記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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● 質問
いま考えている事業の構想を、まだ誰にも話していません。人に話したら真似されるのではないかと怖くなって、家族にも同僚にも黙ったままです。ただ、一人で考えているだけでは半年たっても形になりませんでした。
起業のアイデアは、人に話しても大丈夫なものなのでしょうか?

● 回答
頭の中では何度も練り直したのに、その構想を声に出して聞いてもらった相手はまだ一人もいない。今のあなたがいるのは、たぶんそういう場所です。特許は、同じ発明については最先の出願人だけが特許を受けられる先願主義(特許法第39条)で、特許出願の内容は原則として出願日から1年6ヶ月を経過すると公開されます。黙っているだけでは、特許の先願順位を確保したことにはなりません。
支援の現場で何度も見てきたのは、誰にも話さないまま形にならずに終わった構想です。真似されて潰れた構想は、それに比べればめったに出てきません。起業のアイデアは、盗まれて失われるより、試されないまま古びていく形で消えていきます。そこで、話すか黙るかで迷う前に、何を誰にどこまで話すかを決めます。
アイデアの中で真似できる部分とできない部分
「真似される」という言葉には、二つの意味が混ざっています。ひとつは、思いついたこと自体をそのまま持っていかれること。もうひとつは、似た商売を後から誰かに始められることです。前者はめったに起きませんが、後者は事業が続くかぎり必ず起きます。
実際に真似しにくいのは、思いつきそのものではありません。誰のどんな困りごとに、いくらで応えるか。どの順番で試して、どこで断られたか。最初に払ってくれた相手が誰で、なぜ払う気になったか。この積み重ねは、話を聞いた人が持ち帰っても再現できません。
| 持っていかれやすいもの | 持っていかれにくいもの |
|---|---|
| サービス名・キャッチコピー・料金表の見た目 | その料金で納得してもらえた説明の順番 |
| 「こういう商売をやる」という着想そのもの | 断られた理由を聞いて直してきた履歴 |
| 使っているツールやサービスの組み合わせ | 最初の一件を任せてくれた相手との関係 |
右の列に並ぶものは、時間をかけた人の手元にしか残りません。先に始めた人が強い理由は、着想の良さより、断られた回数と直した回数の多さにあります。ここを取り違えると、いちばん時間のかかる部分に手をつけないまま、いちばん真似されやすい部分だけを抱え込むことになります。
宣言と相談はまったく別の行為
拙著『会社員が働きながら月30万円を稼ぐ起業法』では、準備を始めた人が起業の話をしたくてたまらなくなる時期に触れていて、相手を選ばない起業宣言はメリットよりデメリットのほうが大きいと紹介しています。ここで警戒しているのは、盗まれることではありません。何も試していない段階で外堀を埋めてしまい、あとから方向を変えにくくなることです。
一方、相手と範囲を決めて聞いてもらう行為は、宣言ではなく相談です。この二つを混ぜてしまうと、宣言を避けたいがために相談まで止まります。あなたがいま止めているのは、たぶん相談のはずです。
- 相手を決めずに話す:
飲み会の流れで、聞かれるまま構想の全体を渡してしまう話し方 - 完成形だけ伝える:
結論だけ渡して、相手の困りごとを一つも聞かないままの伝え方 - 試す前に広げる:
一件も引き受けていない段階での、社内や交流の場への広い告知
裏を返せば、相手を一人に決めて、聞きたいことを一つに絞り、相手の困りごとを先に聞く形にします。これなら、話しても宣言にはなりません。
守りたいものは制度の側で守る
気持ちの問題と制度の問題は、分けて考えます。特許も商標も、同じ内容については原則として先に出願した側が先願の順位を確保します。出願すれば自動的に権利を得るわけではなく、それぞれの登録要件を満たして審査を通る必要があります。先に使っていたという事実だけでは、後から出願した人に対抗しきれない場面があります。
情報そのものを守る枠組みは、これとは別にあります。経済産業省の営業秘密管理指針(平成15年1月30日策定・最終改訂 令和7年3月31日)では、不正競争防止法の営業秘密として保護されるために秘密管理性・有用性・非公知性の3つを満たす必要があるとされています。
頭の中に置いて誰にも話していないという事情だけで、営業秘密としての秘密管理性が自動的に認められるわけではありません。秘密管理性は、情報に触れる人が秘密だと認識できる管理が行われているかなど、具体的な状況から判断されます。
- 特許・商標:
同じ内容では先に出願した側が先願の順位を確保する仕組みで、登録要件と審査も必要 - 営業秘密:
秘密管理性・有用性・非公知性の3つを満たす管理があって初めて成り立つ保護 - 秘密保持契約:
相手と扱う情報で要否が変わるため、弁理士や弁護士に確かめたうえでの判断
ここは自己判断で決めきらないところです。名前やロゴを長く使うつもりなら、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で同一・類似の名称が、予定する商品やサービスの分野で先に出願されていないかを見ておき、契約の要否は専門家に一度確認してください。試す相手すべてと秘密保持契約を結ぶ必要はありませんが、技術上・営業上の重要部分を開示する場合は、開示する前に契約の要否を確認します。
神谷さんが2年分のメモを読み返した日
起業18フォーラムの会員に、神谷さん(仮名・40代前半・男性)という方がいます。業務用の厨房機器を扱う卸売会社で、導入後の保守と問い合わせ対応を15年続けてきました。飲食店の店長さん向けに、機器が止まったときの初期対応の手順をまとめて渡すサービスを考えていました。ただ、その構想を2年のあいだ誰にも話しませんでした。ノートに書き足すことだけを続けていました。
そこから先へ進めたのは、ノートを見返した日です。2年目の1月、前の年の同じ月のページを開いたら、ほとんど同じ文章が並んでいました。構想は1行も進まないまま、2年分のページに同じ心配だけが書き写されていました。
そのあと神谷さんは起業18フォーラムの勉強会に通い始めました。何度目かの回で、ほかの会員が、どこまでを話しどこから先は話さないかを自分で線引きしている進め方を知りました。話し方にも設計があると分かったそうです。そこで相手を3人に決め、困りごとの中身までは話す、見積もりの出し方と取引先の名前は話さない、と自分でも線を引きました。
半年ほどたって、その3人のうちの一人から「この件はあなたに聞きたい」と名前で呼ばれるようになりました。金額の話はこれからです。それでも、2年間ノートに書き足していたころとは、手元に残るものがまったく違います。
最初に声をかける相手の決め方
相手を選ぶ前に、決めておくものが3つあります。誰に、どこまで、何のために。この3つが決まっていれば、話は宣言になりません。
- 相手:
似た商売で先に動いた人を一人だけ - 範囲:
困りごとの中身までは話し、見積もりと取引先名は伏せる線引き - 目的:
相手が過去に困った場面の聞き取り
そのうえで、名前が浮かんだ一人に声をかけます。「最初の半年、誰に何をどこまで話しましたか」とだけ聞いてみてください。自分の構想を説明する必要はありません。聞くのは相手の経験であって、渡すのはこちらの構想ではないからです。
渡す情報を減らすことと、話す相手を減らすことは違います。減らすべきなのは、一度に渡す量です。

相手が一人もいない状態は、守りが固いのとは違います。確かめる手段が一つもないだけです。声をかけた相手が一人できた時点で、構想はようやく動き出します。
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