記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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日本政策金融公庫が融資した開業後1年以内の企業を対象とする2025年度新規開業実態調査では、現在苦労していることへの複数回答で、最も多かったのは「顧客・販路の開拓」の48.8%でした。
この「お客様に届かない」という壁の一歩手前にあるのが、強みの言語化です。強みを言語化するとは、新しい才能を身につけることではなく、すでにある経験を「相手が探している言葉」に置き換える翻訳作業を指します。
強みが無いわけではありません。すでに人から頼られてきた経験があるのに、それを一言で言えないから、選ばれる場面で埋もれてしまう。26年間、多くの起業準備を見てきて、ここでつまずく方を数えきれないほど見てきました。足りないのは実績や資格ではなく、経験を相手の言葉に置き換える「翻訳」だけ、というのが正直な実感です。
経験は足りている。足りないのは「名前」のほう

拙著『起業神100則』では、試験や資格には載らないけれど現場で毎日使っている判断力を「名もなき強み」と呼んで紹介しています。社内では当たり前すぎて誰も褒めてくれない段取りや気配りが、一歩外に出た瞬間に「お金を払ってでも頼みたい技術」に変わる。強みが伝わらない本当の原因は、強みの不足ではなく、その強みにまだ相手が探している名前が付いていないことにあります。
ここで扱うのは、強みを新しく探し出す話ではありません。頼まれ事を棚卸しして種を見つけるのは、いわば材料集めです。今回の焦点は、その先にある「翻訳」の工程です。見つけた材料に、相手が手に取りたくなる一言を付ける。ここが抜け落ちると、良い材料も棚の奥で眠ったままになります。
経験があるのに一言にできない二つの原因

一つ目は、社内で通じる言葉のまま外へ持ち出してしまうことです。「販売管理」「品質保証」「営業事務」。どれも社内では一発で通じますが、外の人には何をしてくれる人か像が結びません。言葉が難しいのではなく、聞き手が自分の悩みと結びつけられないだけです。
二つ目は、誰に向けた一言かを決めていないことです。全員に向けた説明は、結局だれの心にも刺さりません。「経理ができます」より「小さな会社の、領収書の山を決算前に片づけます」のほうが、同じ経験でも受け取る人の顔がはっきりします。
気をつけたいのは、説明を難しくするほど専門性が伝わる、という思い込みです。言葉が専門的になるほど、相手は自分の悩みと結びつけられないまま離れていきます。
強みを相手の言葉に翻訳する三つの型

翻訳といっても、感覚の作業ではありません。次の三つの型に当てはめると、同じ経験でも相手に届く言葉に変わります。
- 機能を用途に変える:
「何ができるか」ではなく「どんな困りごとが消えるか」で示す言い換え - 自分視点を相手視点に変える:
相手が検索や会話で使う言葉を、そのまま借りる置き換え - 肩書きを呼ばれ方に変える:
「事務歴20年」ではなく「予定を落とさない段取り役」と示す名乗り
三つとも、やっていることは同じです。主語を自分から相手へ移すだけで、埋もれていた経験に、相手が探している名前が付きます。
言い方を変えて依頼の質が変わった芦田さんの例

芦田さん(仮名・50代前半)は、長く製造業で生産管理を担ってきた方です。定年後を見据えて起業準備を始めましたが、自分のサービスを説明するたびに相手が「で、何をしてくれるの」という顔をする、と話していました。
起業18フォーラムの勉強会で、芦田さんは自分の説明を声に出して練習しました。周りの会員から返ってきたのは「工程管理という言葉が難しくて、頼む場面が浮かばない」という反応でした。ほめ言葉ではありませんが、芦田さんはその日から説明を一つずつ書き換えていきました。
「生産管理20年」という肩書きを、「納期に追われる小さな工場の、段取りの交通整理をします」に変える。専門用語を、相手が毎日困っている場面の言葉へ置き換える。中身は一つも足していません。変えたのは、経験に付ける名前だけでした。
半年ほど経つと、芦田さんへの相談の入り方が変わってきました。「誰かいい人いない?」という曖昧な紹介ではなく、「段取りで困っている知り合いがいるから」と、用件を名指しで持ち込まれるようになったのです。売上の数字よりも先に、頼まれ方の質が変わったというのが、芦田さんの実感でした。
一言にすると安売りに感じるという不安への答え

「経験を一言にまとめると、自分を安売りしているようで抵抗がある」。これは勉強会でもよく出る声です。気持ちはよく分かります。ですが、一言は自分の全部を削る作業ではありません。
一言は、家でいう玄関です。玄関が分かりやすいから、人は中まで入ってきてくれます。入口の一言が伝わらないと、そもそも中身を見てもらう機会そのものが来ないのです。
あなたの経験の厚みは、相談が始まってからいくらでも伝わります。だから一言は、薄めるための要約ではなく、入りやすい扉を作る作業だと考えてください。
「自分の経験なんて、一言にできるほど立派じゃない」と感じる人ほど、この効果は大きく出ます。特別な人だけの技術ではありません。今の仕事で「ありがとう」と言われた場面を一つ思い出し、それを相手の言葉で言い直してみてください。それが、あなたの玄関の第一稿になります。
強みを翻訳する前に、そもそも自分の材料が何かを見つけたい方は、過去の頼まれ事から棚卸しする方法をまとめたこちらも参考になります。

よくある質問

Q.強みなんて本当に何もない気がします。どうすればいいですか?
それは強みが無いのではなく、名前が付いていないだけです。人から頼まれた小さな用事や、同僚が自然にあなたに回してくる仕事に、あなたの名もなき強みが隠れています。まずはその一つに名前を付けることから始めれば十分です。
Q.一言のキャッチコピーは、自分で作るべきですか、人に聞くべきですか?
両方を使います。第一稿は自分で作り、それを人に声に出して伝えて反応を見てください。相手の「それってつまり…」という言い換えの中に、あなたより的確な言葉が混じっていることがよくあります。
Q.資格や大きな実績がなくても、強みは言葉にできますか?
できます。翻訳は実績を作る作業ではなく、すでにある経験を相手の言葉に置き換える作業だからです。資格より、目の前の相手のどんな困りごとを消せるかを一言にするほうが、選ばれる場面では効きます。
Q.一度決めた一言は、変えてはいけないのでしょうか?
むしろ変えるものです。相手が変われば、刺さる言葉も変わります。同じ経験でも、話す相手に合わせて名乗り方を付け替えられる人が、長く選ばれていきます。
今日からできる最初の一歩

翻訳は、頭の中だけでは仕上がりません。次に人と会うとき、自分の仕事を「相手のどんな困りごとを消す人か」という一言で名乗ってみてください。相手の表情や返す質問が、その一言がどこまで届いたかを教えてくれます。
うまく伝わらなければ、また名前を付け替えればいいだけです。言い直しは、何度してもかまいません。相手が変わるたびに名乗り方を変えられる人が、選ばれ続けます。
「自分には売れるものなんてない」と感じている人ほど、これまで頼られてきた経験という一番の資産を、見落としているだけです。足りないのは強みではなく、その強みに付ける相手の言葉のほうでした。
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