記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「いつかは自分の小さな店を持ちたい」。勤め先で働きながら、そう話してくれる人に、私はよく聞き返します。その「持つ」というのは、物件を借りて看板を出すことから始めるイメージでしょうか、と。
多くの方が、店を持つ=物件を契約することだと思い込んでいます。けれど、26年のあいだ起業を志す人を見てきて分かったのは、長く続いている人ほど、物件の前に「もっと小さい出し方」を何度も試している、ということでした。
この記事では、勤め先で働きながら自分の店を考えている方に向けて、いきなり契約に進む前に試せる順番を整理します。間借り、1回だけの出店、マルシェ。この順で出していくと、契約の重さに押しつぶされずに、自分の味とお客様の反応を確かめられます。
店づくりは、いきなり海に出る航海ではなく、岸で小舟を浮かべることから

自分の店を持つことを、いきなり大海原へ漕ぎ出す航海のように考えると、足がすくみます。物件、内装、什器、仕入れ。決めることが一度に押し寄せて、結局「もう少し貯金してから」と先延ばしになります。
でも、店を出す前に岸の近くで小舟を浮かべてみることはできます。週末に厨房を数時間だけ借りる。地域の催しに1日だけ出店する。お客様の前に料理を並べて、お金を払ってもらえるかを試す。これなら、引き返したいときにいつでも引き返せます。
なぜ順番が大事かというと、飲食は出入りの激しい世界だからです。帝国データバンクの調査では、2025年の飲食店の倒産は900件にのぼり、過去最多を更新しました。そのうち負債5,000万円未満の小規模な倒産が77.3%を占めています。大きく構えた店ほど、固定費の重さに耐えきれずに倒れていきます。
だからこそ、最初に確かめるべきは物件ではなく、自分の料理にお金を払ってくれる人が本当にいるかどうかです。その答えは、机の上の計画書ではなく、お客様の財布だけが教えてくれます。
- 気に入った物件が出たからと、商圏を見ずに賃貸契約を先に結ぶ
- 退職のタイミングを決めてから、売る料理をあとで考える
- 貯金を全額つぎ込む前提で、最初から本格的な内装を入れる
3つに共通するのは、お客様の反応を確かめる前に、固定費と退路だけが先に決まってしまう点です。出す順番を入れ替えるだけで、同じ夢でも危うさはまるで変わります。
間借り・1回出店・マルシェ。重さの違う3つの試し方

「小さく出す」と言っても、出し方にはいくつか段階があります。負担の軽い順に3つ並べてみます。自分の今の状況に合うところから始めれば十分です。
| 試し方 | かかる費用の目安 | 確かめられること |
|---|---|---|
| 間借り営業・シェアキッチン | 月数万円から | 同じ場所で出し続けて、常連がつくか |
| イベントへの1回出店 | 出店料数千円から | 初めての人に、その場で買ってもらえるか |
| マルシェ・朝市 | 出店料数千円から | 対面で売る感覚と、売れ残りの実感 |
物件を借りて店を開く場合、まとまったお金が必要になります。日本政策金融公庫の2025年度新規開業実態調査では、開業費用の中央値は600万円でした。一方で、平日の昼間が空いている飲食店の厨房を間借りする形なら、月に数万円から始められる例もあります。何百万円と数万円では、失敗したときに残るものがまるで違います。
大切なのは、どれが正解かではありません。間借りは「続けて通ってくれる人」を確かめる場、1回出店は「初対面の人に届くか」を確かめる場、マルシェは「自分が対面で売り続けられるか」を確かめる場です。それぞれ見えるものが違うので、できれば順に体験してみてほしいのです。
「1勝9敗」を前提にすると、外れが怖くなくなる
ここで一つ、心の持ち方の話をさせてください。拙著『会社員が働きながら月30万円を稼ぐ起業法』では、ビジネスは1勝9敗の世界だという考え方を紹介しています。10回試して9回は手応えがなくても、当たった1回が残りの負けを取り返してくれる、という意味です。
この考え方が効いてくるのは、まさに「小さく出す」段階です。1回ごとの出店は当たり外れがあって当然で、外れても失うのは数千円の出店料と1日の労力だけです。むしろ、何回出したかという母数をためることが、いつか当たる1品を見つける一番の近道になります。物件を借りた状態で外すと致命傷ですが、間借りやマルシェなら、外れは次の材料になります。
出すたびに「同じ場所」を選ぶと、試行が記録になる

