記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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富山湾の海越しに立山連峰が見える町、氷見市。寒ブリで知られるこの土地で「自分の事業を持ちたい」と思ったとき、まず引っかかるのは「何で食べていくのか」という問いではないでしょうか。海と里山の景色に惹かれて移住を決めたものの、収入の柱が見えないまま飛び込んで苦労する人を、私はこれまで何人も見てきました。
氷見で起業する道筋は、いきなり移り住むことではありません。勤め先にいるうちに通い、土地を知り、売るものを固めていく順番にあります。
この記事では、その現実的な手順を一緒にたどっていきます。
氷見で起業するとはどういうことか

まず町の輪郭をつかむ
氷見市は能登半島の付け根、富山湾に面した人口およそ4万人の町です。総務省統計局の令和2年国勢調査では氷見市の人口は43,950人でしたが、氷見市の公表値では2026年6月2日現在で40,689人まで減っています。富山県内でもゆるやかな人口減少が続いている地域です。東京駅から北陸新幹線「はくたか」で新高岡まで約2時間50分、そこからJR氷見線で高岡を経由して30分ほど。遠いと感じるかもしれませんが、新幹線でつながっているぶん、関東から通いながら準備を進められる距離でもあります。
数字だけ見ると寂しく感じるかもしれません。けれど人口が減っている町だからこそ、外から来た人の視点や手が求められています。総務省の「過疎地域等の現況」(2024年)でも、こうした地方の中小都市の活性化に向けて移住・定住の促進が課題に挙げられています。そのぶん、氷見市では移住者向けの支援が手厚く整えられています。
氷見ならではの資源を起業の土台にする
氷見の最大の強みは、富山湾という自然の生けすです。氷見漁港は富山県を代表するブリの一大水揚げ地で、「ひみ寒ぶり」は全国に名の通ったブランドになっています。春のイワシ、夏のマグロ、秋のカマスと、年間を通じて約300種もの魚が水揚げされます。さらに、400年の歴史を持つ越中式定置網による「氷見の持続可能な定置網漁業」は、2021年に農林水産省の日本農業遺産に認定されました。海だけでなく、里山と里海が地続きでつながっている景観も、この町ならではのものです。
こうした地域資源は、観光地として消費するだけのものではありません。何を売って食べていくかを考えるとき、地元にすでにある資源は、外から来た人にとって最初の事業の土台になります。軽井沢や鎌倉のように「東京から近い別荘地で二拠点生活」という枠組みとは、出発点が違います。氷見では、海産物・里山の食・伝統的な漁の文化といった足元の資源を、どう外へ届けるかが勝負どころになります。
知っておきたい移住・創業の支援制度

移住支援金と相談窓口
氷見への移住を考えるなら、富山県と氷見市が用意しているUIターン・移住の支援制度を知っておくと選択肢が広がります。東京23区に在住、または東京23区へ通勤していた方が氷見市へ転入し、「とやまUターンガイド」に掲載された企業へ就業するか、起業するか、テレワークを続ける場合、移住支援金の対象になります。
移住支援金の額は、単身での移住で60万円、世帯での移住で100万円、さらに18歳未満の子ども1人につき100万円が加算されます(富山県・氷見市の移住支援制度・2025年度時点)。金額や要件は年度ごとに見直されるため、最新の内容は氷見市の窓口で確認してください。このほか氷見市には、移住の入口づくりから定着までを支える「氷見市IJU応援センター」と、起業の相談に乗る「氷見市ビジネスサポートセンター Himi-Biz」が置かれています。
支援は方向が決まってから使う道具
ここで大切にしたい順番があります。補助金や相談窓口は、すでに「何をやるか」が見えている人にとっては強力な道具になります。売るものが決まっていない段階で窓口に行っても、相手も答えに困ってしまいます。
移住支援金や創業相談は、何を売るかの方向性が固まったあとに使う道具だと位置づけてください。会社設立のときに登録免許税が軽減される特定創業支援等事業のような制度も、対象になるかどうかや申請の手順は時期によって変わります。まずHimi-Bizのような窓口で、自分の構想が制度に当てはまるかを確認するところから始めるのが現実的です。
氷見の資源から起業のアイデアを逆算する

