記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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瀬戸内に浮かぶ直島は、いまや世界中から人が訪れるアートの島です。「ここで何かを始めたい」と心を動かされた方も少なくないでしょう。ただ、芸術祭でにぎわう景色と、そこで一年を通して暮らし、食べていくことは別の話です。今日は、直島という土地の固有性を踏まえながら、現地で続けていくために何を準備しておけばよいのかを、起業準備の視点から整理していきます。
私はこれまで数多くの会社員の起業準備に伴走してきましたが、憧れの土地に惹かれて動く方ほど、「そこで何を売って暮らすか」が後回しになりがちです。直島はその落とし穴がはっきり出る島でもあります。
直島という島と、起業を考える前に押さえたい数字

直島は香川県香川郡直島町、瀬戸内海に浮かぶ小さな島です。まずは土地の輪郭を、数字で押さえておきましょう。
直島町の人口は2,937人(令和7年4月1日現在・直島町)で、昭和30年代の最盛期からおよそ4割の水準まで減っています。島へのアクセスは、宇野港(岡山県側)から宮浦港までフェリーで約20分、高松港からは約50分から60分です。本州側からも四国側からも入れる、瀬戸内の結節点のような位置にあります。
人口3千人弱という規模を、起業を考える側がどう読むか。商圏としては決して大きくありません。けれども、そこに年間で大量の来訪者が重なるのが、この島の特殊なところです。
定住人口が少ない土地でも、外から関わる人を商売の相手にできる、という見方もあります。総務省統計局の住民基本台帳に基づく人口は定住者の数ですが、総務省が地方創生の柱として打ち出してきた「関係人口」は、移住でも観光でもない、地域に継続的に関わる人々を指す考え方です。直島は、この関係人口をすでに大量に抱えている島だと言えます。
「芸術祭の繁忙」と「通年の静けさ」、どちらを基準に設計するか

直島で食べていく事業を考えるとき、最初にぶつかるのが「いつのお客様を相手にするのか」という問いです。
直島はベネッセアートサイト直島、地中美術館(2004年開館)、家プロジェクト(始動・計画着手は1997年、最初の作品公開は1998年)といった現代アートの拠点で知られ、3年に一度の瀬戸内国際芸術祭の中心会場でもあります。瀬戸内国際芸術祭2025は会期107日間で総来場が延べ108万4128人、そのうち直島は会場別で最も多い33万8459人を集めました(瀬戸内国際芸術祭実行委員会・2025年)。
ここで考えたいのが、この数字をそのまま自分の売上の前提に置いてよいのか、という点です。芸術祭の年と会期に来訪が集中し、それ以外の時期は人口3千人弱の島に戻ります。この落差を見ないまま「繁忙期に稼ぐ商売」だけで設計すると、会期が終わった翌年に資金繰りが一気に苦しくなります。
- 繁忙期だけに賭ける設計:
芸術祭の年だけ売上が立ち、翌年に資金繰りが苦しくなる - 来訪者だけに頼る設計:
天候や会期で客足が大きく振れ、収入が読めない - 「いつか移住すれば」で先送り:
何で食べるかが決まらないまま現地に入り、生活費に追われる
実は二択ではありません。繁忙期の売上を否定する必要はなく、その山を、通年の小さな定期需要で下支えするという第3の組み方ができます。会社員のうちに準備すべきなのは、まさにこの「下支えの部分」です。
「好きなこと」だけでは続かない。重なりを探す

