総務・経理の事務職が独立を考えるときの最初の一歩とは?

新井一

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

● 質問

私は中堅IT企業で総務・経理の事務職を20年続けてきました。子どもの手が離れたのを機に独立を考え始めましたが、裏方の私に売れるものがあるのか自信がありません。

総務・経理の経験を独立で仕事にするには、どこから考え始めればいいでしょうか?

起業前質問集

● 回答

もし明日、あなたが手にする独立の「最初の一歩」を1つだけ選ぶとしたら、何を選ぶでしょうか。総務・経理の20年に「売れるものがない」と感じているとしたら、原因は経験の中身ではなく、掛け合わせる相手が1つに決まっていないことです。

20年続けた総務・経理の経験は、掛け合わせる相手を1つ決めた瞬間、独立で売れるかたちに変わります。

この記事では、成瀬さん(仮名・43歳女性)と同じように「私は裏方だから」と繰り返していた会員さんが、実践報告会での事例をきっかけに独立の入口を絞っていった流れを追いながら、拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』にも取り上げている「4つのアプローチ」の視点から、掛け合わせる強みの選び方を整理していきます。

バックオフィス外部化とは何か(一言でいうと)

バックオフィス外部化とは、経営者から見て「社内で人を1人雇うほどではないが、月にまとまった時間だけ動いてほしい」事務業務を、外の担い手に任せる動きの総称です。仕訳、月次経理、給与計算、社会保険手続き、契約書管理、経費精算のワークフロー整備、勤怠管理など、総務・経理の業務範囲がそのまま対象として想定されています。

中小企業庁の2025年版中小企業白書は、バックオフィス業務のデジタル化とアウトソーシングを、人手不足と賃上げ負担への対応策として位置づけています。同白書によれば、受発注業務やバックオフィス分野の外部化・デジタル化は年商100億円企業でも導入率が約4割にとどまり、年商10億円企業ではさらに半分以下でした。

「社内に1人置く余裕はないが、月にまとまった時間を外に出せるなら助けてほしい」という声こそ、いま独立を考える総務・経理の事務職にとっての追い風です。

似た言葉との違い

「アウトソーシング」は業務全体を外部に委ねる大きな枠組みで、「バックオフィス外部化」はそのなかでも管理部門に絞った動きを指しています。総務・経理の20年で担ってきた仕事は、後者にすっぽり当てはまる領域です。

総務・経理20年の事務職に関係あるのはどんな時か

バックオフィス外部化と自分の関係を判定する目安は、3つあります。「業務範囲の広さ」「制度が動いた領域を触った経験」「経営者と直接やり取りしてきた経験」です。

  • 業務範囲の広さ:
    仕訳・月次決算・給与・社会保険・契約書・来客対応・備品発注を1人で回してきた経験
  • 制度が動いた領域の実務:
    インボイス制度・電子帳簿保存法・社会保険適用拡大・フリーランス新法などへの対応
  • 経営者との距離の近さ:
    役員会前後の資料準備、月次数字の報告、税理士との橋渡しなどで意思決定に触れてきた経験

厚生労働省の令和7年賃金構造基本統計調査では、一般労働者の賃金月額は34万600円で、前年比3.1%増となりました。人件費が上がっている裏返しとして、中小企業の経営者は事務職の求人を安易に出せません。20年の横断的な事務スキルは、その分だけ市場価値を持って見えます。

自分に関係あるかの判定

上の3つのうち、2つ以上に自分の経歴が当てはまるなら、バックオフィス外部化の担い手として独立の入口を絞る余地があります。20年の経験がある人ほど、3つとも埋まっているのが実際のところです。

「4つのアプローチ」で掛け合わせる強みを絞る

拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』にも「4つのアプローチ」を取り上げていて、独立のアイデアはこの4方向のいずれかから絞れると整理しています。

  • 正面突破法:
    本業の延長で勝負するやり方。総務・経理そのものを商品にする方向
  • 掛け合わせ法:
    本業と別領域を掛け算する。経理×クラウド会計導入支援、総務×労務相談窓口など
  • 裏面リサーチ法:
    経営者側の「困っていること」から逆算する。決算前月次の遅れ、電子帳簿保存法対応の遅れなど
  • 芋づる連想法:
    既存のつながりから広げる。前職の取引先、社内で親しかった役員の紹介など
掛け合わせ法が総務・経理と相性のいい理由

総務・経理の事務職は「範囲の広さ」を持っていますが、市場では「範囲が広い=何屋か分かりにくい」に転びやすくなります。ここで「掛け合わせ法」を使うと、「経理×クラウド会計導入支援」「総務×労務相談窓口」のように、看板が1つに絞れます。看板が絞れると、経営者は依頼しやすくなり、単価と継続性が同時に上向きます。

