記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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「いつか起業してみたい。でも、貯金を全部つぎ込んで失敗したら戻れない」。そう感じて一歩を止めている方は少なくありません。リスクを抑えた起業準備の核心は、失う額の上限を先に決め、その範囲だけで小さく試すことにあります。

多くの起業ノウハウは「スモールスタート」「働きながら準備」「初期費用の小さい業種」といった項目を並べて終わります。しかし、本当に怖いのは項目を知らないことではなく、どこまでお金と時間を投じてよいのか、その上限が決まっていないことです。
この記事では、起業18フォーラムが26年の支援現場で見てきた「低リスクで起業準備を進める人」の共通点を、失う額の管理という一点から整理します。会社の給料という土台を残したまま、自分が許容できる範囲で何度でも試せる状態をつくる進め方を解説します。
低リスクの起業準備とは「失う額の上限を決める」こと
起業のリスクを「ゼロにする方法」を探す方は多いのですが、事業である以上、リスクをゼロにはできません。代わりにできるのは、最悪でもいくらまでなら失ってよいかを自分で決め、その金額の中だけで動くことです。これが低リスク起業準備のいちばん土台になる発想です。
たとえば「失ってよいのは20万円まで」と先に決めておけば、初期投資も、広告に使う額も、その枠を超えない範囲で設計することになります。枠を超えそうになったら、それは事業の拡大ではなく、撤退ラインを越えた賭けに変わったというサインです。

では、そもそも起業をためらう人は何を恐れているのでしょうか。日本政策金融公庫の「2020年度 起業と起業意識に関する調査」では、起業に関心はあるが踏み切れない理由として「自己資金が不足している」が最多で46.8%、「失敗したときのリスクが大きい」が34.4%を占めました。ここから読み取れるのは、人を止めているのはアイデアの不在ではなく「失う怖さ」だということです。
つまり、恐れている当の「失う額」を自分でコントロールできれば、起業準備の心理的なハードルは大きく下がります。資金不足が不安なら投じる額を小さくし、失敗が怖いなら失っても生活が揺るがない範囲に固定する。恐怖の正体である金額に、先に天井をつけてしまうのが低リスク起業の本質です。
いきなり辞める準備と、給料を残す準備の違い

同じ「起業準備」でも、会社を辞めてから始めるか、給料を残したまま始めるかで、失う額の上限はまったく変わります。両者を並べると違いがはっきりします。
| いきなり辞めて準備 | 給料を残して準備 | |
|---|---|---|
| 必要な生活費 | 半年〜1年分を貯蓄から取り崩す | 給料でまかなえる |
| 失敗時の損失 | 投資額+無収入期間の生活費 | 投資額のみ(上限を決めやすい) |
| 試せる回数 | 資金が尽きるまでの一発勝負になりがち | 枠内なら何度でも試せる |
| 社会保険 | 国民健康保険・国民年金を全額自己負担 | 会社の社会保険を継続できる |
いちばん大きい差は「失敗時の損失」です。会社を辞めると、事業に投じたお金だけでなく、収入が途切れている間の生活費まで損失に含まれます。一方、給料を残せば、損失は事業に投じた額そのものに限定されます。給料という土台が残っているほど、許容できる失う額の上限は低く抑えられ、結果としてリスクは小さくなります。
社会保険の差も見逃せません。在職中は健康保険・厚生年金の保険料を会社と折半でき、雇用保険・労災保険も会社負担分があります。退職してこれらを自分で全額負担すると、毎月の固定費が一気に増え、事業の収支を圧迫します。いきなり脱サラすると、事業がうまくいく前に生活コストの上昇で体力を削られてしまうのです。

働きながら起業すること自体は、特別なことではありません。日本政策金融公庫の調査でも、勤務しながら起業した人は多く見られます。まずは辞める前提を外し、給料を残したまま始められないかを最初に検討してみてください。
小さく始める3つの選択肢と費用の目安

失う額の上限を決めたら、その枠で始められる事業の形を選びます。給料を残しながら進める場合、現実的なのは次の3つです。
1.個人事業として小さく始める
誰かに雇われるのではなく、自分が事業主として仕事をする形です。開業のハードルは年々下がっており、クラウドソーシングやネットショップ作成サービスを使えば、特別な設備がなくても始められます。開業届は、継続的に事業として行うと決めた段階で、提出時期や税務上の扱いを確認して進めます。形だけ先に整えても、実態が伴わなければ意味がありません。

中小企業庁の「2019年版 中小企業白書」でも、働きながら小さく起業した人の中には、比較的少ない開業費用で始めた層が多く見られます。この事実が示すのは、最初から大きな資金を用意しなくても、検証から始める道はあるということです。
2.月数万円を目指す「プチ起業」から入る
いきなり生計を立てるのではなく、まずは月に数万円の収入を目指す入り方です。家事や育児、本業で時間が限られる人でも始めやすく、ビジネスの基本を実地で学ぶ練習台になります。失う額が小さいぶん、合わなければすぐに方向を変えられるのが強みです。

東京都が運営する起業支援拠点「TOKYO創業ステーション」も、本格的な起業への入口として小さな規模で試す動き方を後押ししています。逆に、最初から大きな目標と大きな投資を設定すると、撤退の判断が遅れて損失が膨らみます。
3.資金調達はせず、自己資金の枠内で回す
準備段階での借入は、低リスク起業とは相性が悪い選択です。政府系金融機関は金利が低いとはいえ借金は借金で、返済義務が固定費になります。業歴のない個人が民間銀行から融資を受けるのは難しく、無理に借りれば失う額の上限が一気に跳ね上がります。
準備期は、決めた枠の自己資金だけで回すのが原則です。会社の給料があれば、運転資金は給与所得から少しずつ補えます。資金調達を検討するのは、事業が回り始め、投資すれば伸びると確信できてからで遅くありません。
会社を辞めずに進める人が踏む順番