直島に惹かれる方の多くは、アートや島の暮らしへの強い「好き」を持っています。その気持ちは何より大切な原動力です。ただ、好きだけで事業が回るわけではないことも、同時にお伝えしておきたいところです。
拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』では、起業が成り立つのは「好きなこと」と「強み」と「求められていること」が重なった一点だという考え方を紹介しています。好きと強みだけが重なって「求められていること」が抜けると、それは事業ではなく自己満足のゾーンに入ってしまいます。逆に、求められることと強みだけで好きが欠けていると、続ける気力のほうが先に尽きます。
直島に置き換えて考えてみます。「アートが好き」「島が好き」は、好きの軸です。では、自分の強みは何か。そして、島の暮らしや来訪者のなかで、お金を払ってでも解決したい困りごとはどこにあるのか。この3つが交わる場所を、移住の前に言葉にしておくことが先決です。
島の固有資源と、会社員が始めやすい入口
直島ならではの資源を活かす方向と、会社員が現実的に手をつけやすい方向の両方から、重なりの候補を挙げてみます。
- 来訪者向けの体験提供:
島歩きのガイド、レンタサイクルの案内、鑑賞の前後を埋める小さな体験プログラム - 暮らしの困りごとを埋める仕事:
空き家の管理代行、移住者向けの暮らしサポート、高齢化する島の生活支援 - 場所に縛られない継続業務:
本業のスキルを活かしたリモートの受託業務を、移住後もそのまま続ける
このうち、来訪者向けの体験は芸術祭の波に乗りやすい一方で、波が引くと止まります。だからこそ、暮らしの困りごとを埋める仕事や、場所に縛られない継続業務を、通年の柱として一緒に持っておきます。これが季節の波をならす考え方になります。
通年の柱をつくった、ある移住者の歩み

ここで、起業18フォーラムで準備を進めた安西さん(仮名)の歩みを紹介します。直島のように人口の少ない島では、私もまず「波に頼りすぎない形を、島に入る前に決めておきましょう」とお伝えしています。
安西さんが動き始めたきっかけは、島の祭事や行事を支えてきた事業者が高齢で次々と店を閉じ、来訪者の細かな世話をする担い手が薄くなっている、という現実を耳にしたことでした。需要の空白がそこに見えたのです。準備を始めて15ヶ月目あたりに思い描いていたのは「芸術祭のシーズンに来訪者向けの体験を集中的にやる」という、波に乗る計画でした。
風向きが変わったのは、起業18フォーラムの勉強会で事業計画を発表したときでした。「会期の外の11か月は、誰のどんな困りごとで食べていくのですか」と問い直されたのです。芸術祭の年に大きく稼ぐ絵は描けていても、その間の暮らしを支える売上が、計画から抜け落ちていました。
そこで安西さんは、会員間の個別相談も使いながら計画を組み直しました。来訪者向けの体験プログラムは残しつつ、島の空き家管理と、移住検討者へのオンラインの暮らし相談という、季節に左右されない仕事を通年の柱として据え直したのです。
本業を続けながら関係人口として通い、移住して24ヶ月目に小さく事業を立ち上げ、いまは開業から30ヶ月目に入っています。繁忙期に偏っていた依頼は、閑散期にも月に十数件の定期的な相談・管理の仕事が入る形に変わり、年間の収入の振れ幅がぐっと小さくなりました。
季節の山に頼り切らず、低い谷を埋める柱を先に持ったことが、安西さんの暮らしを支えています。
次のステップ:何で食べるかを固めてから、現地の制度を使う

直島には、移住・定住を後押しする制度があります。住まいの面では直島町空き家改修等事業補助金や移住者向けの家賃補助、空き家・空き地バンクが用意され、子育て面でも医療費が高校卒業まで無料といった支援があります(直島町)。最新の制度名や条件は年度で変わるため、必ず町の公式情報で確認してください。
ただ、こうした制度は「何で食べるか」が決まった人にとって強力な道具になるものです。方向が定まらないまま移住相談の窓口を訪ねても、担当の方も答えようがありません。まず「自分の好きと強みと、島で求められていることの重なり」を整理して通年で続く柱の見当をつけ、そのうえで現地の制度や相談先を使うのが現実的です。
起業18フォーラムでは、その「何で食べるか」「自分に合う形は何か」を、動画や勉強会で順番に整理していくことができます。方向の輪郭が見えてきたら、直島町の窓口や香川県の創業支援、移住相談の窓口へ足を運んでみてください。創業支援の相談先があるかどうかは、町の担当課に一度問い合わせてみるところからで十分です。いきなり移住せず、関係人口として通い、期間を区切ったお試し滞在から段階的に進める道もあります。
会社の名刺ではなく、直島という島を背に自分の名前で小さな看板を掲げる。その一枚は、いつかきっと違う重みを持つはずです。
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