記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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利尻島と検索して、フェリーの時刻表や昆布漁の写真を眺めながら、「この島で暮らしながら、自分の手で何か始められたら」と思い描いたことのある方なら、心のどこかにあの海の色が残っているはずです。その気持ちは、よくわかります。
「やっぱり都会のほうが起業に有利でしょう」と聞かれることがあります。長く会社員の起業準備に付き添ってきた立場から言うと、それは半分しか当たっていません。利尻島のような小さな島には、人の多い土地にはない武器がひとつあります。それは、一度この島の味を知った人が、帰ったあとも忘れずに買い続けてくれる、という関係の作りやすさです。
この記事では、利尻島ならではの事情を手がかりに、観光客との一度きりの接点を、島を離れたあとも続く商いへどう育てるかを、起業準備の視点でほどいていきます。
二つの町でひとつの島、その足元を数字で確かめる

利尻島は北海道の北、日本海に浮かぶ円い島で、東の利尻富士町と西の利尻町という二つの町に分かれています。仕事の話に入る前に、この島の足元を数字で押さえておきます。
利尻富士町の人口は2,151人、利尻町の人口は1,830人(いずれも令和7年/2025年1月1日現在・住民基本台帳)で、二つの町を合わせても四千人に届きません。島の市場だけを商いの相手と見るなら、その規模は決して広くないと、まず正直に受け止めておきたいところです。
島へ渡る足は、稚内港からハートランドフェリーで鴛泊港まで約1時間40分。1日に2便から3便が出ています(ハートランドフェリー)。空からは新千歳・札幌丘珠から利尻空港への便もあり、本土とのつながりは離島のなかでは比較的とりやすい部類に入ります。
島のシンボルは、標高1,721メートルの利尻山です。その秀麗な姿から「利尻富士」と呼ばれ、日本百名山のひとつに数えられています。夏は登山や花を目当てに観光客でにぎわい、利尻礼文サロベツ国立公園の景観が島の表情をつくっています。けれど、この夏のにぎわいと、十二か月この島で食べていくこととのあいだには、けっこうな距離があります。
離島では人口減少と高齢化が先んじて進みます。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計でも、こうした小規模自治体の人口は今後さらに細っていくと見込まれています。
だからこそ、この規模を起業を志す側はどう受け止めればよいのか。鍵になるのは、島の外と結ばれた仕事を持てるかどうかです。総務省が地方創生の柱に据えてきた「関係人口」は、移住者でも観光客でもなく、その地域に継続して関わり続ける人々を指す言葉です。この島には、その関わりを商いに変える資源が、足元に転がっています。
一度きりの観光客を、何度も買う人に変えられるか

利尻島で食べていく形を描くとき、避けて通れないのが「島に来た人と、一度きりで縁が切れていないか」という問いです。
島の観光は、夏の登山と花のシーズンに来島が大きく寄ります。短い夏に人の波が集まり、雪に閉ざされる冬には人影が薄くなる、その振れ幅がそのまま帳簿に写し取られます。来島のピークに合わせて商いを組むと、波が引いた瞬間に収入の蛇口が閉まり、長い冬のあいだ資金繰りが息切れします。
ここで立ち止まって考えたいのが、利尻島がもともと持っている、ある強みです。それは利尻昆布という、全国に名の通った特産があることです。利尻昆布は真昆布・羅臼昆布と並ぶ高級だし昆布で、関西の料亭に長く愛されてきた澄んだ出汁が出ることで知られています。夏に島で利尻昆布のおいしさを知った人が、家に帰ってからも取り寄せて使い続ける。この流れを自分の手で作れたなら、来島は一度きりでも、商いは何度も続きます。
- 夏の店頭販売だけに頼る設計:
来島のピークに売上が立っても、冬の谷で生活費に追われる - 客の連絡先を残さない設計:
その場で売って終わり、帰ったあとにもう一度買う道がない - 「移住すればなんとかなる」で先送り:
何を売るかが決まらないまま島に入り、貯金を取り崩す
島で会った数日のお客様と、帰ったあとも細い糸でつながり続ける。その糸を最初から設計に織り込んでおくことが、長い冬を越える土台になります。
自分が何屋さんかを、一行で言える一枚を先に持つ

