記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:
● 質問
Web系のエンジニアで、受託開発の会社に勤めています。休日の個人開発を3年ほど続け、アプリやツールをいくつも作って公開しましたが、ほとんど誰にも使われず、売上もゼロのままです。
技術はそれなりに身についたはずなのに、なぜ作ったものが売れないのかわかりません。いずれは自分の開発で起業したいのですが、この「作ったのに売れない」壁は、何から手をつければ越えられるのでしょうか?

● 回答
まず切り分けたいのは、売れない原因が技術力の不足ではない、という点です。3年も個人開発を続けられたなら、手を動かす力はもう十分に足りています。
個人開発したものが売れないのは、腕が足りないからではなく、作る前に「誰の困りごとか」を確かめる順番が抜けているからです。技術を磨く方向ではなく、確かめる順番のほうに、壁を越える鍵があります。
エンジニアは、思いついたものを自分の手で形にできてしまいます。だからこそ、まず作って、できあがってから売り先を探す順番になりがちです。作り終えてから「これは誰が欲しいのだろう」と考え始めると、答えの出ないまま、公開したものの数だけが増えていきます。
この順番になりやすい背景を考える材料として、所属先の違いがあります。情報処理推進機構(IPA)が2023年3月に公表した「DX白書2023」印刷書籍版の追記情報によると、情報処理・通信に携わる人材のうちIT企業に所属する人の割合は、日本が2020年国勢調査で73.6%、米国は2021年の職業別雇用・賃金統計で35.1%です。日本のほうがIT企業への偏在が大きいことがわかりますが、この数字だけで受託開発に携わる人の割合や業務内容までは特定できません。
ただ、質問者のように受託開発で仕様や要件を受け取って作る経験が中心なら、「誰の困りごとを解くのか」を自分で確かめる機会が少なかった可能性があります。所属先の統計と本人の経験を分けて、自分に足りない工程だけを補えばよいのです。
- 相手:
困りごとを確かめる実名の一人 - 環境:
勤務先の端末・時間・情報と切り離した開発環境 - 判断:
作り込む前に確かめる利用意向と支払意思
「売れない」の正体は技術ではない
では、なぜ人に確かめる前に、作り込むほうへ向かってしまうのか。拙著『会社を辞めずに朝晩30分からはじめる起業』の第2章では、行動を止めてしまう3つの言い訳として「なんとなく怖い」「自信がない」「決心できない」を紹介しています。作ったものを人に見せるのが怖い、まだ完成度が低くて自信がない、公開する決心がつかない。この3つは、そのまま個人開発を手元に抱え込んでしまう理由と重なります。
コードを書き続けている時間は、エンジニアにとっていちばん居心地のいい場所です。作り込みを止められないのは、その居心地のよさから出たくないという、コンフォートゾーンの問題でもあります。腕の問題ではありません。
完成度を上げる前に、そのツールを本当に使いそうな相手を、実名で一人だけ思い浮かべてください。
作る前に確かめる
順番を逆にするといっても、難しいことはしません。作り込む前に、その相手へ「こういうものがあったら使いますか? いくらなら出しますか?」と聞いてみるだけです。先に相手の答えを聞いておけば、作るべきものと、作らなくていいものが、手を動かす前にはっきりします。反応が薄ければ、時間をかけて作り込む前にやめられます。これは腕を落とすのではなく、腕を向ける先を先に決める作業です。
勤務先に籍がある状態で個人開発をする場合は、就業規則、秘密保持、競業、知的財産の帰属も先に確認します。会社のパソコン、アカウント、開発環境、勤務時間、非公開情報を使わず、自分の設備と時間で進めてください。
個人開発から受注に変わった例
手を止めて人に会いに行ったのは、3年分のアプリが一つも使われないと気づいたあとでした。志田さん(35歳・仮名)は、受託開発の会社に勤めるWeb系エンジニアで、休日の個人開発を3年続けていました。技術記事で見た便利そうな機能を、次々と自分のツールに足していく。ただ、公開しても反応はなく、ダウンロードもほとんど伸びないままでした。
きっかけは、起業18フォーラムの勉強会でした。別の会員は、作り込む前に必ず見込みの相手へ試作を見せ、いくらなら払うかを先に尋ねていました。そのやり方を知った志田さんは、自分が一度もそれをしていなかったと気づきました。そこで作り込みをいったん止め、勉強会で知り合った小規模事業者に、作りかけのツールを見せて「これ、いくらなら使いますか」と聞きました。前職の顧客名簿や非公開の連絡先は使っていません。
返ってきたのは「この画面のここだけ直してくれるなら、3万円出す」という、想像とは違う一言でした。志田さんが磨いていた機能ではなく、相手が困っていたのは別の一箇所だったのです。その一件が最初の受注になり、直したものを見た同業者から次の相談が届きました。誰にも使われなかった3年間で動かなかったものが、一人に聞いた一日で動き始めたのです。
その後は、直した相手が同業者を紹介してくれる流れが続きました。最初は月に2件ほどだった相談は、13ヶ月目には月5件まで増えました。1件あたり3万円ほどの修正や機能追加で、受託の仕事として月15万円ほどが毎月積み上がっています。
作ったものが初めて「使われる」側に回り、次の相談が向こうから届くようになったことが、3年間の個人開発では一度もなかった変化でした。
- 誰に見せる:
そのツールを本当に使いそうな、顔の浮かぶ実名の一人 - 何を聞く:
完成品の感想ではなく、利用意向と支払意思を確かめる質問 - どうする:
反応が薄ければ中止し、手応えがあれば必要な部分だけを仕上げる判断
ここでお伝えしたいのは、志田さんは新しい技術を身につけて逆転したわけではない、という点です。持っていた腕はそのまま、向ける先を変えただけです。日本政策金融公庫が2025年12月5日に公表した「2025年度新規開業実態調査」によると、開業者のうち「勤務経験」のある割合は97.6%です。あなたが3年の個人開発で積んだ経験も、確かめる順番さえ整えば、そのまま独立するときの元手になります。
最初の一人から「いくらなら出す」と言われる経験は、コードを書く時間とは別の、小さな成功体験です。これが積み重なると、人に見せるのが怖いという最初の言い訳は、自然と薄れていきます。
作りかけのままで構わないので、手元のものを一人に見せて、いくらなら払うかを聞いてみてください。

勤めを続けているうちは、たとえ反応が薄くても、暮らしが揺らぐことはありません。だからこそ、完成を焦る必要はないのです。作り込む前に確かめるこの順番が、あなたの3年を、起業へ進む力に変えてくれます。
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