しません。
4.観察を1つ記録する
日常で「これに困る人が多い」と気づいた場面を、一般化して1行残します。会社名、個人名、顧客名、数値、図面など秘密情報や個人情報は持ち出さず、社内資料を複製しません。公開情報や社外ヒアリングでも同じ課題があるかを確かめてから、商品仮説にします。
5.テストの投稿1つ
SNS・ブログ・YouTubeのショートに、公開情報と自分の一般的な知見だけで投稿します。会社の秘密、顧客事例、著作物、個人情報を含めず、専門分野の表示規制にも従います。「20点」は文章を試す基準であって、法令順守や安全性の基準を下げる意味ではありません。
20点ルールと組んで、今日の1件を今日で終わらせる

「1日1件」を続けるための最大の敵は、時間ではなく完璧主義です。テスト販売の告知を1つ出そうと決めた日に、「告知文が納得できるまで練り直したい」と思って3週間動けなくなる。これは相談の現場でよく見る詰まり方でした。
拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』にこんな言葉が出てきます。「起業の世界は20点取れたら『進め!』の世界です。100点を取れるまで待っていたら、何も始まりません」。20点で出して、反応を見て、次の日の1件で直す。この順番にすると、告知は1日で世に出ます。100点まで練ると3週間が消える。差はそこにあります。
「1日1件」を「タスク管理」で回すのと「習慣」として回すのでは、続き方がまったく違います。並べて比べてみます。
タスク管理型と習慣型の違い
| 項目 | タスク管理型(続きにくい) | 習慣型(続きやすい) |
|---|---|---|
| 置く場所 | タスク一覧の中 | 既存の生活動作の隣 |
| 品質基準 | 100点を目指す | 20点で出して翌日直す |
| 続かない日 | 罪悪感で翌日も止まる | 「代わりの1件」で切り替え |
| 進捗の見方 | 完了率で自分を責める | 連続日数で自分を認める |
| 終わりの合図 | リストが空にならない | その日の1件が終われば閉じる |
タスク型で動いていて詰まっている人は、明日から「歯磨きのあとで1件」など、既にある動作の隣に1件を置き直してみてください。置き場所が変わるだけで、動く回数が変わります。
会員さんはどう「1日1件」を軌道に乗せたか

起業18フォーラムの会員さんに、部品メーカーの技術職として32年勤めてきた内藤さん(56歳・仮名)がいます。定年まで4年、大学生と高校生の子ども2人を持ちながら、退職後の設計コンサル業を目指して準備を始めた方でした。
底:週末まとめ型で半月で止まった
内藤さんは最初、週末の土曜午前を机の前で丸ごと確保して、テスト販売の告知資料を仕上げようとしました。ところが半月で止まる。告知文が納得できるまで練り直したい、この画面レイアウトも変えたい、この一文はこう言い換えたほうがよい。気づけば3週間、ペンが止まっていました。「これで人にお金を払ってもらえるのか」という不安ばかりが肥大していきました。
転機:元同僚の一言と、起業18フォーラム勉強会での「20点」
流れが変わったのは、1年前に定年退職した元同僚に、試作の設計相談ノートを見せた日でした。「これ、機能じゃなくて内藤さんに相談したいだけの人がいるよ。順番、逆じゃない?」と返ってきたのです。
完成した商品を先に用意してから相談を受ける、と思い込んでいた。実は先に相談ができれば、商品はその相談から作れる。数日、この言葉が頭に残っていました。その週、内藤さんは起業18フォーラムの勉強会に参加し、「20点で出して直す」考え方を知ります。100点まで練るのは、動き出してからでいい。ここで、事業設計の順番が入れ替わりました。
現在:13ヶ月目に有償設計相談1件、月3件の継続へ
翌週から、内藤さんは「1日1件」を、通勤の帰り道や食事のあとの合間に置き直しました。就業規則と秘密保持の条件を確認したうえで、10日後に「元技術者による設計相談を月3枠だけ」というテスト告知を個人のSNSに出しました。反応は1件で、まず無料の課題ヒアリングに協力してもらいました。
課題ヒアリングと試作を重ね、告知から13ヶ月目に有償の設計相談が入りました(初回3万円)。現在は月に2〜3件の継続注文が入るペースになり、退職後の収入源の設計図が見えてきました。これは一人の事例であり、同じ期間や成果を保証するものではありません。
やめそうな日にやる「代わりの1件」の切り替え

