記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
会社に勤めながら、品質管理の経験を活かして図面チェックの仕事を業務委託で受け始めました。ありがたい話なのですが、契約書に「生じた損害の一切を賠償する」と書かれているのを見て、急に怖くなりました。
もし自分の見落としでお客様に損害を与えてしまったら、勤め先や家族の生活にまで影響が出るのでしょうか。賠償責任保険には、入っておくべきなのでしょうか?

● 回答
取り返しのつかない事態になったら、勤め先も家族も巻き込んでしまう。業務委託の話でためらうのは、たいていこの一点です。契約書に賠償額の上限と対象となる損害の範囲を定めることは、個人で受ける仕事のリスクを限定する基本策です。ただし、上限条項が実際に適用されるかは、契約全体の文言や損害の原因などによって変わります。一文を足せば、どのような場合も必ずその金額で止まるというものではありません。
2024年11月1日に施行されたフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、同法の対象となる業務委託について、発注事業者に給付の内容・報酬の額・支払期日といった取引条件を、書面や電磁的方法で明示する義務があります。条件を文書にする場面が制度として用意されたのですから、受ける側から責任の範囲を書き足す相談をしても、失礼にはあたりません。
賠償の不安は3つに分けられる
「損害賠償」という言葉のままにしておくと、金額も原因も無限に大きく見えます。ただ、実際に起きるものは次の3種類にほぼ収まります。どれが自分の仕事で起こりうるかが分かると、手を打つ順番も決まります。
- 作業中の事故:
訪問先で機材を倒す、預かった資料を汚すといった対人・対物の損害 - 納めたものの問題:
成果物の不具合や納期の遅れによって相手の業務が止まる損害 - 情報と権利:
預かった個人情報の流出、確認漏れによる著作権の侵害
仕事の種類で起きやすい賠償は変わる
拙著『1億円稼いでいる人は何をしているのか?』では、売り買いを「物・サービス・ノウハウ・場や機会」の4つに分けて紹介しています。この分け方は、そのまま賠償リスクの見取り図として使えます。自分が売っているものがどれかで、警戒すべき事故の種類が変わるからです。
| 売っているもの | 起きやすい賠償 | 先に決めること |
|---|---|---|
| 物(制作物・ハンドメイド) | 品質の不具合、配送中の破損 | 検品の基準と返品の範囲 |
| サービス(作業・施術・訪問) | 作業中の対人・対物事故 | 作業場所と立ち会いの条件 |
| ノウハウ(相談・執筆・設計) | 助言の結果への責任、著作権 | 成果を保証しない旨の明記 |
| 場や機会(教室・イベント) | 会場での事故、名簿の流出 | 会場側の保険と名簿の扱い |
図面チェックのように、人の判断そのものが価値になる仕事はノウハウ型です。物を壊す事故より、判断の結果を問われる形の請求が中心になります。
保険より先に契約書の上限を決める
この順番が逆になっている方が、本当に多いのです。保険は支払える上限が決まっている商品です。契約書のほうが「一切の損害」と青天井のままなら、上限のある保険では埋まらない部分がそのまま残ります。
実務では、賠償額の上限をその契約の委託料の範囲に収める書き方が使われることがあります。上限の一文を入れてほしいと切り出すことは、取引条件を確認するための相談です。故意や重大な過失を上限の対象外とする条項もあり、上限条項の有効性や適用範囲は契約文言と個別の事情によって変わります。
- 賠償額の上限:
その契約で受け取る委託料の総額を上限とする一文 - 責任の範囲:
逸失利益など間接的な損害を除く旨の一文 - 再委託と検収:
どこまでが自分の担当か、いつ検収が終わるかの線引き
白鳥さんが契約更新の月に見直したこと
起業18フォーラムの会員さんに、白鳥さん(仮名・50代前半の女性)という方がいます。化粧品会社の品質保証部門に長く勤めています。その仕事を続けたまま、化粧品や日用品のパッケージ表示チェックを受託してきました。もともとは知人の紹介だけで、契約書もなくメールのやり取りで進めていたそうです。
