記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
30代後半のIT営業、勤続12年、独身で関東圏郊外に実家があります。起業準備を進めたいのですが、都心の家賃が重くのしかかっていて、思い切って実家に戻ろうかと考える日が増えました。
ただ、親のスネかじりに見られたくないですし、一度戻ったら二度と外に出られなくなる気もします。実家に戻って生活費を圧縮するというやり方は、起業準備の入口としてありなのでしょうか?

● 回答
「実家に戻ると決めたら、なんとなく負けた気がする」。そう感じて動けずにいる方はとても多いです。ただ、その罪悪感の正体は、実家に戻ることそのものではなく、戻ったあとの生活設計をあいまいなまま始めてしまう点にあります。
起業準備で実家に戻るのは、家賃という最大の固定費を数字でリセットする有効な選択肢のひとつです。ただし戻る前に、家事負担・親の目線・親の介護前倒し・退路確保という4つを親と言葉で契約化しておけるかどうかで、その後の展開はまったく違うものになります。
「戻るか戻らないか」で決めるのではなく、「戻ったあとの契約を先につくれるかどうか」で判断してみてください。この順番を変えるだけで、実家帰省は起業準備を止める選択から、前に進める選択へと姿を変えます。
「実家に戻る=負け」ではなく「固定費のリセット」と考える
家賃は、住んでいる地域や契約によって月々の生活費を大きく左右します。総務省統計局「家計調査」の2025年平均では、単身世帯の消費支出は月17万3,042円です。ただし、これは勤労者だけではない全単身世帯の平均です。また、家計調査の住居費には持家世帯なども含まれるため、その平均値を民間賃貸の家賃相場として使うことはできません。自分が住む地域の家賃は、実際の募集物件と現在の契約額で確認してください。
ここに「家賃をゼロにする」発想を挿し込めるかどうかは、起業前後の資金繰りを大きく左右します。日頃の起業相談でも私がお伝えしているのは、家賃・光熱費・通信費といった固定費を先に下げるのが、起業前後の最初のリスク管理として効きやすいという点です。
同じ「月5万円の改善」でも、売上は必要経費や税負担を差し引くため、その全額が手元に残るとは限りません。一方、家賃などの固定費を月5万円下げれば、毎月の資金流出はそのまま5万円減ります。
「実家に戻る=負け」というイメージは、収入の側だけを見た評価です。固定費の側から見ると、家賃をリセットできる環境が実家にあるというのは、独身の会社員にとっては数少ない資産のひとつです。恥ずかしがるより、使える手として先に検討してよい選択肢です。
実家との距離の取り方を3つの型で並べて比べる
実家帰省を考える前に、選択肢を並べて数字で比較しておくと、判断がぶれにくくなります。多くの方は、次の三つのどれかにあてはまります。
- ①都市に残って家賃を払い続ける型:
現状維持で気持ちは楽ですが、仮に家賃が月5万〜7万円なら、準備の1年で支払う家賃は60万〜84万円になります。 - ②実家にいきなり戻る型:
家賃はゼロに近づきますが、期間も条件も決めないまま戻ると、親との摩擦や外に出る動機の消失が起きやすくなります。 - ③実家に一時撤退する型:
戻る前に期間(例:1年〜2年)と条件を親と決めておきます。家賃を圧縮しつつ、都市に戻る出口を最初から手元に置いておくやり方です。
おすすめできるのは③の型です。①では固定費が動きませんし、②では退路がなくなります。③だけが「家賃圧縮」と「退路の確保」を同時に成立させられます。
戻る前に親と契約化しておく4つの条件
③の一時撤退型を選ぶなら、戻る前に親と話し合っておく条件が4つあります。ここが今回のご質問でいちばんお伝えしたい部分です。
- 家事負担の分担:
