記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
新卒からずっと接客と販売しかしてきませんでした。お店の看板があるから売れているだけで、その看板が外れて自分の名前になったら、誰も買ってくれないのではと不安です。
こんな私でも、自分の名前で起業できるのでしょうか?

● 回答
できます。むしろ接客と販売を長く続けてきた方は、自分の名前で売る土台がすでにできあがっています。不安の正体は「看板が外れたら何も残らない」という思い込みのほうにあります。
その思い込みを一つずつほどいていきましょう。看板が外れて困るのは商品知識ではなく、お客さまとの距離の詰め方が看板ありきだと信じ込んでいる場合だけです。あなたが現場で身につけたものは、看板の内側ではなく、あなたの側に蓄えられています。
「看板が外れたら売れない」は本当か
まず、不安そのものを正面から見てみます。お店の看板で売れているのか、あなたの接客で売れているのか。この二つは、現場ではいつも混ざって見えます。だからこそ「全部お店のおかげ」と感じやすいのです。
けれど思い出してみてください。同じ商品を扱っても、あなたが接客した日とそうでない日で、お客さまの反応は違ったはずです。「あなたから買いたい」と名前で指名されたことが一度でもあるなら、それは看板ではなく、あなた個人にお金が動いた瞬間です。
接客と販売の経験者は、決して少数派ではありません。総務省「労働力調査」(2024年平均)では、接客・給仕の仕事に就く女性は127万人にのぼり、サービスの仕事全体では男女合わせて847万人が働いています。これだけ多くの人が、毎日お客さまと直接向き合う力を鍛えています。そのぶん、この力を自分の名前に乗せ替える出口は、まだほとんど空いているということでもあります。
つまり、看板が外れたら売れないのではありません。看板の外し方と、自分の名前への乗せ替え方を知らないだけなのです。
あなたの中の「名前のない得意」を見つける
拙著『1億円稼いでいる人は何をしているのか?』では、自分がいなくても回る仕組みを「銀の卵」と呼んで紹介しています。その手前にあるのが、まだ名前のついていない得意の発掘です。
本のなかにこんな一節があります。私たちは「名前のついていない得意なこと」をたくさん持っている、と。声が良いと言われる、その場の空気をやわらげている。何となくできていることほど、本人は価値だと気づいていません。
接客と販売を続けてきた方の場合、この名前のない得意がとても具体的です。たとえば、迷っているお客さまの一歩後ろの不安を先に言葉にできる。クレームの電話を、最後には「ありがとう」で終わらせてしまう。試着室から出てこないお客さまに、ちょうどいい間合いで声をかけられる。どれも研修では教わらない、現場でしか身につかない力です。
この名前のない得意こそ、看板が外れても残るあなたの財産です。起業とは、この財産に名前と値段をつけて、お客さまに渡せる形に翻訳していく作業にほかなりません。
同じ接客力が、別の値段で選ばれた話
会員さんに、三雲(みくも)さんという方がいます。アパレルの販売を12年続けてきた女性で、相談に来られた当初は、まさに今回のご質問とそっくりの不安を抱えていました。「店頭を離れたら、私には何も残らない気がする」と。
三雲さんは最初、自己流で動き始めました。スタイリングの相談を受けますと告知してみたものの、なかなか申し込みが入りません。価格も、お店の販売手数料の感覚を引きずって、1回3,000円ほどに抑えていました。その値段でも、ほとんど反応がなかったそうです。
流れが変わったのは、起業18フォーラムの勉強会に参加してからでした。そこで「対面の接客力を、そのまま商品の言葉に翻訳する」という考え方に出会います。三雲さんが現場でやっていたのは、服を売ることではなく、その人に似合う自信を手渡すことだった。会員仲間との個別相談で自分の強みを棚卸ししていくうちに、対象を「育休明けに自信をなくした同世代の女性」一人に絞り込みました。
すると、変化が起きました。サービスの中身は以前とほとんど同じ接客力です。それでも、相手を一人に絞って言葉にしたことで、1万円台でも選ばれるようになっていきました。起業の準備を始めて12ヶ月目には、紹介だけで予約が埋まる月も出てきたそうです。
同じ力が、3,000円から1万円台へと値段を変えた。看板を失って値段が下がったのではなく、看板の外で自分の力に正しい値段をつけ直しただけでした。三雲さんは今、「あのとき店頭しかないと思い込んでいた自分に、早く教えてあげたい」と話しています。
看板を外す前に、確かめておきたいこと
いきなりお店を辞める必要はありません。仕事を続けたまま、自分の名前にどれだけ力があるかを手元で確かめる順番から始めてください。看板の外し方は、辞めてから考えるものではなく、いま現場にいるうちにこそ試しておけるものです。
- 指名された経験を思い出す:
お客さまから名前で呼ばれた、また来ますと言われた場面を集めます。それがあなた個人に向いた信頼の記録です。 - 得意を一つの言葉にする:
「不安をほぐす」「迷いに寄り添う」など、自分の接客の核を短い言葉に置き換えてみます。 - 相手を一人に絞る:
全員ではなく、いちばん力になれる相手を一人だけ思い浮かべ、その人に向けて言葉を選びます。
この三つを通ると、自分の名前に乗せ替えられる力がどれかが、はっきり見えてきます。看板の有無で悩むより、いちばん力になれる相手を一人決めることから手をつけてください。誰に何を手渡せるかが定まれば、値段は後からついてきます。
よくある質問

Q.資格もパソコンも得意ではありませんが、それでも始められますか?
始められます。資格は、あなたの力を説明する手段の一つにすぎません。接客で積み上げた「人の不安を先に察する力」は、多くの資格より実務に直結します。パソコンは、必要になった作業だけを後から覚えれば十分間に合います。先に揃えるべきは道具ではなく、誰に何を渡すかという中身のほうです。
Q.自分の名前で売るのが怖いです。最初は何から試せばいいですか?
いちばん近い人から試すのがおすすめです。友人や元のお客さまに、無料か少額であなたのサービスを受けてもらい、感想をもらいます。お金より先に「あなたに頼んでよかった」という声が集まれば、看板がなくても選ばれる実感がつかめます。その実感が、値段をつける自信の土台になります。
Q.接客の経験しかなくて、商品にできるものが思いつきません。
商品は、これから作るものではなく、すでにあなたがやってきたことの中にあります。お客さまに何を相談されることが多かったかを思い返してみてください。選び方、組み合わせ方、迷ったときの背中の押し方。何度も頼られてきたことが、そのまま誰かのお金を払ってでも欲しい中身です。ゼロから探さず、過去の接客の中から拾い出してください。
看板はいつか外れます。けれど、お客さまの不安を察して動いてきた経験は、外れません。それはお店から借りた力ではなく、あなた自身が長い時間をかけて鍛えてきた力だからです。

今日できることは、お客さまから「ありがとう」と言われた瞬間を、1週間だけ数えてみることです。その回数が、看板の外でも通用するあなたの力の、いちばん確かな証拠になります。
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