個人で電気製品を作って売れる? 技術者が一人で始める順番

記事執筆/監修:新井一(起業18フォーラム代表)
最終更新日:

● 質問

電子機器メーカーで電子回路設計の仕事をしています。この仕事が大好きで、定年まで続けたいと思っています。ですが、毎年のコストダウンのプレッシャーで業績は厳しく、近い将来にリストラがあるという噂も出始めました。

そこで、定年後の起業に向けて、今のうちに準備を進めたいと考えています。今の仕事の延長線で起業できないかを模索していて、大量生産用の商品開発ではなく、お客様一人ひとりのニーズに合わせたカスタマイズ製品を独自に開発して提供していきたいのです。

とはいえ、一人で週末や夜に設計から製造まで行うことはできませんし、仲間を集めるにしても、どんな方法があるのか全くわからずに悩んでいます。自分の考えを実現するには、どう行動していけばよいのでしょうか?

● 回答

回路設計という専門技術には自信がある。けれど「売る」「お客様を集める」となると、急に自信がなくなる。この偏りは、技術職の方とお話ししていて、本当によく感じるところです。

電子機器を個人で開発して売ること自体は、いまの時代、十分に現実的です。ただし、進める順番を間違えると、技術力のある人ほど深い沼にはまります。順番から整理していきましょう。

まず「作る人」より「最初の一人の相手」を決める

多くの技術者の方が、まず設計図や試作から入ろうとします。そこが落とし穴です。

拙著『起業がうまくいった人は一年目に何をしたか?』では、最初のお客様はたった一人でいい、その一人を徹底的に満足させれば起業は9割成功する、という考え方を紹介しています。量産を前提に「みんなに売れる製品」を考えるのではなく、「この人の、この困りごとを解決する」という具体的な一人を先に決めます。そこから逆算するほうが、はるかに速く形になります。

たとえば、おっしゃっている「カスタマイズ製品」は、不特定多数に売る家電とは性質が違います。特定の業務で困っている人、市販品では物足りない趣味人など、顔の見える相手がいてこそ成り立つ商品です。だからこそ、まず探すのは工場ではなく、最初の一人なのです。

  • 最初に決めるのは製品仕様ではなく最初の一人
  • 大量生産ではなく一人の困りごとの解決から開始
  • 市販品で足りない部分だけを小さく補う設計
試作は「量産用」ではなく「一人に当てて磨くため」に作る

最初の一人が決まったら、その人のために試作を1台だけ作ります。ここでの試作は、量産ラインを意識した完成品ではありません。「この機能で、この価格で、本当にお金を払ってもらえるか」を確かめるための試作です。

回路設計のプロである質問者さんなら、ブレッドボードや既製の開発ボードを使えば、自宅の机でも検証用の1台は組めるはずです。市販品の改造や、複数の機器を組み合わせてシステムとして提案する形なら、ゼロから基板を起こすより、ずっと早く一人目に当てられます。

大切なのは、完璧を目指さないことです。20点でいいので、まず相手に触ってもらう。「ここが使いにくい」「この機能は要らない」という生の声こそが、次の設計を決めてくれます。技術者は「全部作りこんでから見せたい」と考えがちですが、作りこむほど、要らない機能まで抱え込んでしまうものなのです。

量産は自分でやらない。製造委託という選択肢

一人目に当ててみて、「これはお金を払う価値がある」という手応えが出てきたとします。注文が増えてきて、自分一人の手では追いつかなくなる。そのときに初めて、量産をどうするかを考えます。

ここで質問者さんが設計と製造を全部抱え込む必要はありません。電子機器の世界には、設計図さえあれば基板の実装から組み立て、検査までを請け負ってくれるEMS(電子機器製造受託サービス)の会社が数多くあります。少量から対応してくれる試作専門のところもあります。質問者さんは設計と「最初の一人を満足させること」に集中し、量産の手を動かす部分は外に出す。これが、一人でも電子機器ビジネスを回す現実的な形です。

仲間集めについても、「最初から開発チームを組む」と考えると動けなくなります。それより、改造や組み合わせのノウハウをブログやSNSで発信していくと、同じ技術に興味を持つ人が自然と集まってきます。受注に直結しなくても、その人たちとのやりとりから、次のアイデアや協力者が見えてきます。

  • 設計と顧客理解は自分で持つ
  • 基板実装や組み立ては少量対応の外部先も検討
  • 仲間集めは最初からチーム化せず発信から始める
売り先・資金・権利は「小さく始める版」で考える

