記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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今回のマネ虎レポートは、トルコ式ファーストフード「ケバ丼」で日本進出を狙った、24歳のトルコ人留学生の回です。「マネーの虎」屈指の神回として、いまも語り継がれています。
この回を見返すと、ひとつの疑問が残ります。経営の経験もお金もない外国人の留学生が、なぜあの厳しい虎たちから希望額1800万円を「満額」で引き出せたのか。ここには、会社員が起業準備を進めるうえでも効く、地に足のついた学びが詰まっています。

「マネーの虎」は2001年から2004年にかけて日本テレビ系列で放送されたビジネスリアリティ番組です。志願者が「虎」と呼ばれる経営者5人の前で事業プランをプレゼンし、出資を勝ち取れるかを競います。周到な計画でも虎の目を逃れられなければ「ノーマネーでフィニッシュ」となる、容赦のない構成でした。

- 堀之内九一郎(56歳当時)年商102億
株式会社生活創庫 代表取締役社長 - 南原竜樹(43歳当時)年商55億
(株)オートトレーディングルフトジャパン 代表取締役社長 - 貞廣一鑑(40歳当時)年商25億
株式会社ラヴ 代表取締役社長 - 加藤和也(32歳当時)
(株)ひばりプロダクション代表 - 小林敬(46歳当時)年商65億
株式会社小林事務所 代表取締役社長
ちなみに、当回も出演されている南原竜樹会長のお写真です。虎ノ門・株式会社LUFTホールディングス事務所にて。

1800万円に挑んだトルコ人留学生の2人
プレゼンに現れたのは、トルコ出身の留学生2人組です。リーダーのメスット・シェネルさん(当時24歳)と、後輩のオメルさん(当時22歳)でした。2人とも日本語は流暢で、立ち居振る舞いは礼儀正しく、緊張の中にも落ち着きがありました。
シェネルさんは17歳で来日し、都内の大学を経て、当時は大学院で学んでいました。祖国トルコのソウルフードであるドネルケバブを、日本にファーストフードとして根づかせたい。その一点にかける情熱が、最初のひと言からにじみ出ていたのです。
シェネル「1800万円を希望いたします」
吉田栄作さん「そのお金の使い道は?」
シェネル「トルコのファーストフードの店を開きます。トルコ料理は世界の3大料理の1つで、そのメインであるケバブ料理をファーストフードとして皆さんに提供したいと思っています」
世界3大料理という大きな看板を掲げながら、その入口を「気軽なファーストフード」に絞り込む。この夢の大きさと、狙いの具体性の落差が、虎たちの興味を引き寄せていきました。
「過去に失敗した市場」という虎の第一疑問

ケバブとはどういう料理か。そう問われたシェネルさんは、大きな肉の塊を回しながら焼くドネルケバブを、身ぶりを交えて説明しました。ドネルはトルコ語で「回る」という意味だと、丁寧に補足しながらです。
感触は悪くありません。ですが、飲食に詳しい虎たちは、すぐに核心を突いてきました。
シェネル「そこですね。トルコ料理は世界の3大料理でありながら、なぜ日本で広まらないのか。それを私がファーストフードの形で提供したいのです」
ここが最初の分かれ道でした。「過去に失敗した市場だ」という指摘は、多くの志願者が黙り込むポイントです。シェネルさんは逃げずに、「なぜ広まらなかったのか」という問いを、自分の勝ち筋の説明に変えて返しました。失敗の歴史を、そのまま自分の参入理由にすり替えたのです。
南原社長は「ドイツで成功したから日本でも成功する、というのはイメージがラフすぎる。食文化が違う」と、さらに厳しく突きます。それでもシェネルさんは、うろたえませんでした。
データではなく、自分が肌で確かめてきた事実。ここに一貫した強さがありました。
「ケバ丼」440円という具体的な勝負手