「1日1件」の最大の落とし穴は、続かなかった日の翌日にあります。「昨日サボったから今日は倍やろう」と考えて、また倍が重すぎて止まる。ここで倍を目指すと、罪悪感の連鎖に入ります。
代わりに、「重い1件をやる余力がない日の代わりの1件」を、あらかじめ3つだけ決めておきます。次のような軽い代替です。
- 読むだけ:
起業18フォーラムの会員事例1本の確認(10分) - 眺めるだけ:
競合の告知ページ1つの確認とスクショ1枚の保存(5分) - 書くだけ:
今日の本業で「困っていた人」を記録するメモ1行の作成(3分)
代わりの1件を用意しておくと、続けた日数が途切れません。連続日数が途切れないことが、続いている自分の証拠になり、翌日以降のハードルが下がります。倍を目指さず、代わりで凌ぐ。この切り替えが習慣を守ります。
続けたら「1日1件」はどこまで積み上がるか

日本政策金融公庫総合研究所の2025年度「新規開業実態調査」では、開業費用の中央値は600万円、平均値は975万円でした。「250万円未満」が20.1%、「250万〜500万円未満」が21.7%で4割超を占めています。ただし調査対象は日本政策金融公庫の融資先で、必要資金は業種によって大きく異なります。
半年、1年、2年という区切りは成果の予測ではなく、見直しの時点として使います。顧客ヒアリング数、テスト回数、収支、就業規則上の手続き、本業と健康への影響を振り返り、続け方を調整します。
もちろん個人差はあります。ただ、既存動作の隣に置いた1件が180回積み上がれば、その差は「準備の量」ではなく「置き場所」で決まる、ということです。

よくある質問

Q.1日1件では少なすぎませんか?
量ではなく順番と置き場所の問題として捉えると、1件で足ります。まとまった時間を確保しようとして半月で止まる人より、日常の隙間に1件だけ置き続けた人のほうが、テスト販売と初回顧客までたどり着いています。量を増やすのは、続けられる仕組みが出来てからで遅くありません。
Q.平日は残業で疲れて動けません。それでもできますか?
そういう日のために「代わりの1件」を3つ用意しておきます。会員事例を1本読むだけ、競合ページを1つ開くだけ、本業で困っていた場面を1行メモするだけ。動作を「読む・眺める・書く」の一動作に絞れば、疲れた日でも成立します。連続日数を途切れさせないほうが、翌日の重い1件に戻りやすくなります。
Q.会社に知られるのが怖いのですが、準備段階でも問題になりますか?
まず勤め先の就業規則、雇用契約、誓約書の該当箇所を確認するのが今日の1件になります。厚生労働省のガイドラインやモデル就業規則は参考ですが、自社の規程を置き換えるものではありません。
勉強や情報収集でも、勤務時間・会社設備の利用、秘密情報の持ち出し、競業、対外発信の内容によって問題になることがあります。届出や許可が必要か曖昧なら、人事・コンプライアンス窓口などへ確認してください。
Q.どの引き出しから始めればいいか、選び方の基準はありますか?
「今日、本業のなかで一番モヤっとしたこと」に近い引き出しを選ぶのが基準です。会議で就業規則の話題が出た日は「制度確認」、取引先とやり取りが多かった日は「メール」、社内で同じ質問を何度も受けた日は「観察を記録」。感情が動いた場面の隣に1件を置くと、記憶に残りやすく、続きやすくなります。
次のステップ:今日の1件を決めてから寝る

「今日の1件」を1つ選んで手帳に書き留めておきましょう。制度を1つ確認する、メールを1本送る、連絡を1件入れる、観察を1つ記録する、テストの投稿を1つ出す。この5つの引き出しから、今日のあなたが一番動きやすい1件を選び、寝る前に「明日はこれをやる」と1行だけ残せば十分です。20点で出して、次の日の1件で直せば、続きます。
「自分には何もない」と感じている方こそ、勤めながら積み上げてきた経験という資産を見落としているものです。その資産は、1日1件、生活の隅に置いた具体的な行動で、少しずつ形になっていきます。まずは今日の1件から。
「1日1件」がうまく回り始めたら、次は朝の30分をどう組み立てるかを合わせて考えてみてください。半年、1年と続けた行動は、テスト販売の告知や初回顧客へ近づく土台になりますが、注文件数は商品・市場・行動量によって変わります。
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