記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
会社に勤めながら、3年ほど前から週末に事務作業の代行を引き受けています。いちばん最初に頼んでくれた方には、相場も分からないまま安い金額を伝えてしまい、その金額のまま今も続いています。
作業量は増えているのに、こちらから料金の話を切り出せません。途中から料金を変えてもいいのでしょうか?

● 回答
付き合いが長い相手ほど、料金の話は切り出しにくくなります。ただ、3年前の金額のまま作業量だけが増えているのは、我慢が足りないからではありません。料金は途中からでも変えられますが、先に決め直すのは範囲・回数・納期という引き受け方の条件です。金額は、その条件に合わせてあとから出します。数字だけを書き換えると、相手の目には「同じものが高くなった」としか映りません。
言うか黙って続けるかの二択になりやすい理由
この手の相談で多いのは、「値上げを言う」か「このまま黙って続ける」かの二択で行き詰まっている状態です。二択にすると、どちらを選んでも後味が悪くなります。言えば関係が壊れそうで、黙れば頼まれるたびに気持ちがすり減っていきます。
けれど、二択のあいだにはもう一本、道があります。金額に触れる前に、引き受ける中身の線を引き直すやり方です。順番を入れ替えるだけで、話は「お金の交渉」から「仕事の設計の相談」に変わります。
切り出せないのは、勇気が足りないからではありません。どこまでやるかが決まっていないので、いくらが妥当かも言えません。理由はそれだけです。
金額の数字だけを動かすと断られやすい
ここで一度、外の数字を借ります。中小企業庁が公表した価格交渉促進月間(2026年3月)のフォローアップ調査(2026年6月26日公表)では、価格交渉が行われた割合は90.7%、実際のコスト上昇分のうち価格へ転嫁できた割合の平均は54.2%でした。54.2%は交渉が成立した件数の割合ではありませんが、調査対象の受注側中小企業では、価格の話し合い自体は広く行われています。
同じ調査には、コスト要素ごとの転嫁率も出ています。中小企業と発注企業の取引を対象とした調査なので、個人の既存顧客との取引をそのまま表す数字ではありませんが、説明材料を考える参考にはなります。
原材料費の転嫁率が55.7%だったのに対し、労務費は50.0%でした。この調査では、労務費の転嫁率が原材料費より低く出ています。個別の値上げ理由まで示す数字ではないため、自分の取引では、増えた作業や対応回数を相手の目に見える形へ置き換える必要があります。
- 金額だけを提示:
同じ作業が高くなっただけに見え、他と比べる材料を相手に渡す結果 - 理由が自分都合:
「生活が」「相場が」では相手の判断材料にならず、社内で通す言葉にもならない状態 - 相談ではなく通告:
来月から変更と一方的に伝えると、断る以外の選択肢が相手に残らない形
範囲・回数・納期を先に決め直す
先に決め直すのは、次の3つです。ここが決まると、金額は「その条件ならいくら」という形で自然に出てきます。
- 範囲:
どこからどこまでを引き受け、どこから別料金にするかの線引き - 回数:
月に何回まで、修正は何往復までという上限の明示 - 納期:
通常は何営業日で、急ぎの差し込みはどう扱うかの区別
この3点を紙に書き出すのは、細かい人がやる特別な作業ではありません。2024年11月1日に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法では、同法の対象となる業務委託について、発注事業者に給付の内容・報酬の額・支払期日などを書面か電磁的方法で明示する義務が定められています。条件を文字にしておくことは、いまの取引ではすでに前提になっています。
つまり、あなたが条件を書いた紙を差し出しても、相手にとっては見慣れたものです。まず範囲・回数・納期の3行だけを書いた紙を1枚用意し、そこに新しい金額を添えてください。金額から入る話し合いより、はるかに角が立ちません。
徳永さんが3ヶ月分の記録で見つけた時給の開き
起業18フォーラムの会員に、徳永さん(仮名)という50代前半の男性がいます。事務用品の販売会社で受発注を担当しながら、週末は別の3社から在庫管理表づくりとデータ整理を引き受けてきました。当初、いちばん最初のお客様に伝えた金額は月8千円でした。3年のあいだに扱う品目は倍になりましたが、金額はそのままです。
徳永さんが動いたきっかけは、誰かの一言ではありません。自分から、3ヶ月だけ作業時間を表計算ソフトに記録し、入金額と並べてみたのです。すると、最初のお客様に月の作業時間の4割を使っていて、時間あたりに直すと他の2社の半分以下でした。
その記録を持って、徳永さんは起業18フォーラムの勉強会に参加しました。別の会員から、金額を先に動かして断られた話と、引き受ける範囲と回数を書き直したら通った話の両方が出たそうです。帰り道で自分の記録と並べ直し、手をつける場所が金額から引き受け方へ移ったと話していました。
そのあと徳永さんが取りかかったのは、条件の作り直しです。在庫管理表の作成は月2回まで、それ以上は別料金、急ぎの差し込みは翌営業日以降という3行にまとめました。これを先に相手と確認し、その条件でいくらになるかを一緒に見てもらったそうです。翌年の春には、残る2社にも同じ3行を出しました。現在は、最初のお客様の在庫管理表づくりが月8千円から月1万5千円で続いています。
切り出すタイミングと最初に伝える一文
いつ言うかは、内容と同じくらい効きます。月の途中や、相手が急いでいる最中は避けてください。向いているのは、次の依頼が来たとき、見積もりを出し直すとき、年度や期が変わるときの3つです。どれも「これからの話」として自然に切り出せます。
最初の一文は、金額から始めないでください。「いつもありがとうございます。来月の分から、お願いする範囲を一度そろえさせてください」で十分です。範囲の話として始めれば、相手も断る前に中身を見ます。
拙著『会社で働きながら6カ月で起業する』では、完璧主義は起業準備の最大の敵のひとつだと紹介しています。値上げの切り出しも同じで、相手が必ず納得する完璧な理由をそろえてから言おうとすると、その日はいつまでも来ません。範囲・回数・納期の3行は、20点の出来で十分です。安く受けた過去を責めるより、次の1件をどう受けるかを決めるほうが、事態ははるかに早く動きます。
それでも離れていく相手をどう見るか
条件を決め直しても、離れる相手はいます。ここは正直に書きます。ただ、離れた相手が空けた時間は、そのまま次の依頼を受ける余白になります。数人のお客様で回している段階で、いちばん足りないのは時間です。
それに、あなたには勤め先の給与という土台があります。全部が同時に離れるわけでもありません。1社ずつ、付き合いの長い相手から順に条件をそろえていけば、離れた場合の痛手も限られます。
次にその方から連絡が来たら、金額の話は後回しにして、「お願いする範囲を一度そろえたい」とだけ口に出して伝えてみてください。全員に一斉に切り出す必要はありません。付き合いのいちばん長い1人に相談する形で十分です。
- 順序:
金額より先に範囲・回数・納期を決め直すこと - タイミング:
次の依頼・見積もりの出し直し・期の変わり目という3つの機会 - 切り出し方:
値上げの通告ではなく、範囲をそろえる相談として
そもそもの値付けの土台が定まっていないと、範囲を書き直しても金額でまた迷います。単価の決め方そのものは、次の見積もりを出す前に一度確かめておいてください。

安く受けてしまった過去は、もう変えられません。変えられるのは、これから何をどこまで引き受けるかです。そこを決め直したとき、金額は結果として後からついてきます。
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