もう1人の志願者オメルさんも口を開き、勝算を語ります。人通りの良い立地で、ファーストフードを前提に本格的なケバブを出す。それを最初にやるのは自分たちだ、という主張でした。
そして、この回の代名詞となるメニューが登場します。
小林社長「牛丼みたいな感じで?」
シェネル「ケバ丼というブランド名ですね。ドネルケバブの肉をご飯の上に乗せ、特製ソースをかけた丼料理です」
ケバ丼は吉野家の大盛りと同じくらいのボリュームで、440円という価格設定でした。日本人になじみのある「丼」の形に落とし込み、価格も牛丼チェーンと張り合える水準に置く。異国の料理を、日本人がすでに知っている食べ方の隣に並べたところに、この企画のうまさがありました。
学園祭「4年で2万人」という売れた記録の力

虎たちの空気が明確に変わったのは、シェネルさんが自分たちの「実績」を数字で示した場面でした。
ここが、この回の最大の転換点だと私は見ています。1800万円という金額から見れば、学園祭の売上など、ごくささやかなものです。それでも、この数字には「日本人が実際にお金を払って買った」という、動かせない事実が刻まれていました。
虎たちが繰り返し口にしていたのは「本物だと思う」「信頼性が非常に高い」という言葉でした。その信頼を支えていたのが、この地味な数字だったのです。拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、最初のお客様はたった一人でいい、という考え方を紹介しています。一人を満足させられた事実こそ、次の一歩の土台になるからです。
- 大きな計画より、完売した記録が信用を生む
壮大な事業計画は誰でも語れる。実際に買われた数字は嘘がつけない - 「売れた」という事実は、経験不足を補う
経営知識がなくても、市場が反応した証拠が説得材料になる - 数字は盛らず、正直な規模で示す
2万人という等身大の数字だからこそ、かえって信じられた
会社員が起業準備をするときも、同じことが言えます。「いつか大きく」より、「もう売れた」という記録のほうが、周囲の信用を動かします。
虎が突いた「FLR」と志願者の素直な受け止め方
感触が良くなる一方で、飲食の専門家である小林社長は、ビジネスとしての急所を見逃しませんでした。
ワンコイン以下で戦うファーストフードで、原価と人件費とロイヤリティの合計をどう抑えるか。フランチャイズ展開を掲げる以上、避けて通れない数字の話でした。2人はこの指摘の重さを、正直に受け止めます。経験がないことを認め、専門家のアドバイスを受けながらやっていきたいと、まっすぐに答えたのです。
ここで、この回のもうひとつの見どころが訪れます。虎たちが心を動かされたのは、完璧な回答ではなく、指摘を素直に受け入れる姿勢のほうでした。堀之内社長は、こう評しています。
拙著『起業神100則』でも、信用はゼロから積み上げるものだと書いています。知らないことを「知りません、教えてください」と言える素直さは、それ自体がひとつの信用になります。知ったかぶりで取り繕う人より、聞く耳を持つ人のほうが、結局は伸びるからです。
試食で決着し満額1800万円が成立
プレゼンの後半、シェネルさんたちは実際にケバ丼とケバブサンドを調理し、虎たちに試食を出しました。トルコの香辛料の香りがスタジオに広がると、虎たちの表情が一気にゆるみます。「うまい、パーフェクト」「ソースが美味しい」と、称賛が続きました。
味で場が温まったところで、小林社長はプロの視点から、なお具体的な提案を重ねます。丼とサンドでターゲットを分けるべきだ、香ばしさはウナギに匹敵する強みだ、野菜のトッピングで客層を広げられる。ダメ出しではなく、成功に近づけるための実践的な助言でした。そして、こう続けます。
こうして、3名の投資が決まります。堀之内社長・貞廣社長・小林社長が600万円ずつを出し、合計1800万円。希望額を満額で獲得する快挙となりました。「あなた方の姿勢に感動したから、裏切らんといてください」という小林社長の言葉が、この回の空気を象徴していました。
シェネルさんのその後と31歳での別れ
1800万円を得たあと、シェネルさんの動きは素早いものでした。堀之内社長の紹介で表参道にオフィスを構え、「グッドスタートカンパニー」を設立します。渋谷センター街に出店した「ayse(アイシェ)」は、後に「ミスターケバブ」として知られる店へとつながっていったと語られています。追加投資額などの後日談は公開情報に幅があるため、ここでは金額を断定せず、番組後に事業化へ進んだ流れを押さえておきます。
店の利益の一部を、トルコからの留学生向けの奨学金活動に寄付していたとも言われ、日本とトルコの友好にも力を注いでいたようです。ところが2010年、シェネルさんは31歳の若さで亡くなったと伝えられています。番組出演から約8年、夢を叶え、次の夢へ走り続けていた時期の出来事でした。
短い生涯でしたが、シェネルさんは「ケバブを日本に根づかせる」という志を形にしてみせました。日本でケバブが広がっていく流れの中で、あの回のプレゼンは記憶に残る一例になりました。
ケバ丼回から会社員が学べること

