記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
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もし来年、金沢で自分の名前を看板にして仕事を始めるとしたら、最初の一日に何をしますか。兼六園の近くに店を探すことでしょうか。それとも、創業セミナーへの申し込みでしょうか。
この問いに即答できる人は、ほとんどいません。金沢出身でいつか戻りたいと考えている方も、転勤や旅行でこの街が好きになった方も、たいてい「観光が強い街だから、何か商売になりそうだ」という漠然とした手応えで止まっています。
この記事では、その漠然とした手応えを具体的な準備に変える手順を整理します。鍵になるのは、観光の看板の裏にある暮らしの商圏を見ること、そして支援制度を使う順番です。
「金沢の起業=観光客相手」という思い込みから外れる

観光の数字はたしかに強い
まず、よく知られている側から確認します。金沢市観光調査(2024年)によると、来訪者の市内訪問率は金沢城・兼六園が89.0%、近江町市場が72.6%、ひがし茶屋街などの茶屋街が68.5%に上ります。北陸新幹線の開業以降、東京方面からの来訪が定着し、海外からのお客様も急増しました。
石川県の集計では、2024年に兼六園を訪れた外国人は53万2,879人と過去最多を記録しています。観光が強い街であることは、数字の上でも疑いようがありません。
それでも最初の商売を観光に賭けない
ところが、この数字だけを見て「観光客向けの店を出そう」と考えると、最初の一歩を踏み外しやすくなります。観光の中心部は地価も家賃も競争も、初めての商売には重すぎるからです。
貯金を取り崩して観光エリアに店を構え、繁忙期と閑散期の波に飲まれて1年持たない例を、私はこれまで何度も見てきました。勝負を急ぐ必要はありません。
見落とされがちなのは、金沢が観光都市である前に、暮らしの都市だという事実です。総務省統計局の国勢調査(2020年)によると、金沢市の人口は約46万人。北陸三県の経済と行政の中心であり、中核市として企業も学校も医療も集積しています。観光の波と関係なく、日常の困りごとを抱えながら生活する人が40万人以上いる街なのです。
金沢の創業支援は手厚い。ただし使うのは方向性のあと

市役所5階の相談窓口と特定創業支援
金沢市は市役所5階の産業政策課に「起業・経営サポートカウンター」を設けています。毎週月曜と金曜に、中小企業診断士が無料で相談を受け付ける予約優先の窓口です。
国の制度に基づく特定創業支援等事業も整っています。対象のプログラムを原則4回以上かつ1ヶ月以上かけて受講すると、市から証明書の交付を受けられます。証明書があると、株式会社設立時の登録免許税が半分(税率0.7%が0.35%)になり、創業関連の信用保証の特例も使えます。
- 起業・経営サポートカウンター:
金沢市役所5階・産業政策課の無料相談窓口(月曜・金曜、予約優先、中小企業診断士が対応) - 特定創業支援等事業:
原則4回以上・1ヶ月以上の受講で証明書交付。登録免許税の軽減や信用保証の特例の入口 - ISICO(石川県産業創出支援機構):
県全域の創業相談窓口。事業計画づくりや資金調達まで専門家が継続支援
県レベルでは、ISICO(石川県産業創出支援機構)が創業前の段階から相談に乗ってくれます。事業計画のつくり方から資金調達まで、専門家の支援メニューが揃っており、これから始める人も対象です。
ただし、順番を間違えないでください。何を売るかが決まっていない段階で窓口を回っても、相談員も答えようがなく、パンフレットが増えるだけで終わります。支援制度は、売るものの方向性が固まったあとに取りに行く道具だと位置づけておいてください。そう構えるだけで、同じ窓口がまるで違う働き方をしてくれます。
金沢で何を売るかを決める3つの手順

手順1:観光と暮らし、どちらの財布に応えるかを選ぶ
最初に決めるのは、観光で訪れる人の財布か、暮らしている人の財布か、どちらの困りごとに応えるかです。観光側なら、店を構える前にできることから入ります。体験プログラムの企画、工芸作家さんの発信の手伝い、宿への備品やサービスの提供など、店舗なしで観光の流れに関わる入口は意外に多くあります。
暮らし側なら、自分の職歴がそのまま種になります。経理、営業、人事、システム、介護。勤めの中で人に頼られてきた仕事は、規模の小さな会社や個人事業主にとって、お金を払ってでも欲しい支えです。
手順2:会社の外に、目標になる人を複数見つける
方向性に迷ったとき、社内の同僚や上司に相談しても答えは出ません。拙著『朝晩30分 好きなことで起業する』に、「会社員気質とオサラバする方法は、会社の外にメンターと呼ぶべき尊敬できる、目標とする人物を見つけることです。これは1人じゃなくて複数、何人でも見つけてください」という一節があります。
金沢は、これがやりやすい街です。老舗の店主、独立した工芸作家さん、個人で教室を開いている先生。歩いて回れる範囲に、自分の名前で長く商売を続けてきた先輩が何人もいます。お客として通い、話を聞かせてもらうだけでも、自分の事業の輪郭はくっきりしてきます。
手順3:辞める前に、小さく売って反応を確かめる
大切なのは、観光の追い風に乗ることではなく、誰のどんな困りごとに応えるかを自分の言葉で決めてから、小さく売って反応を確かめることです。順番さえ守れば、いまの収入の土台を保ったまま進められます。
- 手順1(財布を選ぶ):
観光の財布か暮らしの財布か、応える相手を先に1つ決める - 手順2(外の師匠を持つ):
金沢で自分の名前で商売を続けている先輩を複数見つけて話を聞く - 手順3(小さく試す):
週末や帰省のたびに1件だけ試しに売り、反応を見てから広げる
この3つに、住む場所の話は出てきません。Uターンを考えている方なら、移住の決断より先にここまでを済ませておくと、戻ったあとの立ち上がりがまるで違います。
金融機関からUターンした深沢さんの遠回りと転機