食事・洗濯・掃除の分担を、暮らし始める前に紙で決めます。「甘えるつもりはない」と口で言うより、担当を書き出したほうが親も安心します。 - 親の目線の擦り合わせ:
起業準備をしていることを親にどう伝え、周囲にはどう説明するかを一緒に決めます。「今の会社にいるうちに月◯万円の起業準備を進める」など、親が説明しやすい言い方を用意しておきます。 - 親の介護前倒しの想定:
実家にいることで親の変化に気づきやすくなります。要介護の兆しが出た場合、こちらの起業準備をどこまで優先させるかを先に話しておきます。 - 退路(戻る出口)の確保:
「◯年後には都市に戻る」または「月商◯円が立ったら家を出る」といった卒業条件を最初に決めます。期限のある滞在と、期限のない同居はまったく別物です。
まずは、この4条件を1枚の紙に箇条書きし、親と会って言葉で確認したうえで、実家帰省の可否を決めてみてください。
親にとっても、条件が見えないままの帰省は不安です。数字と期限が入った紙が一枚あるだけで、話し合いはずっと落ち着いたものになります。
平川さんが実家帰省中に「地方の商圏」を数字で見直した話
関東圏郊外に実家がある平川さん(仮名・30代後半・IT営業12年目・独身)も、都心の家賃負担に押されて実家帰省を考え始めたひとりでした。ただ、いざ帰省してみて驚いたのは、実家の最寄り駅前で、子どもの頃から通っていた商店が短い期間で3軒も閉じていたことでした。
「地元は少しずつ変わっていた。ここで戻って起業準備を進めても、地方の商圏そのものが縮んでいるのではないか」。そう感じた平川さんが持ち帰ったのが、この違和感でした。
転機は、その違和感を思い込みのまま置かず、自分で最寄り駅周辺の廃業店舗と新規出店を歩いて数え直し、市の商工統計と突き合わせてみた時間でした。別の勉強会で改めて話題にする前に、まず自分の目と数字で商圏を見直したことが、その後の意思決定を落ち着かせました。
そこから平川さんは、都市に残る案と実家に戻る案を、家賃・移動時間・営業先の分布という3軸で並べ直しました。IT営業12年の経験でつかんでいた顧客はほとんどが法人で、面談はすでにオンライン主体でした。都市に残る意味は「気分」以上には見つかりませんでした。
結論として平川さんは、「2年の期限付き」で実家に戻る道を選びました。家賃負担は月7万円台からほぼゼロへ、生活費全体は月15万円から月7万円台へ圧縮されました。浮いた分を営業ツールとリモート商談の環境整備に充てたところ、半年後には勤務先の外で受けた案件が月10万円ほど積み上がり始めました。
平川さんが後から振り返って良かったと言うのは、戻る前に上の4条件を親と紙で決めていた点です。「家事の分担と2年という期限があったから、実家にいながらも起業準備を最優先に置ける空気を保てた」という話をしてくれました。
実家帰省を検討するなら、まず生活費の内訳を家賃込みで見直す
実家に戻るかどうかを迷っている段階では、「戻る/戻らない」の二択で考えても答えは出ません。先にやるのは、いまの生活費の内訳を家賃込みで書き直し、家賃を圧縮したときに手元にいくら残るかを数字で見ることです。
今日できることは、直近1ヶ月の支出を家賃・光熱費・通信費・食費・交際費に分けて見直し、家賃をゼロにした場合の月次シミュレーションを1枚の紙にまとめるだけで十分です。
この1枚があると、実家に戻る話も、都市に残って収入を積む話も、同じ土俵で並べて比べられます。数字なしで「戻ろうか、残ろうか」を親や自分と話しても、感情の話に流れて結論に届きません。
親のスネかじりに見られたくないという心配も、契約化と数字の共有ができれば、多くはやわらいでいきます。負担がどれくらい減り、いつまでの滞在なのかを紙で共有できるなら、そもそも「スネかじり」という言葉は当てはまらなくなっていきます。
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