利尻島に心を寄せる方の多くは、海や山への熱い思いを抱えています。その熱は燃料として大事にしながら、「では何を商品にするのか」だけは、頭を冷やして選びたいところです。
拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』では、名刺を配るより先に、自分が何屋さんなのかを一行で示せる受け皿をネット上に用意しておくことを紹介しています。何も準備しないまま名前と電話番号だけの名刺を渡しても、その紙はすぐに捨てられてしまう。だからこそ、リアルで人と会うよりも先に、自分の仕事の輪郭を一枚で見せられる場所を立ち上げておくのが順番だという考え方です。
これを島の現実に重ねてみます。利尻島で誰かと名刺を交換しても、相手が家に帰ったあと、あなたが何を売る人だったかを思い出せる手がかりがなければ、縁はそこで切れます。けれど「利尻の昆布を、使い方の手紙を添えて毎月届ける人」と一行で言える受け皿が先にあれば、夏に会った人がその一行を頼りに戻ってきてくれます。自分は島で何屋さんなのかを一行に削ぎ落とせた人から、繰り返し買われる入口が開いていきます。
島の資源に乗る仕事と、どこにいてもできる仕事
利尻島ならではの資源に乗る方向と、会社員が無理なく踏み出せる方向。その両側から、候補を並べてみます。
- 島の海産を届ける通販:
利尻昆布やウニなどの海産を、使い方を添えて島外へ定期的に届ける仕組み - 来島者向けの体験提供:
登山や花の前後を埋めるガイド、島の食や昆布を学ぶ小さなプログラム - 場所に縛られない継続業務:
本業のスキルを活かしたリモートの受託業務を、移住後もそのまま続ける
このうち来島者向けの体験は、夏の山には乗りやすいぶん、波が引けばぴたりと止まります。だからこそ、島の海産を届ける通販のように、島の外のお客様と一年じゅうつながり続ける柱を、あらかじめ抱えておく。これが、長い冬の谷をならしていく発想です。
夏の店先に、冬まで続くお客様を書き足したある移住者
起業18フォーラムで準備を重ね、利尻島で繰り返し買われる柱を組み上げた、ある方の歩みを紹介します。
40代で食品メーカーの営業に勤めていたその方は、もともと利尻島に通ううちに島の暮らしに惹かれていきました。風向きが変わったのは、地域の掲示板に「島の特産品の発送、お手伝いします」と試しに書き込んだときのことです。問い合わせが思いのほか続き、島の外には利尻の海産を欲しがる人が確かにいると、肌で感じたといいます。
最初の半年で描いていたのは、「夏のシーズンに港の直売所で昆布を売る」という、来島のピークに乗っかる絵でした。けれど、夏が終われば客足はぱたりと止まり、売上は季節とともに消えていきます。

その絵が描き直されたのは、起業18フォーラムの勉強会で計画を発表した日のことです。「その昆布を買ったお客様と、来年もつながっていますか」と問い返され、はっとしたそうです。夏に売る筋書きは整っていても、同じ人にもう一度買ってもらう道が、計画からすっぽり抜けていました。
そこからその方は、会員どうしの個別相談も頼りにしながら、10ヶ月目あたりで商いの形を立て直します。直売所で昆布を手に取ってくれた人に、出汁の引き方を書いた手紙とともに毎月届ける定期便の案内を渡すようにしたのです。一度きりの店先のやりとりを、家に帰ったあとも続く関係へ置き換えていきました。