年度が替わる4月、取引先が正式な業務委託契約書を用意してきました。そこに「乙は甲に生じた一切の損害を賠償する」の一文があり、白鳥さんは押印できずに止まりました。表示の見落としが刷り直しや回収につながる場面は、勤め先の仕事で何度も見てきました。単価も件数も上げたいのに、印を押した瞬間に家の貯金まで請求されるのではないかと感じたそうです。
止まったままだった押印が動いたのは、起業18フォーラムの勉強会に出た月のことでした。委託で仕事を受けている会員さんが、上限の一文を入れてほしいと切り出したときのやり取りを、そのまま話してくれたのです。相談を持ちかけても取引が消えるわけではないと、白鳥さんはそこで実例として知りました。
翌週、白鳥さんは委託料の総額を上限とする一文と、間接的な損害を除く一文を先方に提案しました。返ってきたのは、上限を1件ごとではなく年間の総額に直す修正だけで、条項そのものは通りました。
その後は賠償責任保険にも加入し、それまで断っていたシリーズ商品の一括チェックまで引き受けています。次の年度の更新を終えた今は、同じ1件でも責任の線が引けているぶん単価を上げて話ができるようになったと振り返っていました。
保険は上限を決めたあとの穴埋め
契約書で線を引いたうえで、それでも残る部分を埋めるのが保険です。どのくらいの備えが用意されているのかは、公開されている条件で確かめられます。
たとえばフリーランス協会の一般会員(年会費10,000円)には、賠償責任保険が自動で付いています。同協会が公開している補償内容では、業務遂行中と業務結果による損害賠償金が一連の損害賠償請求あたり1億円、受託財物・業務過誤・情報漏えいは各1,000万円が支払限度額です(2026年7月26日確認)。
納品物の不具合や著作権侵害、偶然な事故による納期の遅れといった、物を壊すわけではない請求も補償例に含まれています。ただし、契約で特別に加重された責任や一部の専門職業行為など、保険金が支払われない場合もあります。補償名だけで判断せず、自分の業務と免責事項を照らし合わせる必要があります。
どの保険が自分に合うかは仕事の中身で変わりますから、ここで特定の商品をすすめることはしません。判断の材料として、相談窓口にどのような内容が寄せられているかも見ておきます。
厚生労働省の委託事業として第二東京弁護士会が運営する「フリーランス・トラブル110番」には、令和6年度の1年間で12,323件の相談が寄せられました。最新公表分の令和8年4月から6月までの相談内容では、「報酬の支払い」が29.5%、「契約条件の明示」が15.9%です。相談内容は1件に複数含まれる場合、それぞれを1件として集計されています。
同じ令和8年4月から6月までの集計では、「発注者からの損害賠償」は8.5%でした。報酬や契約条件より割合は低いものの、独立した相談区分として計上されています。
今日は、賠償責任保険の見積もりを1件だけ取ってみてください。入るかどうかは後で決めればよく、条件が数字で並ぶだけでも、漠然とした怖さは金額のついた検討事項に変わります。
- 対象になる事故:
納品物の不具合や情報漏えいまで含むかどうかの範囲 - 支払限度額:
1事故あたりと保険期間中で分けて示される上限の金額 - 自己負担額:
保険金を受け取るときに自分で負担する免責の設定
返ってきた金額と補償の範囲は、手元の契約書の賠償条項と並べて読んでみてください。保険で埋まらない部分が見えたら、それがそのまま先方に相談する材料になります。
相談の現場では、条項を確認するようになった方ほど、断る案件と受ける案件の線引きがはっきりしていきます。怖いから受けない、ではなく、条件が合わないから受けないと言えるようになるからです。
条項の一文を足す前に、そもそも見積書と契約書をどう作るかで迷う場面も出てきます。金額の決め方や検収の書き方まで含めて、書面の形をひととおり見ておくと、賠償条項の相談も進めやすくなります。

いくら請求されるか分からないことが怖さの理由だったなら、相手と合意した上限条項と補償条件を手元に置くことで、受けられる仕事と避ける仕事を具体的に判断しやすくなります。
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