記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
メーカーで働く40代です。1年ほど前から週末に起業の準備を進めてきて、ようやく小さな試作サービスを人に見てもらえる段階になりました。そこへ先週、地方拠点への転勤の内示が出ました。引越しや新しい部署への適応を考えると、とても準備どころではない気がします。せっかく続けてきた起業準備は、いったん中断すべきでしょうか?

● 回答
内示を受けた日の帰り道は、頭の中が引越しの段取りでいっぱいになりますよね。机に向かっても、準備ノートより先に住まいの検索画面を開いてしまう。その状態で続けるかどうかを自分に問えば、中断に気持ちが傾くのは自然なことです。
ただ、結論を急ぐ前にひとつだけ確認させてください。転勤の内示で問われているのは「中断か継続か」の二択ではなく、「どの準備を手放し、どの準備を連れていくか」という仕分けです。順番にほどいていきましょう。
不安をひとかたまりのまま抱えない
「とても準備どころではない」と感じるとき、不安はたいてい、ひとかたまりのまま膨らんでいます。相談の現場で話を聞きながら整理すると、転勤にまつわる不安は、おおむね次の3つに分かれます。
- 時間の不安:
引越しと新しい職場への適応で、準備に使える時間が消えてしまうのではという心配 - 環境の不安:
応援してくれた仲間や、試しに使ってくれたお客さまと物理的に離れてしまう心配 - 気持ちの不安:
一度止めたら、そのまま二度と再開できなくなるのではという心配
こうして分けてみると、性質の違いが見えてきます。時間と環境の不安は、これから書くとおり対処を設計できます。設計できれば、3つ目の気持ちの不安は自然と小さくなっていきます。
「場所に縛られる準備」と「連れていける準備」に仕分ける
対処の鍵は、手元の準備項目を「その土地でしかできないもの」と「どこへ移っても続くもの」に分けることです。対面の試食会や地域の商談は前者、商品設計や発信、オンラインでの相談対応は後者に入ります。
そもそも転勤は、例外的な出来事ではありません。労働政策研究・研修機構(JILPT)が2017年に公表した「企業の転勤の実態に関する調査」では、総合職のほとんどに転勤の可能性があると答えた企業が33.7%にのぼります。
このJILPTの調査では、転勤命令の決定方法について「会社が主導して決める」に近いと答えた企業が合わせて79.7%でした。勤め先に身を置く限り、住む場所は自分ひとりでは決めきれないのが現実です。
だからこそ、発想を一段変える価値があります。住む場所を会社が決めるなら、事業の重心は「場所が変わっても続くもの」に置いておくほど強くなります。今回の内示は、その重心を確かめる機会でもあります。
劣後順位リストで「やらないこと」を先に決める
仕分けができたら、次は新生活の中での続け方です。ここで使えるのが、拙著『会社を辞めずに朝晩30分からはじめる起業』で紹介している「劣後順位リスト」という考え方です。優先順位の逆で、先に「やらないこと」を決めるリストです。
転勤後の数か月は、時間が細切れにしか取れません。その状態で全部を少しずつ進めようとすると、どれも中途半端になって気持ちが折れます。新天地での交流会参加、SNSの毎日更新、新メニューの追加。引越し後の3か月はやらない、と先に紙に書いてしまうのです。
会員の葛西さん(仮名・40代・メーカー勤務)からも、内示の翌週に「正直、全部やめてしまおうかと思いました」という相談が届いたことがあります。当初は引越しと両立できる気がしなかったそうですが、話を整理してみると、手放したくないものは試作サービスの改良ひとつだけでした。残りは堂々と棚上げにして引越しを越え、現在もその一行だけは手を止めずに続けています。
やらないことを決めるのは、後退ではありません。続けるための土台づくりです。準備リストから「これだけは劣後させない」という一行を選び、それ以外には締切を付けないでください。それが転勤期の続け方の骨格になります。
よくある質問
転勤と起業準備の両立について、相談の現場でよくいただく質問にお答えします。
Q.単身赴任になりそうです。家族と離れてまで準備を続ける意味はありますか?
単身赴任には、平日の夜を自分の裁量で使えるという側面もあります。家族との時間が減るぶん、週末は家族に充て、平日の朝晩を準備に充てると区切る方が長続きしています。赴任後の最初の1週間は、夜の30分がどこに転がっているか、メモだけ取ってみてください。型が見つかれば、離れて暮らす期間が準備の助走期間に変わります。
Q.引越しのあいだは完全に手が止まりそうです。再開できるでしょうか?
止まること自体は問題ではありません。怖いのは、再開の日付を決めずに止まることです。荷ほどきが終わる週の日曜など、具体的な再開日を先にカレンダーへ入れておくと、休止が「中断」ではなく「予約済みの休み」に変わります。再開初日は、準備ノートを読み返すだけでも十分に前進です。
引越しの準備リストに、ひとつだけ項目を足してみてください。手元の起業準備のうち、転居先でもそのまま続けられるものはどれか。今夜ノートを開いて確かめるだけで、内示に揺さぶられた気持ちに芯が戻ります。

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