記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
勤めている会社の業績が悪く、先日とうとう早期退職の募集が出ました。今の会社に定年までしがみつく未来は、正直あまり見えていません。「いつか自分で何かやれたら」という気持ちはあり、これは独立のチャンスかもしれないとも思います。ただ、勢いで手を挙げて準備もないまま放り出されるのも怖いです。
この募集に応募して起業に踏み切るべきか、今回は見送って勤めながら準備を進めるべきか、どう判断すればいいでしょうか?

● 回答
募集の通知を見て心がざわつくお気持ち、よくわかります。「今を逃したら次のきっかけは来ないかもしれない」という焦りと、「準備ゼロで飛び出して大丈夫なのか」という不安。この2つが同時に押し寄せてくる時期だと思います。
先にお伝えしたいのは、これは「応募するか・しないか」の二択で決める話ではない、ということです。本当に決めるべきなのは、応募という入口の手前にある「自分の手元に、会社の外でも通用する稼ぐ力がどれだけあるか」です。そこが見えれば、応募の判断は驚くほど落ち着いてできるようになります。
「応募する派」「残る派」、それぞれの言い分
まずは両方の立場を、感情を抜きにして並べてみます。どちらにも、もっともな理由と見落としがあります。
- 応募して踏み切る側の言い分:
割増退職金という後押しが今だけある。会社の先行きが暗いなら、自分で選んで辞めたほうが納得感が残る。背中を押される機会は二度と来ないかもしれない。 - 残って準備する側の言い分:
毎月の給料という土台があるうちのほうが、落ち着いて試せる。失敗してもダメージが小さい。準備が整わないまま辞めると、起業ではなく「ただの無職」になりかねない。
どちらも正しいのです。問題は、この2つを「えいやっ」で天秤にかけて決めようとすると、たいてい目先の感情が勝ってしまうこと。募集が出た直後は気持ちが高ぶっていて、「割増退職金がもらえるうちに」という勢いだけで手を挙げてしまいがちです。
早期退職は「黒字企業」でも増えている
ここで、判断を冷静にするために一つの事実を置きます。早期退職の募集は、経営が傾いた会社だけのものではなくなっています。
東京商工リサーチが2026年4月に発表した調査によると、2025年度に早期・希望退職を募集した上場企業は46社、募集人員は2万781人にのぼり、前年度の約2.5倍に急増しました。注目したいのは、実施した企業の直近決算で黒字が約7割に達していた点です。つまり今の早期退職は「業績が悪いから人を切る」だけでなく、好調なうちに人員構成を入れ替える「攻めのリストラ」へと性格が変わってきています。
これは何を意味するか。あなたの会社の募集も、必ずしも「沈む船」のサインとは限らないということです。だからこそ、会社の状況に引きずられて慌てて結論を出すより、自分側の準備度合いで判断したほうが、はるかに後悔が残りにくくなります。
応募の前に「外で稼ぐ1件」で需要を確かめる
私はこれまで6万人以上の起業を支援してきましたが、早期退職の募集をきっかけにうまく独立できた人には、共通点があります。それは辞めることを決める前に、会社の外で小さく稼いだ経験を一度でも持っていたことです。
逆に、勢いで手を挙げてから「さあ何で食べていこう」と考え始めた人は、半年もしないうちに資金と自信の両方をすり減らしてしまいます。順番が逆なのです。
拙著『会社で働きながら6カ月で起業する』では、勤めているあいだに「知・人・金」という3つのチカラを少しずつ育てておく考え方を紹介しています。知は売れる商品や知識、人は応援してくれる人やお客さんとのつながり、金は小さく稼いだ実績と元手のこと。完璧を目指さず、まずは20点ぶんでいいので、勤めているうちにこの3つを育てておく。そうすれば、いざ募集が出たときに「数字」で判断できるようになります。
- 需要があるか:
頼まれて1件でも仕事を受け、お金を受け取った経験があるか - 続けられるか:
その仕事を、勤めの合間に数か月くり返せたか - 規模感が見えるか:
会社の外の収入が、本業の月収の何割くらいまで作れたか
判断の物差しは、ここに置きます。「やりたい気持ちがあるか」ではなく、本業の月収の何割を、会社の外で実際に作れているか。たとえば3割まで届いているなら、退職後の上積みも現実的に見通せます。1割にも満たないなら、それは応募のサインではなく「もう少し勤めながら試そう」というサインです。
迷っていた戸田さんが、数字で踏ん切りをつけた話
起業18フォーラムの会員さんに、戸田さん(仮名・50代)がいます。大手メーカーの管理職で、まさに早期退職の募集対象になった年代の方でした。
募集の知らせを受けた当初、戸田さんは「割増があるうちに辞めて、コンサルで独立しようか」と気持ちが先走っていました。ただ、その時点では会社の外で稼いだ経験がゼロ。何で稼ぐかも、誰が買ってくれるかも、はっきりしていませんでした。
そこで戸田さんは、応募を即決せず、まず勤めながら自分の専門である生産管理の相談を1件だけ受けてみることにしました。知り合いの紹介で中小メーカーの改善相談を引き受け、初めて報酬を手にしたとき、「これなら需要がある」と手応えを感じたそうです。半年ほど週末に相談を重ねるうちに、会社の外の収入は本業の月収のおよそ3割ほどになりました。
戸田さんが応募を決めたのは、この数字が見えてからでした。「割増退職金につられて辞めるのではなく、外で稼げる確信ができたから辞める。同じ応募でも、心持ちがまるで違いました」と振り返ります。今は独立して、もとの顧客から継続して相談を受ける関係が常連化しつつあります。勢いを一度止めて、外で稼げるかを数字で確かめたことが、応募を決める分かれ目になりました。
「割増退職金があるうちに」は応募の理由になる?
ここでよくある反論にお答えします。「とはいえ、割増退職金は今回の募集でしかもらえない。これを逃すのはもったいないのでは?」というものです。
たしかに割増退職金は魅力的で、起業の元手にもなります。ただ、お金は「起業を成功させる力」そのものではありません。前述の3つのチカラでいえば「金」の一部にすぎず、肝心の「知」と「人」、つまり売れる商品とお客さんがいなければ、退職金は準備期間中にただ減っていくだけです。
割増退職金は、外で稼ぐ手応えを先につかんだ人にとっては心強い追い風になります。けれど手応えのない人にとっては、踏み切る判断を鈍らせる甘い罠にもなります。お金は応募を決める主役ではなく、確信ができた人の背中を押す脇役だと考えてください。
そしてもう一つ。退職金や企業年金の中身は、会社の規程によって受け取り方も金額も大きく変わります。一時金で受け取るのか、年金型なのか、確定拠出年金(企業型DC)はどう引き継ぐのか。ここを知らないまま応募の可否を考えても、土台の数字が見えません。

今日できることは、退職金と企業年金の項目だけ、社内規程で確認しておくだけで十分です。金額の計算は後でかまいません。まずは自分が受け取れる種類を知り、応募の判断材料を一つそろえる。冷静な一歩は、いつもそこから始まります。
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