この回が教えてくれるのは、経験もお金もない状態から、どうやって信用を作るかという実践の型です。会社員が起業準備を進めるときにも、そのまま当てはまります。
ひとつめは、規模に関係なく「売れた記録」を持っておくこと。シェネルさんの武器は壮大な計画ではなく、学園祭で2万人に買ってもらった事実でした。会社の外でまず一件、有料で引き受けてみる。その一件が、次の一歩の信用になります。
ふたつめは、専門家の指摘から逃げないこと。FLRを問われて「勉強します」と答えた素直さが、かえって虎の心を動かしました。わからないことを認められる人は、周りから助けてもらえます。取り繕う人より、ずっと有利です。
みっつめは、なじみのない商品を、相手が知っているものの隣に置くこと。ケバブを「丼」にした発想が、その典型です。起業18フォーラムの会員さんの相談でも、自分のサービスを「よくあるあれの、こういう版です」と言い換えた途端、話が通じるようになった例はいくつもあります。
今日できることは、ひとつだけで十分です。あなたがこれまで会社の外で「ありがとう」と言われた場面を、思い出せる範囲で数えてみてください。それが、あなたの実績の記録の始まりになります。
よくある質問(FAQ)

Q.シェネルさんのケバブ店はその後どうなりましたか?
マネーの虎での資金調達後、渋谷センター街に「ayse(アイシェ)」を出店し、後に「ミスターケバブ」として知られる展開につながったと言われています。追加投資額などの後日談は公開情報に幅があるため、金額は断定しません。2010年、シェネルさんは31歳で亡くなったと伝えられています。
Q.ケバ丼とは何ですか?
ドネルケバブの肉を薄くスライスし、白ご飯の上に乗せ、特製ソースをかけた丼料理です。シェネルさんが考案した日本向けのアレンジで、吉野家の大盛りと同程度の量を440円で提供する計画でした。トルコではドネルケバブは、ラーメンやそばのように日常的に食べられています。
Q.経験もお金もない志願者が、なぜ満額の1800万円を得られたのですか?
大きく3つの理由があります。学園祭で4年間に2万人へ売った実績で「絵に描いた餅ではない」と示せたこと。FLR(原価・人件費・ロイヤリティ)の指摘を素直に認め、聞く耳を持つ姿勢を見せたこと。そして試食で味そのものを証明したことです。虎たちが繰り返した「本物だと思う」という評価が、その決め手でした。
「まず試して実績を作る」考え方は、会社員の起業準備でも同じように効きます。あなたがすでに持っている経験の棚卸しには、実際の会員さんの起業アイデア事例が参考になります。
あの2人が虎を動かしたのは、才能ではなく、正直さと売れた記録でした。実績ゼロに見える人でも、探せば必ず「誰かに喜ばれた一件」が見つかります。そこから始めれば、あなたの一歩も十分に届きます。

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