低リスクで進める人ほど、思いついた順ではなく、失う額が小さくなる順番で動いています。起業18フォーラムの会員さんの例で、その流れを具体的に見てみます。
大阪のメーカーで品質管理を担当していた木下さん(仮名・42歳)は、独学で輸入雑貨のネット販売を始めて在庫を抱え込み、最初の1年で約38万円の赤字を出しました。「とにかく仕入れて売る」という自己流のやり方で、失う額の上限を決めずに走ってしまったのです。在庫リスクの大きさに気づかないまま規模を広げたことが、赤字の最大の原因でした。
その後、起業18フォーラムの勉強会で「先に撤退ラインを決め、在庫を持たない形から試す」という考え方を学び、進め方を組み直しました。会社は辞めず、給料を土台にしながら、受注してから仕入れる方式に切り替えたところ、立て直しから10ヶ月目で月18.6万円の利益が安定し、現在は本業の収入を超えない範囲で着実に伸ばし続けています。同じ人でも、順番と上限の置き方を変えただけで結果が逆転したのです。

木下さんがたどり直した順番を、そのまま使えるステップに整理します。
- 失ってよい金額の上限を先に決める(生活が揺るがない範囲)
- 在庫や固定費の少ない形を選ぶ(受注後仕入れ・無在庫・スキル提供)
- 小さく売って反応を確かめる(数万円の収入を最初の目標に)
- 続けられると分かってから開業届を出す(実態が事業に追いついた段階)

拙著『会社員が働きながら月30万円を稼ぐ起業法』でも繰り返し書いているのですが、勤め人という立場は、失敗の損失を給料で吸収できる稀有なポジションです。その強みを活かすには、辞めてから動くのではなく、給料があるうちに小さく試して当たりを見つけることが近道になります。
見落としやすい4つの落とし穴

金額の管理を整えても、手続きや職場との関係でつまずく人は少なくありません。準備段階で押さえておきたい落とし穴を4つに絞ります。
1.就業規則を先に確認する
厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」によれば、勤務先以外で事業を持つこと自体は法律で禁じられていません。ただし、勤め先の就業規則で制限されている場合があり、特に競合する事業や、本業に支障が出るほどの稼働は懲戒の対象になり得ます。届け出ればよいとする会社も増えているため、まず自社の規則を読むことが出発点になります。なお公務員は原則として制限されている点に注意が必要です。

2.職場の人間関係に配慮する
制度上は問題なくても、勤務時間中に事業の作業をしたり、繁忙期に手を抜いたりすれば、同僚や上司の信頼を失います。懲戒に至らなくても、職場での評価が下がれば居心地が悪くなり、結局は事業に集中できなくなります。給料という土台を守るためにも、本業はきちんと務めることが前提です。

3.体力と時間の配分を無理しない
本業と準備を欲張って詰め込み、消耗してしまう人もよくいます。睡眠を削って続けられる期間には限りがあります。最初は無理のない時間配分でスケジュールを組み、続けられるペースを優先してください。低リスク起業は、短距離走ではなく持久戦です。
4.税金の扱いを早めに知っておく
税金の手続きは、勤め人のうちは会社がほぼ代行してくれますが、自分で事業をすると確定申告が必要になります。事業による所得(売上から経費を引いた額)が年間20万円を超えなければ所得税の確定申告は不要ですが、その場合でも住民税の申告は必要です。売上ではなく「売上から経費を引いた額」で判定される点を、最初に理解しておくと慌てません。
よくある質問

Q.失ってよい額は、いくらに設定すればよいですか?
正解の金額はありませんが、目安は「失っても半年先の生活が揺るがない範囲」です。会員さんの例では10万〜30万円から始める方が多く、まずは小さめに設定し、続けられる手応えを得てから枠を広げるのが安全です。最初に上限を決めておくと、勢いで使いすぎるのを防げます。
Q.開業届はいつ出すのが正解ですか?
継続的に事業として行うと決めた段階で、提出時期や税務上の扱いを確認して進めましょう。準備段階では届け出だけを急ぐ必要はありませんが、実際に事業を始めた後は手続きの期限や青色申告の承認申請なども関係します。迷う場合は税務署や専門家に確認すると安心です。
Q.お金をかけずに起業準備はできますか?
できます。中小企業庁の「2019年版 中小企業白書」でも、働きながら小さく起業した人の中には、比較的少ない開業費用で始めた層が多く見られます。無在庫の物販やスキル提供など、初期費用の小さい形を選べば、数万円規模から準備を始められます。
Q.就業規則で制限がある会社でも起業準備はできますか?
就業規則の内容を必ず確認してください。届け出れば認める会社も増えています。制限がある場合でも、情報収集やスキル習得など、収入を伴わない準備は進められます。判断に迷う場合は、自社の規則を読んだうえで、人事や信頼できる窓口に確認するのが安全です。
まとめ:上限を決めれば、起業準備は怖くない

リスクの低い起業準備とは、危険を避けて何もしないことではなく、失ってよい額の上限を自分で握り、その枠の中で小さく試し続けることです。給料という土台を残すほど、その上限は低く抑えられます。
恐れている「失う怖さ」は、金額に天井をつけた瞬間に大きく和らぎます。まずは失ってよい額を一つ決め、在庫や固定費の少ない形で、数万円の収入から試してみてください。上限さえ握っていれば、一度うまくいかなくても、勤めを続けるあなたは何度でも挑戦できます。
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