資源を起点に「誰に何を」を組み立てる
氷見で起業するアイデアは、地域資源から逆算すると見つけやすくなります。寒ブリや干物などの海産物を都市部へ届ける販路づくり、定置網漁や里山里海の体験を組み込んだ少人数の観光ガイド、古民家を使った宿や場づくり。どれも、もともと町にある資源と、これまでの仕事で培ってきたスキルを掛け合わせる発想です。
たとえば食品メーカーの営業経験があるなら、地元の漁師さんや加工業者と都市の小売をつなぐ役割が務まります。マーケティングや広報の経験があれば、知られていない氷見の生産者の発信を引き受けられます。地域にすでにあるものに、自分の職業経験という切り口を一つ足すだけで、外から来た人にしかできない事業が立ち上がります。
いきなり移住しない二拠点・関係人口という選び方
最初から住まいを移す必要はありません。会社に勤めながら週末や連休に氷見へ通い、関係人口として土地とのつながりを育てるところから始める人が増えています。通ううちに地元の生産者と知り合い、小さな取引が生まれ、手応えが出てから移り住む。この順番なら、収入の柱がないまま飛び込むリスクを避けられます。
拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、起業の準備を「リサーチ→検証→定着」という3段階で進める考え方を紹介しています。まず困っている人は誰かを足を運んで調べ、小さく売って反応を確かめ、手応えのあった形を暮らしに根づかせていく順番です。氷見への移住起業は、このリサーチと検証の段階を会社にいるうちに置けることが、何よりの安全装置になります。
- 海産物の販路づくり:
寒ブリ・干物などを都市の小売や個人に届ける仲介や通販 - 体験型の観光ガイド:
定置網見学や里山里海の暮らしを少人数で案内する事業 - 場づくり・宿:
空き家や古民家を活かした滞在拠点や交流の場の運営 - 生産者の発信支援:
前職での広報・営業経験を地元事業者の販促に活かす
会員さんの歩み:移住前の1年で土台をつくった例

転機は移住フェアでの一つの出会いから
食品メーカーで営業をしていた笠原さん(40代)は、富山にゆかりがあったわけではありませんでした。都市での働き方に区切りをつけたい気持ちはあっても、何から手をつければいいか分からないまま時間が過ぎていました。転機になったのは、都内で開かれた移住フェアで氷見のブースを訪ね、地元で水産加工を営む方と言葉を交わしたことでした。「うちの魚を都会に届けてくれる人がいない」という一言が、笠原さんの中に引っかかったのです。
そこからの1年、笠原さんは会社に勤めながら、月に一度のペースで氷見へ通いました。漁港や加工場を回り、誰が何に困っているかを自分の足で確かめていきました。最初は手探りで、商品の見せ方も価格の付け方も分からず戸惑う場面が続きました。
小さく検証してから移り住む
変わり始めたのは、対象を「都市で暮らす同世代の共働き世帯」に絞り込んでからでした。氷見の干物を少量ずつ詰め合わせ、知人を通じて試しに売ってみる。反応を聞いては中身を直す。この検証を繰り返すうちに、注文が少しずつ戻ってくるようになりました。会社にいるうちに事業の形が見えてきたことで、笠原さんは安心して移住に踏み切れたのです。
現在、笠原さんは氷見に拠点を移し、海産物の小さな通販で月6万円ほどの売上を立てています。金額そのものは大きくありません。けれど、勤めを続けながら1年かけて土台をつくった準備期間があったからこそ、移り住んだあとも慌てずに事業を育てられています。移り住む前に、通いながら売るものを一つ検証しておくことを、今日からの計画に組み込んでください。
氷見での起業に向けた次の一歩

最後に、進め方の順番を整理しておきます。最初にやることは、補助金の申請でも物件探しでもありません。まず起業18フォーラムの動画やセミナーで、何を売って食べていくか、自分に合う事業はどんな形かという全体像をつかむところからです。
方向性が見えてきたら、氷見市IJU応援センターやHimi-Bizといった現地の窓口に相談し、移住支援金や創業支援の制度を道具として使っていきます。住まいも、いきなり移すのではなく、関係人口として通うところから、お試し移住や期間限定の滞在を挟んで段階的に移していく選び方があります。
氷見の海と里山は、逃げ込む場所ではなく、新しい仕事を育てる土台になります。今日できることは、勤め先にいるうちに一度氷見へ足を運び、誰が何に困っているかを自分の目で確かめてみることだけで十分です。そこから、あなたらしい事業の輪郭が見えてきます。
よくある質問

氷見で起業するなら、すぐに移住したほうがいいですか?
急いで移り住む必要はありません。会社に勤めながら通い、関係人口として土地とのつながりを育てるところから始めるほうが、収入の柱がないまま飛び込むリスクを避けられます。売るものを一つ検証してから移住を決めても遅くはありません。
移住支援金はどんな人がもらえますか?
東京23区に在住、または23区へ通勤していた方が氷見市へ転入し、対象企業への就業・起業・テレワークの継続などの条件を満たす場合が対象です。額は単身で60万円、世帯で100万円、子ども1人につき100万円の加算があります。条件は年度で変わるため、氷見市IJU応援センターで最新の内容を確認してください。
氷見ならではの起業アイデアはどう探せばいいですか?
地域資源から逆算するのが近道です。寒ブリや干物などの海産物、定置網漁や里山里海の体験、空き家を使った場づくりなど、町にすでにあるものに、自分の職業経験という切り口を一つ足して考えてみてください。足を運んで生産者の困りごとを聞くと、外から来た人にしかできない事業が見えてきます。

氷見での起業は、海辺の暮らしに憧れて飛び込むものではなく、足元の資源を外へ届ける事業を、準備を整えてから始めるものです。まずは一度通ってみるところから、無理のない一歩を踏み出してみてください。
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