掛け合わせる相手を選ぶときの目安は、この数年で制度が動いた領域です。インボイス制度、電子帳簿保存法、社会保険適用拡大、フリーランス新法。制度が動いた領域は、中小企業側で対応が遅れており、外の手を借りたいニーズが強い場所です。

日本政策金融公庫の2025年度新規開業実態調査によれば、女性開業者の割合は25.7%と、4年連続で調査開始以来の最高水準を更新しています。開業者の平均年齢も43.9歳で過去最高でした。制度が動いた領域と、これまでの20年を掛け合わせるほど、独立の入口は具体的になっていきます。

実践報告会で見えた道筋(成瀬さんの事例)

成瀬さんは中堅IT企業で総務・経理を20年続けてきた43歳の女性です。仕訳から契約書管理、給与計算まで1人で回していましたが、独立を考え始めた当初は「私は裏方だから、売り物はない」と繰り返していました。会社の看板がなくなった自分に、誰かがお金を払うイメージが持てなかったのです。

転職エージェントの面談では「事務職は年齢と業種経験だけで見られる」と告げられ、独立の話を持ち出すと、そもそも土俵に載らない反応が返ってきました。同世代の総務・経理の同僚に相談しても「私たちに何が売れるの」と首を振られ、迷いだけが増えていったそうです。

実践報告会で聞いた掛け合わせ法の事例

線が引けたのは、同じく経理事務出身の会員が「経理×クラウド会計導入支援」に絞って独立し、月契約の顧客を積み上げてきた事例を聞いた日でした。少し前から起業18フォーラムに通っていたのですが、その日の実践報告会で耳にした報告が、成瀬さんに掛け合わせる相手の輪郭を運んできたと話しています。

報告のなかで印象的だったのは、「経理単独では価格競争になるが、クラウド会計導入という制度変化の領域と掛け合わせた瞬間、単価と継続性がそろって上がった」という部分でした。成瀬さんは「私にも掛け合わせられる相手があるかもしれない」とメモを取り、報告後に「4つのアプローチのうち、掛け合わせ法から入ってみます」と決めています。

実践報告会で共有された案件は、従業員10〜30名規模の中小企業の月次経理を、クラウド会計に載せ替えるところから始まる形でした。導入支援の初期契約と、その後の月次運用サポートを分けて設計し、月契約単価は4万円前後で組んでいたそうです。「経理そのもの」を売るのではなく、「経理×クラウド会計導入」で看板を1つに絞ったことで、経営者側から声が返ってきやすくなったと共有されていました。

  • 看板を1つに絞る:
    「経理」ではなく「経理×クラウド会計導入」で経営者からの問い合わせを受けやすくする
  • 制度変化の領域を選ぶ:
    インボイスや電子帳簿保存法など、経営者側が対応に遅れている領域と掛け合わせる
  • 単価と継続性を同時に取りに行く:
    初期導入支援の単発契約と、その後の月次運用サポートの月契約を分けて設計する
6ヶ月で届いた「本業給与のおよそ半分」

成瀬さんは実践報告会の翌月から動き始めました。前職のIT企業時代に接点のあった中小企業経営者2名に声をかけ、うち1社が試験導入として月契約単価4万円で決まりました。そこから半年で月契約は4社まで積み上がり、月額は月4万円から月16万円になっています。

総務・経理20年の月給と比べると、独立6ヶ月時点で本業給与のおよそ半分に届いた計算です。

成瀬さん自身は「10割で回るまで会社は辞めない」と決めており、次の勉強会で契約の広げ方を相談していく段階に入っています。V字の着地点を件数や単価だけで測らず、「本業給与の何割で回るか」で見ていることが、退職の判断を落ち着かせています。

今日決める掛け合わせの相手

総務・経理の20年に「売れるかたち」はすでにあります。抜けているのは、掛け合わせる相手が1つに決まっていないことだけです。今日は無理に事業計画をまとめる必要はありません。

総務・経理の20年で回してきた業務のなかから、掛け合わせたい相手を1つだけ選び、そこに丸をつけてみてください。

もう1つ、と広げないことが、独立の入口を絞る条件です。今日は1つに丸をつけるだけで、明日から見える景色が変わっていきます。

選んだ相手は、次の勉強会で「この掛け合わせで独立の入口を作ります」と1行で共有し、報告のフィードバックを受けてから動き始めていきましょう。

もし失敗しても、また会社の総務・経理に戻れるとしたら、あなたが最初に試してみたいのは、どんな仕事でしょうか。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

新井一
起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全13冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。

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