記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:
● 質問
妻の転勤が決まり、私はこれを機に会社を辞めることになりました。転居先ではしばらく再就職活動をする予定ですが、以前から気になっていた起業の準備をこの空白期間に始めてしまうのは無謀でしょうか?

● 回答
あなたが今日まで日々使ってきた仕事のスキルは、転居先の街でいくらの価値になると思いますか。配偶者の転勤に伴う離職は、起業準備の入口として悪い位置ではありません。ただし、いきなり独立に振り切るのではなく、再就職の選択肢を残したまま、段階を分けて動くのが安全です。
芳賀さん(40代前半・元法人営業・男性・仮名)は、奥様の転勤辞令をきっかけに関東から地方都市へ移ることになり、20年近く勤めた会社を退職しました。最初は「せっかくなら独立する」と意気込み、自己流で名刺とホームページを作って営業を再開しましたが、地元の商習慣も人脈も分からず、はじめの3ヶ月はまったく手応えがなく手が止まってしまいます。
転機は起業18フォーラムの勉強会で、当事者の先輩から「順番が逆です。転居先の空気を読む前に売ろうとしても届きません」と言われたことでした。拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では「リサーチ→検証→定着」の1年目ロードマップを紹介していますが、これに沿って組み直したところ、相談件数は月3件から半年で月12件に増え、今は前職の経験を活かした中小企業向けの営業支援を続けています。
まず離職後の三ヶ月は「情報を集める期間」と割り切る
転勤帯同での退職は、あなたの意思で選んだ独立とは性質が違います。日本政策金融公庫の2025年度新規開業実態調査では、開業動機は「自由に仕事がしたかった」が59.7%で最も高く、「仕事の経験・知識や資格を生かしたかった」も41.1%と主要な動機になっています。
勢いや思いつきではなく、これまでの仕事の延長線上で始める人も多いことが分かります。焦って新しい分野に飛び込むより、あなたの営業経験がこの街で誰の役に立つかを見極めるほうが先です。
この時期にやることは、実は「起業のための行動」というより「街を知るための行動」です。転居して最初にすることは、お住まいの地域を管轄するハローワークで職業訓練の受講案内を確認し、あわせて商工会議所や地方自治体の創業相談窓口の初回無料枠に申し込んでください。両方に足を運ぶと、再就職の相場感と、起業支援制度の中身が同時に見えます。
- ハローワークで確認すること:
求職者支援訓練の対象コース、雇用保険の受給資格の扱い、地域の求人相場 - 商工会議所で確認すること:
創業塾の開催時期、専門家相談の予約枠、地域の起業支援補助金の要件 - 自治体の窓口で確認すること:
移住者向け起業補助制度の有無、インキュベーション施設の利用条件、家族向け相談の同伴可否
再就職と起業準備は「二者択一」にしない
配偶者の転勤に伴う離職の場合、雇用保険上は「特定理由離職者」に該当する可能性があり、給付制限が短縮される取扱いがあります。この扱いを受けられるかは、離職理由の証明資料や住所変更の記録によって変わるので、離職票を持ってハローワークで直接確認するのが確実です。給付が出るなら、その期間が実質的な「準備の助走期間」になります。
芳賀さんの場合は、最初の半年は求職活動の記録を残しながら、並行して前職のつながりに声をかけ、リモートで対応可能な中小企業向けの営業アドバイスを1件だけ受けてみました。
この1件の実績が出た時点で、それを転居先の商工会議所の面談に持ち込み、地域の中小企業とのマッチング機会を紹介してもらう、という順番で進めています。再就職の枠を閉じずに「試す」段階を挟むのが、途中で家計が回らなくなるリスクを一番下げるやり方です。
配偶者の理解を得るための「合意ポイント」
ご家族の側から見ると、転勤に伴ってあなたが同行してくれたことは、大きな支えです。そのぶん「起業準備」という言葉には慎重になる方が多いのも事実です。奥様と合意しておきたいのは、次の3点です。
第一に、いつまでを準備期間にするか(半年か、1年か)。第二に、その間の生活費の出所(貯蓄からいくら/給付金からいくら/リモート案件からいくら)。第三に、期間が過ぎた時点でどう判断するか(再就職に切り替えるのか、続けるのか)です。
この3点を紙に書いて夫婦で共有しておくと、途中で不安になったときに立ち返る場所ができます。今日できることは、この3点をご夫婦で話す時間を今週のうちに一度設けることです。おおまかな数字で十分ですし、途中で見直しても構いません。話し合いの場を作ること自体が、準備の第一歩です。
- 準備期間の目安:
半年から1年。長すぎると生活が回らず、短すぎると街に馴染む前に判断することになる - 生活費の見える化:
貯蓄の取り崩し額、雇用保険の見込み額、リモート案件の想定売上を月単位で書き出す - 判断のタイミング:
期間の終わり方を先に決めておくと、感情ではなく事実で切り替えられる
『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、1年目にやることを「リサーチ→検証→定着」の三段階で紹介しています。転居してすぐは、この最初の「リサーチ」に当たる時期です。ここまで自分で調べて読み進められるあなたなら、きっと自分に合うやり方を見つけられます。焦って結論を出さず、まずは転居先の窓口を一つずつ確認するところから始めてみてください。
転居先での再出発は、あなたが望んで選んだ状況ではないかもしれません。ただ、離職という空白は、これまで動けなかった人にとっては貴重な時間でもあります。急がず、順番を守って進めていきましょう。

方向を変える必要はありません。今の一歩を、この街に置き直すだけです。
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