では、ただ数を出せばいいかというと、もう一工夫あります。私が会員さんによくお伝えしているのは、出す場所をなるべく固定することです。
毎回ちがうイベントに単発で出ていると、お客様は一度きりの通りすがりになり、来週にはあなたの料理を覚えていません。けれど、同じ間借り先で毎週土曜の昼に出し続けると、先週来た人が今週も来てくれます。「先週のあれ、おいしかったよ」の一言が、次の改良のヒントになります。
同じ場所で出し続けることには、もう一つの効き目があります。季節や天気で売上が大きく揺れる飲食では、単発のイベント頼みだと、いい月と悪い月の差が激しくなります。固定の出店枠を一つ持っておくと、その揺れをならす土台になります。波の高い単発を足していくより、低くても消えない定点を一つ作るほうが、長く続けるには効いてきます。
- 場所を固定する:
週1回でも同じ間借り先や同じ朝市を選び出し続ける - 1品に絞る:
あれもこれもではなく看板にしたい一皿だけで様子を見る - 反応を書き残す:
売れた数とお客様の一言をその日のうちにメモする
勤めを続けながらなら、平日に貯めた仕込みを週末に出す、という回し方もできます。収入の柱が別にあるうちは、外れた回をじっくり振り返る余裕も持てます。この余裕こそ、辞めてから始める人にはない、いちばんの強みです。
週末出店の波に疲れ、平日ランチの間借りに気づいた芹沢さん

起業18フォーラムの会員さんに、芹沢さん(仮名・40代)がいます。食品系メーカーに勤める方で、いつか自分の定食屋を持ちたいという思いを、何年も胸の奥に置いていました。
最初の一歩は、週末のイベント出店でした。地域のフードフェスや夏祭りに、得意の煮込み定食を持って出ていったのです。にぎやかな会場では飛ぶように売れて、芹沢さんは手応えをつかみました。
ところが、出店は天気とイベントの有無に丸ごと左右されました。台風で中止になった週末は売上ゼロ、真夏のイベントが途切れる時期は何週間も出る場所がありません。準備した食材を持て余す日が続き、月ごとの売上の波が激しすぎることに、だんだん疲れていきました。
転機は、誰かに言われたのではなく、芹沢さん自身の気づきから来ました。出店ノートを見返していて、「派手に売れた月より、細々とでも毎月出られた月のほうが、気持ちが落ち着いていた」と気づいたのです。必要なのは大きな1回ではなく、消えない定位置だと腹に落ちました。
そこで芹沢さんは、近所の喫茶店が昼に閉めている時間を借りて、平日のランチを週2回だけ出すことにしました。イベント頼みのときは月によって売上が数倍も上下していたのが、固定のランチ枠を持ってからは、月ごとの波がぐっと小さくなりました。毎週来てくれる近所の常連も少しずつ増えていきました。
今の芹沢さんは、平日ランチの間借りを土台にしながら、イベント出店は新メニューを試す場として続けています。勤めはまだ辞めていません。あなたも、もし出店の手応えに波を感じているなら、単発の数を増やすより、週1回でいいので「いつも同じ場所」を一つ作ってみてください。
よくある質問

Q.間借りやマルシェでも、飲食の営業許可は必要ですか?
必要です。間借りやシェアキッチンの場合は、その施設が取得している営業許可で出せるかどうかが場所ごとに違います。マルシェやイベントへの出店も、取り扱う料理によって必要な許可が変わります。出す前に、借りる施設の運営者や、地域を管轄する保健所に、自分のメニューで出せるかを必ず確認してください。
Q.勤めを続けながらでも、間借りの店は始められますか?
始められます。平日の昼や週末だけ厨房を借りる形なら、勤めの時間とぶつけずに出せます。むしろ収入の柱が別にあるうちは、売れない回を落ち着いて振り返れます。ただし、勤め先の就業規則で事業が制限されていないかは、先に確認しておくと安心です。
Q.どれくらい試したら、物件を借りる決断をしていいですか?
回数より中身で判断してください。目安は、決まった場所で出し続けたときに、あなたの料理を目当てに繰り返し来てくれる人が、両手で数えられるくらいできているかどうかです。その顔ぶれが見えてから物件を探せば、開店初日が「初めまして」ではなく「待っていました」から始まります。
今日の一歩は、近くの間借り先かマルシェを一つ調べること

店を構える前に、間借り営業やマルシェに1回だけ出してみてください。お客様の反応を生で見られるのが、どんな市場調査よりも確かです。まずは住んでいる地域で借りられるシェアキッチンか、近くで開かれているマルシェを一つ調べて、出店の条件を問い合わせてみましょう。
「自分の料理なんて、お金を取れるのだろうか」という不安は、頭の中で考えているうちは消えません。けれど、一度お客様の前に並べてしまえば、その不安は具体的な手応えと反省点に変わります。
飲食を、いきなり全財産を賭ける勝負にする必要はありません。小さく、何度も、確かめながら近づいていく道があります。その最初の小舟を、どこで浮かべるか。それを調べる今日の30分が、いつかの開店日につながっています。
キッチンカーという、もう一つの小さく始める形については、こちらの記事でも紹介しています。

物件の鍵を受け取る日は、ゴールではなく途中の一駅です。その駅に着くずっと前から、あなたの店はもう、マルシェのテントの下や間借りの厨房で、静かに始まっています。
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