資格と構想ばかりが増えた最初の1年
起業18フォーラム会員の深沢さん(仮名・44歳)は、東京の金融機関で法人営業を長く務めたあと、親の高齢化を機に金沢へUターン転職した方です。いずれは独立したいという思いがあり、戻った当初は資格頼みで動いていました。
資格の勉強を増やし、経営コンサルタントの講座にも申し込み、構想ノートだけが分厚くなっていきました。それでも、誰に何を売るのかは白紙のまま。1年経っても、名刺に書ける肩書きは勤め先のものだけでした。
取引先の何気ない一言が商品になった
きっかけは、営業先での雑談でした。取引先である老舗企業の後継ぎの方から、「銀行の担当としてではなく、個人的に資金繰りの相談に乗ってもらえませんか」と持ちかけられました。本人いわく、頼まれて初めて、自分の商品が「金融の知識」ではなく「経営者の隣で数字を一緒に見ること」だと気づいたそうです。
深沢さんはこのあと起業18フォーラムに参加し、個別相談でメニューを「後継ぎ世代向けの資金繰りと事業計画の壁打ち」に絞り込みました。勤めを続けたまま、平日の夜と週末に1件ずつ。派手さのない立ち上がりでしたが、10ヶ月目を過ぎた頃から、紹介の輪が静かに広がり始めました。
1年半ほど続けたいま、紹介で届く依頼の宛名は「〇〇銀行の深沢さん」ではなく、「深沢さんにお願いしたい」に変わりました。社名ではなく名前で呼ばれること。本人はこれを、独立の売上見込みより大きな変化だと話しています。
- 資格の積み増しから入る:
売る相手が決まらないまま勉強だけが増え、独立が遠ざかる形 - 観光エリアの店舗から入る:
家賃と内装に先行投資し、季節の波で資金が尽きる形 - 東京の単価を持ち込む:
地元の相場や関係性を無視した値づけで、最初の信頼を失う形
遠回りの原因は、能力でも努力でもなく順番です。頼まれた一件を入口に、相手の顔を見ながら商品を絞る。金沢のように人のつながりが濃い街では、この進み方がいちばん速いのです。
金沢で始めるための順番と、今週の小さな一歩

基礎と全体像が先、制度はあと
ここまでの話を一本の道筋にまとめます。先に固めるのは、起業の基礎と全体像、そして自分は誰のどんな困りごとに応えるのかという方向性です。起業18フォーラムでは、いまの仕事を続けながらこの土台をつくる学び方を扱っています。
方向性が見えてきたら、市役所の起業・経営サポートカウンターや特定創業支援の講座、ISICOの専門家支援を具体的に使っていきます。証明書や保証の特例は、行き先の決まった人にとって強力な道具になります。
順番はこの通りでいい。ただ、一人で考え込む時間が長くなってきたと感じたら、例外をつくってください。金沢商工会議所や市の相談窓口を、結論を出しに行く場ではなく、話を聞いてもらう場として一度使ってみてください。まとまっていない構想を口に出すだけで、考えは前に進みます。

会社の外に目標となる人を見つける具体的な方法は、上の記事でも紹介しています。窓口の相談員、商売の先輩、起業18フォーラムの仲間。相談相手の数だけ、迷う時間は短くなります。
よくある質問

観光に関わる商売でないと、金沢では伸びませんか?
そんなことはありません。観光は金沢の大きな強みですが、40万人を超える暮らしの商圏がもう一つの主戦場です。経理代行や発信の手伝いなど、地元の小さな会社の困りごとに応える仕事は、季節の波を受けにくく、最初の事業として堅実です。観光に関わるとしても、店舗を構える前にできる関わり方から試すことをおすすめします。
Uターン前の今、東京にいながらできる準備はありますか?
あります。帰省のたびに、観光地ではなく暮らしの場所を歩いて、困りごとを観察してください。地元の経営者や工芸作家さんの発信をたどって、お客として連絡を取ってみるのも立派な準備です。オンラインでの相談業や教室なら、移住前に金沢のお客様と取引を始めることもできます。
特定創業支援の講座は、早めに受けておくべきですか?
急がなくて大丈夫です。証明書の優遇は会社設立や融資の場面で効くものなので、方向性が固まってからの受講で十分間に合います。それより先に、今週の帰り道で、金沢で自分の名前で商売をしている人を1人思い浮かべて、その人の店や発信を見に行ってみてください。具体的な先輩の姿は、どんな制度よりも準備を前に進めてくれます。
冒頭の問いに戻ります。金沢で始める最初の一日にやることは、店探しでも申し込みでもありません。誰の困りごとに応えるかを決めるための観察です。それなら今日からできますし、いまの収入を手放す必要もありません。失うもののない一歩から、自分の名前で生きていく準備は始められます。
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