記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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椿のトンネルを抜けて港に下りていくと、行き交う人の中に、明らかに移住してきたばかりという雰囲気の若い夫婦が混じっています。五島列島は今、そういう景色が珍しくない島になりました。
「自分も、ここで何か始められるだろうか」。フェリーの甲板からそう考えたことのある方に向けて、勤めを続けながら準備を進める道筋を整理します。観光の話ではなく、島で食べていくための地に足のついた手順の話です。
五島列島は「移住者が増えている島」から考える

五島市は移住者が6年連続で年200人を超えた
五島列島は長崎県の西、五島市と新上五島町からなる島々です。起業の話をする前に、この島の人の流れを知っておくと、準備の方向が決めやすくなります。
五島市の人口は総務省統計局の住民基本台帳ベースで33,861人(2024年3月末)で、人口減そのものは続いています。それでも令和5年の移住者は270人と過去最高を更新し、6年連続で年間200人を超え、転入が転出を25人上回る社会増を3年ぶりに達成しています。離島で「人が増える側」に振れている地域は、全国を見渡してもそう多くありません。
数が増えているということは、先に移住して事業を始めた人が島の中に何人もいるということです。後から来る人にとって、これは見えにくいけれど大きな意味を持ちます。
世界遺産と水産・椿、本土との距離感

五島には、起業のヒントになる固有の資源がそろっています。久賀島の集落や奈留島の江上集落は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として2018年に世界文化遺産へ登録されました。五島うどんや椿油、富江を中心とした水産業も、島の暮らしと深く結びついた産業です。
本土とのつながりも押さえておきましょう。長崎港から福江島まではジェットフォイルで約1時間25分、フェリーなら直行便で約3時間10分(奈良尾港経由便は約3時間55分)、福岡空港からは飛行機で約40分です。勤めを続けるうちは、この距離を「通って準備する」ための移動時間と捉えると現実的になります。一気に移り住むのではなく、まず何度か通うところから始められる距離です。
- 人の流れ:
五島市は移住者270人(令和5年)で社会増。先に始めた人が島内に多い - 固有資源:
世界遺産(潜伏キリシタン関連遺産)・五島うどん・椿・水産 - 本土との距離:
長崎港からジェットフォイル約1時間25分。通って準備できる近さ
五島で使える支援制度を知っておく

有人国境離島法に基づく雇用機会拡充事業
五島市も新上五島町も、内閣府が定める特定有人国境離島地域に指定されています。この指定があることで、本土の地方都市にはない手厚い起業支援が用意されています。
その中心が、有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法に基づく雇用機会拡充事業です。五島市の令和8年度の制度では、島内で創業する場合の補助率は75%、補助上限は450万円となっています。申請窓口は五島市産業振興部商工雇用政策課(電話0959-72-7862)です。新上五島町でも同様の創業・事業拡大支援が行われています。
ただし、こうした補助は「何を売るか」が固まった人にとっての強力な道具です。事業の輪郭がない段階で窓口に行っても、担当者も答えようがありません。制度は、方向が見えてから使う前提で頭に入れておきます。
移住支援金は世帯100万円・子ども加算あり

東京圏から五島市へ移住し、要件を満たして就業や創業をすると、移住支援金が支給されます。世帯での移住は100万円、単身は60万円が基本で、18歳未満の子ども1人につき30万円が加算されます。新上五島町でも単身60万円・世帯100万円の移住支援金が設けられています。
創業支援金の交付決定を受けて開業した場合も対象になるなど、起業と移住の支援は組み合わせて設計されています。順番としては、起業の方向を固めてから、その方向に合う制度を選んで使うのが効率的です。金額の大きさに引っ張られて先に移住を決めてしまうと、肝心の「何で食べるか」が後回しになります。
五島で始めやすい事業の入口