本業を続けながら関係人口として島へ通い、やがて移り住んで、小さく事業を立ち上げました。3年目に入ったいまでは、夏に島で出会ったお客様のうち、帰宅後も定期便を続けてくれる人が四割ほどになり、冬のあいだも注文が途切れなくなったといいます。
たくさん売ることより先に、一度買った人がもう一度戻ってくる道を一本通しておいたこと。その順番のおかげで、この方は冬のあいだも昆布の定期便の発送に追われ、年間を通して売上が立つようになりました。
順番を間違えない。食べ方を先に、制度はそのあとで

利尻島で暮らしと事業を始めるとき、頼れる支援の仕組みもあります。ただ、その中身は町や年度によって変わるので、まず大枠だけ押さえておきます。
北海道には、東京圏からの移住者が対象法人に就業した場合などに支給される移住支援金(UIJターン新規就業支援事業)がありますが、この事業を実施するかどうかは市町村ごとに分かれます。利尻島の二つの町は、必ずしも全員がこの支援金の対象になるわけではありません。利尻富士町・利尻町それぞれに独自の定住奨励や子育て支援の仕組みもあるため、自分の条件で何が使えるかは、町の窓口で直に確かめるのが確実です。
ここで気をつけたいのは、こうした制度が力を発揮するのは「何で食べるか」がもう定まっている人の手のなかだ、という点です。進む方角が決まらないまま窓口を叩いても、応対する職員も、何を案内すればよいか困ってしまいます。先に「自分の経験を、島で繰り返し買われる仕事へどう組み替えるか」のあたりをつけ、その地図を手にしてから制度の扉を開くのが、回り道のない進み方です。
起業18フォーラムには、その「何で食べるか」「自分に合うかたちはどれか」を、動画や勉強会を通じて一段ずつ言葉にしていける場があります。輪郭がぼんやり見えてきたら、町の移住相談窓口に問い合わせたり、島の事業者に「いま足りていない仕事は何ですか」と電話で聞いてみたりするのも、生きた情報を集める手立てになります。
はじめから移り住む必要はありません。関係人口として通いながら、日を区切った滞在から少しずつ歩を進める道も残されています。
よくある質問

Q.人口四千人弱の利尻島で、起業して食べていけますか?
島の中だけを相手にすると市場は限られますが、利尻昆布をはじめとする海産は島外に大きな需要があります。来島者や島外の顧客と継続的につながる商いを設計できれば、人口規模は壁になりません。島の人口より、島の外にどれだけお客様を作れるかで考えるのが現実的です。
Q.いきなり移住しないと、利尻島で起業はできませんか?
いいえ、必ずしも移住が先ではありません。本業を続けながら関係人口として島へ通い、夏のあいだだけ出店してみる、島の海産をオンラインで扱ってみるなど、小さく試す道があります。何で食べるかの形が見えてから移り住む順番のほうが、失敗の確率を下げられます。
Q.利尻島で使える移住や創業の支援制度はありますか?
北海道の移住支援金や、利尻富士町・利尻町それぞれの定住・子育て支援などがありますが、内容や対象は町と年度によって変わります。自分の条件で何が使えるかは、各町の窓口に直接確認するのが確実です。制度は「何を売るか」が決まってから使うと、いちばん力を発揮します。
最初の一歩は、島の事業者に「いま足りていない仕事は何ですか」と一本電話で聞いてみることです。あるいは町の移住相談窓口に問い合わせて、使える制度と空いている仕事を一つずつ確かめてみてください。
利尻島は、一度味を知った人が遠くからでも昆布を取り寄せてくれる、リピーターを作りやすい島です。夏に島で出会った客を定期便の顧客に変えていけば、冬のあいだも注文が入り、年間を通して売上が立ちます。関係人口を商いの相手として育てることが、人口四千人弱という規模を補う具体策になります。

利尻の名を冠した看板を掲げたら、まず町の窓口で使える制度を確認し、島の事業者に足りない仕事を聞き、最初の客に出汁の引き方を添えた定期便を提案する。この三つを順に動かすことが、利尻島で食べていくための現実的な一歩になります。
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