製造委託となると、まとまった資金がいるのではと不安になるかもしれません。日本政策金融公庫総合研究所の「2025年度新規開業実態調査」(2025年12月公表)では、開業費用は「250万円未満」が20.1%、「250万〜500万円未満」が21.7%で、合わせて4割を超えています。平均値は975万円、中央値は600万円で、長期的には少額化の傾向が続いています。

だからこそ、いきなり大量生産用の金型を作るような始め方ではなく、受注を受けてから少量だけ作る形にすれば、抱えるリスクはぐっと小さくなります。

どうしても初期投資が必要になったときは、試作品開発も対象になる「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」(ものづくり補助金)のような公的支援もあります。中小企業・小規模事業者向けの制度で、2026年は第23次公募の公募要領が公開されました。事業として法人化したり個人事業として届け出たりした段階で、お住まいの地域の商工会議所やよろず支援拠点に一度相談してみるとよいでしょう。

独自開発というと特許も気になるところです。ただ、最初から権利化に時間とお金をかける必要はありません。特許庁の「特許料等の減免制度」では、中小企業や小規模事業者などの対象区分に応じて、審査請求料や特許料(第1年分から第10年分)が2分の1、3分の1、4分の1などに軽減される場合があります。

2019年4月1日以降に審査請求した案件では、所定欄に必要事項を記載することで、減免申請書や証明書類の提出が不要になります。権利化は「売れる確信が持ててから」で十分に間に合います。

  • 大量生産前に有料の小口受注で需要を確認
  • 補助金は売れる形が見えてから検討
  • 特許や権利化は先にお金を使いすぎない
同じ立場から始めた、漆原さんの遠回り

起業18フォーラムの会員に、漆原さん(40代・電機メーカーで製造装置の設計をされていた方)がいます。質問者さんと同じく、自分の技術で何か作りたいという思いから準備を始めた方でした。

最初の漆原さんは、まさに「全部作りこんでから売る」やり方でした。週末をすべて注ぎ込み、想定されるあらゆる用途に対応できる多機能な測定治具を1年がかりで設計します。ところが、いざ知人の小さな工場に見せると、「機能が多すぎて、うちには使いこなせない」と言われてしまいました。次に安く請け負った特注案件では、仕様を詰めないまま引き受けたため大幅な手戻りが出て、部材費だけで赤字になったこともあったそうです。

転機は、その赤字案件の振り返りでした。原因は技術ではなく、「誰の、どの作業を楽にするのか」を決めないまま作り始めたことだと腹に落ちたのです。そこから漆原さんは、ある一社の現場で繰り返されている単純作業ひとつに的を絞り、その一点だけを自動化する小さな装置に作り直しました。組み立ては地元の実装業者に少量で委託し、自分は設計と現場のすり合わせに専念します。

すると、土日に12時間こもって作っていた頃よりも、平日の夜に1時間ほど手を動かすだけで、同じくらいの売上が立つようになりました。今では同じ業種の数社から、名指しで改善の相談が届くようになっています。遠回りに見えて、漆原さんが本当に変わったのは、作る順番を逆にした一点だけでした。

質問者さんは、回路設計という確かな技術をお持ちで、しかも価格競争の厳しさやリスクの大きさまで、すでに冷静に見えています。勢いだけで始める人とは、出発点がまるで違います。その慎重さは、ものづくりで起業するうえで間違いなく強みになります。

● 質問 私は、長年特許事務所で発明の出願に関する仕事をしています。 その経験を生かし、個人や中小企業を相手に
アイデアの発想法や技術アドバイスをするビジネスで起業したいです。 - 起業18フォーラム | 副業から始めて「稼ぐ力」を身に付けられるコミュニティサロン

今日できることは、頭の中にある製品案を完成させることではなく、「これを最初に使ってほしい一人」を思い浮かべて、その人に小さく1件、有料で引き受けてみることだけで十分です。お金をもらって成立するかどうか。それが、どんな市場調査よりも確かな答えをくれます。


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記事執筆/監修:新井一(あらいはじめ)起業支援キャリアカウンセラー

起業18フォーラム代表。「会社で働きながら6カ月で起業する(ダイヤモンド社)」他、著書は国内外で全10冊。最小リスク、最短距離の起業ノウハウで、会社員や主婦を自立させてきた実績を持つ。自らも多数の実業を手掛け、幅広い相談に対応している。




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