島の資源を生かす・島の外へ売る・二拠点で関わる
五島で何を事業にするか。大きく三つの入口があります。一つ目は、世界遺産観光や水産といった島の資源に、これまでの仕事で培った発信や運営のスキルを重ねる方向です。二つ目は、島の産品やサービスを島の外の消費者へ届けるオンライン販売の方向で、移住者が増えているぶん、島の魅力に共感する都市部の顧客とつながりやすくなっています。
三つ目が、いきなり移住せずに二拠点や関係人口として関わる方向です。長崎港から1時間半ほどという距離は、月に数回通って事業の種をまくには手の届く範囲です。勤めを続けながら、まず関係人口として島に居場所を作り、手応えが出てから移住を判断する。この順番なら、収入の柱を崩さずに準備を進められます。
- 島の資源に重ねる:
世界遺産観光・五島うどん・椿・水産に発信や運営のスキルを足す - 島の外へ売る:
島の産品やサービスを都市部の共感層へオンラインで届ける - 二拠点・関係人口:
月数回通いながら居場所を作り、手応えが出てから移住を判断
先に来た人を「複数のメンター」にする

著書『朝晩30分 好きなことで起業する』のメンター論
拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』で、勤め人の発想から抜け出す方法として紹介しているのが、会社の外に尊敬できる目標の人物を見つけることです。そこでは、その相手は1人ではなく複数、何人でも見つけてほしいと書いています。先に進んでいる人の「いいな」と思う部分を徹底的に真似ることで、独学の遠回りが一気に縮まります。
この発想は、移住者が増えている五島ととても相性がいいものです。社会増ということは、数年前に同じ立場で島に来て、すでに事業を回している先輩が何人もいるということです。1人の成功者だけを神格化するのではなく、宿をやっている人、産品を島の外へ売っている人、リモートで本業を続けながら地域に関わっている人と、タイプの違う複数の先輩から少しずつ学ぶ。それが、この島でつまずきを減らす近道になります。
「相談先がなくなった空白」に気づいたケース

五島にゆかりのある40代の方が、Uターンを視野に準備を始めたときの話です。今では月にいくつもの依頼を地域から受けるようになっていますが、その出発点は、頼られていた地元の先輩が高齢で店をたたみ、「あの相談先が消えた」という空白に気づいたことでした。
最初は、本で読んだ知識だけを頼りに自己流で動いていたそうです。島で必要とされそうなサービスをいくつも考えては、どれも中途半端なまま手応えが得られない時期が続きました。島の外から一人で考えていても、本当に何が足りていないのかは見えてこなかったのです。
動き出したのは、起業18フォーラムに参加してからでした。フォーラムの勉強会で、自分が考えたサービスを先に説明するのではなく、島で先に始めた人たちが今まさに手を焼いている「困りごと」を起点にして、そこから自分の商品を逆算して組み立てる、という進め方を具体的に固められたのです。会員さん同士の個別相談では、訪ねる前にどんな困りごとを聞き出せばいいか、質問の順番まで一緒に詰めてもらえたことが大きかったといいます。
そこからは、通うたびに島の先輩を1人ずつ訪ね、困っていることを聞き集めました。最初は単発の頼まれごとばかりでしたが、やがて「次もあなたに」と同じ人から続けて声がかかるようになり、紹介で別の集落の相手にもつながっていきました。今では受ける相談の半分以上が、一度きりではなく関係の続く仕事になっています。振り返ると、独学の遠回りを縮めてくれたのは、頼れる先輩を1人に絞らず複数持ったことだったと話しています。
五島での起業、今日からの進め方

五島での起業は、順番を間違えなければ、勤めを続けながらでも着実に近づけます。まず起業18フォーラムの動画やセミナーで、自分は何で食べていくのかという土台を整理します。方向が見えてきたら、五島市や新上五島町の移住相談窓口や雇用機会拡充事業の窓口を訪ね、制度を道具として使い始めます。
そのうえで、月に何度か島に通い、先に始めた先輩たちに会いに行きます。一気に移住するのではなく、関係人口として関わりながら、お試し移住や期間限定の滞在も挟んで進めると、収入の柱を保ったまま判断ができます。
最初の一歩としておすすめなのは、五島のコワーキングスペースや移住者の集まる交流の場に、まず見学だけ参加してみることです。同じ島で先に動いている人の顔が見えるだけで、準備の現実味が変わります。会いに行く相手は、1人に決めなくて構いません。

島で全国を相手に売るのか、五島という土地に根ざして地域の困りごとに応えるのか。どちらの道も、すでに先を歩いている人がこの島にいます。その背中を複数見つけられたとき、五島での起業は、ぐっと現実のものになります。
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